第四部 第196話 失われた九秒
南西の反応が、王城跡へ少しずつ近づいている。
SMUの視界に表示される位置情報を見ながら、僕は無意識に右手を握った。
黒い装甲が、指の動きへ遅れることなく追従する。
先ほど静寂の中で戦った時より、身体とのずれはもうほとんど感じない。
けれど、今度の相手まで同じだとは思えなかった。
「距離は?」
『王城跡外縁まで、約六百メートル』
リムの声がSMU内部に響く。
「速い?」
『速くはない』
「こっちの様子を見ながら近づいてる?」
『その可能性はある』
視界には、まだ六つの反応が残っている。
西側の一つは、僕が一度交戦してから距離を取ったまま動いていない。
そして今。
別の一つが、ゆっくりとこちらへ向かっていた。
さっき起きた九・一秒の欠落。
偶然とは思えない。
「セリナ」
「はい」
僕の声に、少し離れたところでカイとバルドに指示を出していたセリナが振り返る。
「また動いた」
その一言だけで、彼女の表情が引き締まった。
「先ほどの反応ですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「確認されていた位置から近づいてきてる。でも、あの空白の九秒を起こした原因なのかはまだ確認できてない」
セリナは頷いた。
「では、決めつけずに対応しましょう」
「うん」
バルドも僕のほうへ歩いてくる。
「反応が、ここに近づいているのか」
「その可能性が高い」
「音を消したやつか?」
「違うと思う」
「違う?」
僕はSMUに映る六つの光点を、セリナやバルドたちに見せることはできない。
だから、できるだけ簡単に説明した。
「さっき音を消した反応は、西側で止まってる。今こっちへ来てるのは別の反応だ」
バルドが顔をしかめる。
「六つ全部が別物って話か」
「まだ断定はできないけどね」
「その言い方、最近よくするな」
「分からないものを分かったって言うよりいいでしょ」
「誰かさんに似てきたのかもな」
「誰?」
「知らん」
バルドは笑いながら剣の柄へ手を置いた。
冗談を言っていても、目は笑っていない。
周囲では兵士たちが動き始めていた。
セリナの指示で、王城跡西側と南西側の通路から人を下げる。
門の近くへ集めるのではなく、複数の経路へ分散させていく。
何が起きるのか分からない以上、一か所へ集めるほうが危険だと判断したからだ。
「カストスは?」
『三体とも後方へ移動中』
リムが答える。
さっき九秒ほどの記録を失ったカストスも、今は正常に動いている。
壊れたわけではない。
それが逆に気味悪く感じられた。
「アオト」
セリナが僕を呼び、近くまで歩いてくる。
「あなたは前へ?」
「行く」
「私が止めても?」
「行く」
「でしょうね」
少しだけ呆れたように言ってから、セリナは僕の黒い装甲を見上げ、その表面へそっと触れた。
「でも、先ほどとは違います」
「何が?」
「今度は、何が起きる可能性があるかを知っています」
僕は一瞬考えた。
「九秒が消えること?」
「はい」
「知ってても、対処できるかは分からないよ」
「それでも、知らずに受けるよりは違います」
確かにそうだ。
僕は頷いた。
『距離、五百メートル』
リムの声。
「来るね」
僕は南西へ身体を向ける。
王城跡の外へ続く道。
崩れた石壁。
放棄された荷車。
風に揺れる草。
どこにも人影はない。
それでも反応は近づいている。
四百。
三百五十。
三百。
「見えないな」
『熱源もまだ拾えない』
「地下?」
『違うと思う』
「じゃあ――」
その瞬間。
世界が飛んだ。
そうとしか思えなかった。
何の予兆もなかった。
眩しさも。
音も。
衝撃も。
ただ、次の僕の認識が突然そこへ置かれた。
「――っ」
僕は息を呑んだ。
身体が半歩後ろへ傾いている。
右腕は胸の前へ上がっていた。
前腕の黒い素材が展開し、半分ほど盾の形を作っている。
「リム!」
『いる』
返事はすぐだった。
「何秒?」
『八・七秒』
やっぱりだ。
周囲を見る。
セリナは僕がいた位置から数歩右へ移動している。
バルドは、いつの間にか剣を抜いていた。
さっきまで立っていた石壁の一部が崩れている。
そして。
僕の右肩。
黒い装甲の表面に、細い白い傷が走っていた。
「攻撃された?」
『可能性が高い』
「映像は?」
『ない』
「音は?」
『ない』
「動作履歴は?」
『ない』
全部同じだ。
八・七秒だけ。
そこがきれいに抜け落ちている。
ただし。
SMUの内部時計だけは、その時間が確かに経過したことを示していた。
「アオト!」
セリナが駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫。セリナは?」
「怪我はありません」
バルドも自分の身体を確認する。
「俺もない」
「何か覚えてる?」
「いや」
バルドは手にした剣を見る。
「だが、抜いてる」
僕も盾になりかけた右腕を見る。
「僕も防御しようとしてる」
記憶はない。
記録もない。
それでも身体は何かをしていた。
「リム」
『うん』
「止められてるわけじゃない?」
少し間があった。
『少なくとも、身体まで完全に停止していたなら、この状態にはならない』
「だよね」
セリナが僕を見る。
「どういう意味ですか?」
「僕たちは九秒近く、何かしてる」
「でも、覚えていない?」
「SMUにも記録がない」
バルドが嫌そうな顔をする。
「それ、止まってるより気味悪いな」
僕もそう思う。
時間そのものを止められているなら、まだ分かりやすい。
でも、これは違う。
身体は動いている。
何かに反応している。
なのに、その途中だけが認識と記録から抜け落ちている。
「リム、何が変わった?」
『比較する』
視界に複数の枠が浮かんだ。
欠落直前。
認識復帰直後。
二つの状態が並べられる。
『アオトの位置、後方へ一・八メートル』
『右肩装甲に損傷』
『右前腕の素材展開率、四十三パーセント』
『バルド、抜剣』
『セリナ、右方向へ二・四メートル移動』
『石壁、部分崩落』
次々と差分が表示されていく。
「相手は?」
『反応位置も変わってる』
光点が、さっきより四十メートルほど近い。
「九秒の間に移動した?」
『そう考えるのが自然』
「攻撃も?」
『右肩の傷と石壁の崩落を見る限り、何かは起きてる』
僕は少し黙った。
『アオト』
「うん?」
『九秒の中を追うのはやめる』
思わず視界の表示を見る。
「やめる?」
『記録がないものは見られない』
「じゃあ、どうする?」
『前と後を見る』
「差分?」
『そう』
リムの声が少し強くなる。
『欠落する直前と、認識が戻った直後』
『その間に変わったものを全部拾う』
「そこから何が起きたかを推測する?」
『少なくとも、何も分からないままよりはいい』
僕は笑った。
「リムらしい」
『褒めてる?』
「全部」
『ならいい』
反応は、また近づいている。
二百二十。
二百。
「次も来る?」
『たぶん』
「準備しよう」
僕は周囲を見る。
王城跡へ続く道の左右に、崩れた建物の基礎が残っている。
地面には大きな石片。
壁。
柱。
使えるものは多い。
「アンカー」
右腕の素材が細く伸びる。
一本。
左側の石柱へ。
二本目。
右後方の壁へ。
三本目。
地面へ深く打ち込む。
四本目。
別の建物の基礎へ。
黒い線が僕を中心に四方向へ伸びた。
バルドが眉を上げる。
「何する気だ」
「見えないなら、動いた痕跡を見る」
「罠か?」
「観測用」
『張力変化を常時監視する』
リムが内部通信で続ける。
『アオト自身に記録が残らなくても、認識が戻った直後の状態は拾える』
「切られたら?」
『切られた場所が分かる』
「なるほど」
僕が誰もいないところへ返事を続けているように見えたのだろう。
セリナが少しだけ首を傾けた。
「……リムと話しているのですね?」
「分かる?」
「返事をしているのはアオトだけですから」
思わず笑う。
『私は聞こえてるけどね』
「そういう問題じゃないよ」
セリナが小さく息を吐いた。
「こんな時でも、いつも通りですね」
その時。
南西の道の向こうに、人影が現れた。
白い衣。
先ほどの相手とは違う。
体格も。
立ち方も。
顔の半分を覆う白い布も似ているが、同一人物ではなかった。
「来た」
『反応一致』
リムが言う。
『南西の一つ』
白い人影は歩いている。
急ぐ様子はない。
僕たちが待っていることも分かっているはずなのに、まっすぐこちらへ向かってくる。
「止まって」
声をかけた。
相手は足を止めた。
今度は音が消えない。
風も聞こえる。
遠くの兵士たちの声も聞こえる。
「話せる?」
白い人影が答えた。
「話す必要はありません」
男とも女とも取りにくい、静かな声だった。
少なくとも、さっきの相手のように声そのものを拒絶しているわけではない。
「じゃあ何しに来たの?」
「確認です」
「何を?」
相手の視線が僕のSMUへ向く。
「止められないものを」
背中に嫌な感覚が走った。
「さっきの九秒、あなた?」
「九秒」
相手がその言葉を繰り返す。
「あなたには、そのように見えましたか」
「見えてないから聞いてる」
僅かに。
白い人影の目が動いた。
「見えていない」
「うん」
「ならば、存在しないのと同じです」
「違うよ」
僕は即座に答えた。
「なくなったってことは分かる」
相手は黙った。
「僕の装備も記録できなかった。でも、九秒経ったことは残ってる」
「残る」
「だから調べられる」
「失われたものを?」
「失われたものそのものじゃない」
僕は四方向へ伸ばしたアンカーを僅かに引いた。
「前と後」
白い人影の視線が、黒い線へ向く。
「変わったところを見れば、途中で何があったかは考えられる」
「考える」
「そう」
「なぜ?」
今度は僕が少し戸惑った。
「なぜって?」
「失われたならば、捨てればよい」
白い人影が一歩前へ出る。
「迷いには、時間が必要です」
「何を選ぶか」
「どちらへ進むか」
「何を捨てるか」
「人は時間の中で迷います」
さらに一歩。
「ならば、その時間を止めればよい」
「止める?」
「迷いがなければ、選ぶ必要もありません」
相手の言葉は淡々としている。
悪意は感じない。
だからこそ、静寂の時と同じ嫌な感覚があった。
「それで正しいところへ進めるって?」
「必要な結果だけが残ります」
「誰に必要?」
白い人影は答えない。
その沈黙で十分だった。
「我が神?」
相手の瞳が僅かに揺れるのを、僕は見逃さなかった。
やっぱり。
静寂の中で戦った相手と同じだ。
「あなたも、あの人の仲間?」
「役割は異なります」
「役割?」
「私は」
白い人影が右手を上げた。
「停止させる者です」
次の瞬間。
世界が飛んだ。
――戻る。
「っ!」
視界が復帰した瞬間、身体が大きく右へ傾いていた。
右側のアンカーが強く張っている。
左前方。
一本が切れている。
『右後方、張力変化!』
リムの声。
考えるより先に身体を捻る。
SMUが僕の神経反応と筋肉の動きを拾い、脚部の補助を合わせた。
右後方。
白い人影がいる。
「そこ!」
右腕を振る。
黒い素材がブレードへ変わる。
相手が僅かに目を見開いた。
刃をかわす。
けれど、完全には避けきれない。
白い衣の肩口が裂けた。
相手が一気に距離を取る。
「……見えていた?」
「見えてないよ」
僕はブレードを構えた。
「見えないなら、見えるところから考える」
白い人影が切れたアンカーを見る。
そして、僕を見る。
「失った時間を、戻したのではない」
「戻せるならそうしたいけどね」
『無理』
リムが即答する。
「分かってる」
僕が誰もいないところへ返したように見えたのか、白い人影が僅かに首を傾けた。
「誰と話している」
「相棒」
『紹介してもいいけど』
「今?」
『今』
「リム」
『冗談』
余裕があるわけじゃない。
それでも、そのやり取りだけで身体の緊張が少し抜けた。
白い人影が再び手を上げる。
「来る」
『次の比較準備完了』
「アンカーは?」
『三本正常。切断された方向も記録済み』
「じゃあ追加」
背部の素材が動いた。
新しいアンカーが射出され、崩れた壁へ突き刺さる。
さらに一本。
今度は低い位置へ。
黒い線を蜘蛛の巣のように張り巡らせるつもりはない。
僕自身が動けなくなる。
必要なのは、どこを通ったのかが分かる程度でいい。
白い人影の手が下がった。
また。
世界が飛ぶ。
――戻る。
今度は膝をついていた。
前腕の装甲に浅い傷。
左側のアンカー二本が大きく弛んでいる。
『左前方!』
「分かった!」
立ち上がる。
左前方に白い人影。
でも、今度は距離が遠い。
「違う」
『何が?』
「こっちに来てない」
視界へ差分が表示される。
相手の位置。
石片の移動。
僕の足跡。
地面の小さな抉れ。
『アオト、前』
「え?」
正面。
何もいない。
いや。
地面だ。
薄い白い線が走っている。
次の瞬間、地面から白い柱が突き上がった。
「っ!」
横へ跳ぶ。
SMUが身体を押し出す。
白い柱が、すぐ後ろを貫いた。
「止めてる間に置いた?」
『可能性が高い』
「本人だけが動くわけじゃないのか」
『少なくとも、何かを仕込むことはできる』
停止させる者は、こちらを観察している。
さっきより慎重に行動しているように見えた。
「厄介だな」
『向こうも同じこと思ってるかも』
「そうなら嬉しい」
『なんで?』
「一方的じゃないってことだから」
僕は右腕のブレードを解除した。
黒い素材が前腕へ戻る。
代わりに、左手から細い射出子を形成する。
相手は動かない。
「リム」
『なに?』
「停止に入る瞬間は分かる?」
『確実じゃない』
「何か変化は?」
『直前に、周辺の時間同期情報が僅かに乱れる』
「どれくらい前?」
『〇・二秒以下』
「短いな」
『でも、SMUなら反応できる』
僕ではなく。
SMUなら。
「自動でやれる?」
『限定的なら』
「何を?」
『防御形状の形成』
『アンカーの固定』
『停止直前の位置情報保存』
僕は少し考えた。
SMUは、僕の代わりに戦う装備じゃない。
でも、僕が決めたことを、身体より速く実行することはできる。
「じゃあお願い」
『何を選ぶ?』
視界に候補が出る。
全面防御。
多方向アンカー。
姿勢固定。
僕は一つを選ぶ。
「多方向アンカー」
『了解』
背部の黒い素材が少しだけ広がった。
白い人影がこちらを見る。
「また考える」
「悪い?」
「止めればよい」
「止められても、考える方法はある」
「時間がないのに?」
「時間の外に残ったものがあるからね」
白い人影の手が動く。
警告。
〇・二秒もない。
それでもSMUは反応した。
背部から四本のアンカーが同時に放たれる。
地面。
壁。
柱。
そして。
白い人影の右側。
世界が飛んだ。
――戻る。
身体は立っている。
右前腕の装甲が大きく削れていた。
二本のアンカーが切断。
一本は正常。
最後の一本。
強く張っている。
『捕捉!』
「どこ!」
『右前方、十八メートル!』
僕は地面を蹴った。
SMUが一気に補助出力を上げる。
右前方。
白い人影の腕へ、伸びた黒い線が絡みついていた。
停止している間に切ろうとした。
でも、一本だけ間に合わなかった。
「捕まえた!」
腕を引く。
アンカーが強く張る。
白い人影の身体が僅かに崩れた。
僕はそのまま加速する。
相手が左手を上げる。
また止める気だ。
「リム!」
『分かってる!』
世界が――。
飛ぶ。
――戻る。
目の前に白い布。
近い。
あまりにも近い。
相手も驚いていた。
停止の前。
僕は走っていた。
停止の後。
僕はまだ走っている。
途中はない。
でも、最初から進むと決めていた。
SMUの脚部補助も、その判断に従って動き続けていたらしい。
「止めても」
右腕を引く。
黒い素材が刃ではなく、厚い打撃面へ変わる。
「止まったままじゃない」
拳を振り抜く。
白い人影が腕を上げる。
間に合わない。
黒い装甲が腹部へ叩き込まれた。
鈍い音。
相手の身体が地面を滑る。
数メートル先で止まった。
僕も追わずに足を止める。
「……」
停止させる者が、ゆっくり身体を起こした。
口元から僅かに血が流れている。
でも、その目に怒りはなかった。
困惑。
それに近い。
「失われたものから」
相手が僕を見る。
「なぜ、戻れる」
「戻ってないよ」
「では」
「なくなった九秒は、なくなったまま」
僕は答える。
「何が起きたか、全部は分からない」
「それでも?」
「それでも、前と後は残ってる」
右肩の傷。
切れたアンカー。
ずれた位置。
相手の移動。
全部。
「分からないところがあるなら、分かるところから考える」
白い人影は黙った。
「それだけ」
「それでは、完全な答えにはならない」
「ならないよ」
僕は即答した。
相手の目が僅かに揺れる。
「間違うかもしれない」
「うん」
「見落とすかもしれない」
「そうだね」
「なら、なぜ」
「次に直せばいいから」
風が吹く。
僕と白い人影の間を、砂埃が横切った。
「間違わない答えが出るまで、何もしないなんて無理だよ」
「……」
「分からないことがあっても、その時に分かる範囲で選ぶしかない」
相手が自分の手を見る。
「選ぶために、時間が必要」
「そうだね」
「ならば、その時間を止めれば」
「選ばなくていい?」
「はい」
僕は少し考えてから首を振った。
「それって、迷いをなくしてるんじゃなくて」
白い人影を見る。
「迷ってる人ごと切り捨ててない?」
何も返ってこなかった。
停止させる者の周囲へ、白い光が集まり始める。
「また逃げる?」
「確認は終わりました」
「何を確認したの?」
相手は僕ではなく、SMUを見た。
「失われたものを、失われたままにしないもの」
「違うよ」
僕は答えた。
「これは、なくしたものを戻してくれる装備じゃない」
視界の端で、リムの表示が静かに光る。
「僕が何を失ったのか、気づくのを手伝ってくれるだけ」
白い光が強くなる。
停止させる者は最後まで僕を見ていた。
「……気づく」
その言葉を確かめるように呟いた。
光が広がる。
僕は追わなかった。
数秒後。
白い人影が消える。
『反応、後退』
リムが知らせる。
「消えてない?」
『うん。少し離れた地点で停止』
静寂の中で戦った相手と同じだ。
反応そのものは消えていない。
倒してはいない。
それでも、何もできなかったわけではない。
僕はSMUの右肩を見る。
削られた黒い素材が、周囲から流れてきた素材によって少しずつ補われていく。
『損傷率、許容範囲』
「思ったより削られた気がする」
『見えてない時間に攻撃されてるんだから当然』
「怖いこと言わないで」
『事実』
アンカーを解除する。
切れていない線が次々に戻り、黒い素材へ溶け込んでいく。
後ろから足音が聞こえた。
セリナとバルド。
二人とも無事だ。
「終わったのですか?」
セリナが尋ねる。
「今は」
「また、その答えですか」
「だって倒してないから」
バルドが僕の肩を見る。
「随分やられたな」
「見てないところでね」
「笑えないぞ」
「僕もそう思う」
バルドが辺りを見る。
「結局、何だった」
僕は少し考えた。
「時間を止めてるんじゃないと思う」
「じゃあ何だ」
「連続してるはずの時間から、僕たちの認識とか記録だけを切り離してる……のかな」
「分からん」
「僕もまだ全部は分からない」
『私も』
リムが内部通信で付け加えた。
「リムも分からないって」
バルドがため息をつく。
「お前たちでも分からんのか」
「でも、一つは分かった」
セリナが僕を見る。
「何ですか?」
「六つは、やっぱり同じじゃない」
西側。
静寂。
南西。
停止。
少なくとも二つ。
作用も。
考え方も。
違っていた。
「役割があるって言ってた」
僕は思い出す。
停止させる者。
先ほどの相手は、そう名乗った。
「名前ではなく?」
セリナが聞く。
僕は首を横に振る。
「名前は聞いてない」
「役割だけ……」
セリナの声が少し低くなる。
六つの反応。
それぞれ違う役割。
そして、その背後にいる「我が神」。
ようやく少しだけ形が見えてきた。
けれど、まだ全体は見えない。
『アオト』
リムの声が変わった。
「なに?」
視界に六つの反応が表示される。
西の一つ。
南西の一つ。
そして。
別の光点。
北寄りにあった反応が、ゆっくりと位置を変え始めていた。
「また?」
『動き始めた』
三つ目。
僕は光点を見つめる。
追いかけるべきか。
王城跡へ戻るべきか。
それとも、この二度の接触を整理するべきか。
すぐには決めなかった。
「リム」
『うん』
「まず、今日なくした十八秒くらいを整理しよう」
『正確には十七・九秒』
「そこ細かく言う?」
『大事でしょう』
思わず笑った。
セリナがそんな僕を見て、小さく息を吐く。
「戻りましょう」
「うん」
僕は王城跡へ身体を向けた。
答えが出ていないことは多い。
見えなかったものもある。
失った時間も戻らない。
それでも。
何を失ったのかを知ることはできる。
そこから、次にどうするかを考えることもできる。
僕が一歩踏み出す。
SMUがその動きを拾い、黒い装甲が静かに追従した。
背後では。
三つ目の反応が、まだゆっくりと動き続けていた。




