第三部 第98話 襲来する巨人
海沿いの村――テーゼ。
朝だった。
波は穏やかで、
漁師たちはいつも通り網を引いていた。
潮の匂い。
濡れた網の重さ。
引き上げるたび、水が滴る音。
その日常が、崩れた。
「……ねぇ、あれ」
子供の声。
指差す。
地平線。
黒い影。
――でかい。
見上げる。
首が、止まらない。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
地面が、揺れた。
「な、なんだ……?」
漁師たちが外へ飛び出す。
揺れは、止まらない。
近づいてくる。
確実に。
村の方へ。
誰かが、息を呑む。
「あれは……」
言葉にならない。
黒が、来る。
◆
自警団が動く。
「弓を構えろ!」
「前に出るな!距離を取れ!」
矢が放たれる。
黒へ。
――当たる。
はずだった。
弾かれる。
音もなく。
「効いて……ない?」
一瞬。
巨人が、動いた。
腕が伸びる。
掴む。
「う、あ――」
消える。
次。
また一人。
消える。
「逃げろォ!!」
村が崩壊する。
◆
空が、歪む。
影が落ちる。
アーク=テンレア。
その巨影が、頭上に停止する。
一歩。
空中で。
踏み込む。
エミリオが、落ちる。
一直線。
拳が、黒を穿つ。
轟音。
衝撃波。
黒が、めくれる。
巨体が揺れる。
「チッ、柔らけぇな」
だが――
崩れない。
黒が蠢く。
触手が伸びる。
飲み込もうとする。
殴った箇所が、収束する。
埋まる。
「……効いてるはずだろ」
一拍。
「……違う」
目が細くなる。
「戻ってるんじゃねぇ」
さらに一拍。
「……集まってる」
◆
光が、落ちる。
リンシア。
「ルミナス・レイ」
純白の閃光。
黒を焼く。
削る。
蒸発。
巨体が――縮む。
「やったか……!」
だが。
黒が、動く。
削れたはずの部分が、戻る。
滑らかに。
何事もなかったかのように。
◆
「消し飛びなさい」
アンリエット。
魔法陣が展開される。
重力が歪む。
押し潰す。
地面が砕ける。
沈む。
それでも。
壊れない。
◆
ジュリアが、見ている。
扇の向こうで。
「……なるほど」
目が細くなる。
「面白くないですね」
◆
「攻撃は通っている」
ミハイマール。
一拍。
「だが……維持されている」
◆
黒は、進む。
ゆっくりと。
確実に。
海へ。
誰も、まだ気づいていない。
◆
アルディアスが降り立つ。
静かに。
黒を見据える。
「……意志があるな」
ジュリアが頷く。
「ええ。目的地があります」
扇を閉じる。
「このままでは被害が拡大します」
一拍。
「海へ誘導を」
◆
七聖が動く。
連携。
圧倒的火力。
進路を削る。
押し出す。
村から、引き剥がす。
◆
海岸。
波が荒れる。
黒が、海へ到達する。
◆
アルディアスが前へ出る。
空気が、変わる。
魔力が、収束する。
「終わらせる」
右手を掲げる。
◆
光。
重力。
炎。
闇。
魔導。
すべてが、一点へ。
◆
「――消えろ」
放たれる。
極光。
世界が、白に染まる。
音が、消える。
視界が、消える。
◆
やがて。
光が、収まる。
◆
そこには――
何もなかった。
「……終わったか」
誰かが呟く。
◆
沈黙。
波の音だけが戻る。
◆
しかし――
誰も、気づいていない。
水飛沫の中で。
黒が、ひとつに集まっていることに。
◆
小さな塊。
◆
それが。
◆
静かに、球形へと収束していた。




