第三部 第99話 虚偽の勝利
波が浜辺に打ち寄せる。
白く焼かれた水面は、
ゆっくりと元の色を取り戻していた。
風が吹く。
誰も、すぐには動かなかった。
「……終わったか」
誰かが呟く。
返事はない。
エミリオが、息を吐く。
「……ったく、手間かけさせやがって」
軽く首を鳴らす。
だが、その目はまだ海を追っていた。
「対象、反応消失」
ミハイマールが告げる。
「残留魔力、減衰中」
リンシアが静かに目を閉じる。
「……被害の確認を」
ジュリアが扇を揺らす。
「想定以上でしたが……」
薄く笑う。
「盤面は整いましたね」
アルディアスが海を見据える。
一拍。
「……帰投準備」
終わった。
誰もが、そう認識した。
波が――
引き寄せられる。
わずかに。
だが確かに。
何かに、引かれるように。
「……ん?」
エミリオの視線が止まる。
海面。
揺らぎ。
黒。
小さな塊。
波の上に。
浮いている。
「……残りカスか?」
ミハイマールが解析を開始する。
「微弱反応を確認」
一拍。
「……増大」
沈黙。
黒が、蠢く。
周囲の黒が、引き寄せられる。
海水が、持ち上がる。
吸い込まれる。
「……は?」
エミリオが眉をひそめる。
塊が、膨らむ。
空気が、歪む。
アルディアスが低く告げる。
「後退しろ」
七聖が一斉に距離を取る。
黒が、収束する。
圧縮。
凝縮。
そして――
球体。
完全な黒。
光を、吸い込む。
「……なんだ、あれは」
ジュリアが呟く。
「先ほどまでとは……別物ですね」
解析が走る。
「エネルギー密度……急上昇」
一瞬。
「……測定不能」
沈黙。
球体が、脈動する。
ドクン。
空間が、揺れる。
ドクン。
海が、震える。
ドクン。
リンシアの声がかすれる。
「……生きてる……?」
エミリオが舌打ちする。
「……ふざけんな」
球体に、亀裂が走る。
黒の中に、何かが見える。
――顔。
女の顔。
ゆっくりと、浮かび上がる。
目が、開く。
音はない。
だが。
全員が理解した。
見られている。
次の瞬間。
球体が、脈打つ。
膨張。
空間が、歪む。
「来るぞ!」
エミリオが叫ぶ。
アルディアスが手を掲げる。
「防御――」
その言葉を、飲み込むように。
黒が、弾けた。
光が、消える。
色が、消える。
音が、消える。
世界が――黒に染まる。
誰も、動けない。
――災厄が、誕生する。




