第八話 道の代償
陽の細い筋が窓辺に落ちた。
戸口の桶をかすめ、粗い机をなぞり、それからようやく彼の手に届いた。
マルクスは細い窓のそばに立ち、潰れた拳を見下ろしていた。
皮膚は肉がのぞくほど擦り剝けている。
右手の血はすでに黒ずみ、乾いて引きつっていた。左手にはまだ暗い粘りが残っていた。手首の下には重い痣が広がっている。
彼はゆっくり指を曲げ、関節の奥で鳴る鈍い、軋むような痛みを確かめた。
夕方までには、たぶんいつもに近い程度には使える。
上着はぼろ布のように裂けていた。
彼はそれを開き、破れた布を脇へ寄せて腹を見た。
刺し傷の入口は細く、妙に整っていた。乱闘で入ったというより、冷静で無駄のない仕事の痕に近い。
傷口の縁はもう寄り始めている。早いわけではない。忘れられるほどではない。それでも、普通の人間よりは明らかにましだった。
マルクスはその脇を二本の指でなぞり、深さを確かめてから布を戻した。
顔には何も出なかった。
部屋の奥から、少年が彼を見ていた。
十二か、十三か。
痩せて、青白く、目の下に濃い隈が落ちている。
古い袋の上に座り、ぼろぼろの毛布にくるまりながら、彼はマルクスを見ていた。
目の前のものが人間かどうか、もう決めるのをやめてしまったような目だった。
恐怖はもう顔から引いていた。
残っているのは疲労と、張りつめた待機だけだった。
納屋は長いこと使われていなかった。
壁際の板は湿気で灰色に褪せ、蝶番のひとつはほとんど錆だけでぶら下がっている。床はところどころ沈み、干し草と黴と古い土の匂いがした。
ここは暮らす場所ではない。
だが数時間だけ身を潜めるには十分だった。傷口がもう少し締まり、森を捜索している連中がもっと先へ流れていくまで。
「もう、あいつら来ない?」
少年が聞いた。
マルクスは腹から目を離した。
「来ない」
少年は少し黙った。
「……あの、ナイフ持ってたやつも?」
「もう立たない」
その答えで足りたらしかった。
彼は何人いたのかを聞かなかった。
どうやって殺したのかも聞かなかった。
ただ裂けた上着をもう一度見て、それから腹へ目を移した。
「痛い?」
「もう耐えられる」
「血は?」
「乾く」
少年はうなずいた。
日常の話でも聞いたような顔で。
だが、二人とも知っていた。ここにはもう何ひとつ日常的なものなど残っていない。
光は少し上へ移った。
マルクスはまた窓を見た。濁ったガラスの向こうに、朝の空の白い筋が見えた。
昨夜のことには似合わないほどきれいな空だった。
世界はすぐに、何事もなかったような顔に戻る。
それが癪に障った。
「……あんた、人間?」
少年が聞いた。
声は落ち着いていた。
震えもなく、冗談で恐怖をごまかそうとする気配もない。
「今日のおまえに大事なのは、そこじゃない」
マルクスは言った。
「少なくとも、あいつらとは違う」
「それは分かる」
そこがいちばん奇妙だった。
涙もない。
感謝もない。
あとから押し寄せるような恐怖もない。
自分が傷つけられない。
いま少年に必要なのは、その一点だけだった。
「なんで追ってきたの?」と彼は尋ねた。
マルクスはすぐには答えなかった。
「子どもが帰れなくなる原因を、追ってる」
「全部?」
「力の続く限り」
少年は膝を抱え込み、その上に顎をのせた。
「じゃあ、ぼくのことも見つけたんだ」
「おまえは運がよかった」
言葉は思ったより硬く出た。
だが彼は言い直さなかった。こんな場所で偽りの柔らかさを足すほうが、よほど醜かった。
少年は気を悪くした様子もなかった。
「……あんたも、全部には間に合わないんだろ?」
その一言は、必要以上に正確に刺さった。
マルクスは初めて完全に彼のほうを向いた。
「違う」
「そうだと思った」
「どうしてだ」
少年は肩をすくめた。
「だって、間に合うなら、そんな腹にはならない」
同情もなければ、慰めようとする気配もない。
ただの子どもの観察だった。
マルクスはまた視線を落とした。
傷の縁はたしかにさらに寄っていた。周囲の布は血と泥で黒くなっていたが、いちばん大事なところはもう過ぎていた。体はそれ以上開かず、弱りきって沈むこともなく、少しずつまとまり直していた。
ここ数週間、彼はそういうことを以前より早く分かるようになっていた。
どの傷が一時間で締まり、どれが一晩必要か。どこまでなら耐え、どこで一度止まったほうがいいか。
それで不死身になったわけではない。
ただ、盲目で払う代償が少し減っただけだった。
「名前は?」と少年が聞いた。
「どうでもいい」
「ぼくはトム」
「覚えておく」
トムは顔を上げた。
「ほんとに?」
「言ったなら覚える」
少し黙ってから、彼はほとんど囁くように続けた。
「もしぼくが眠ったら、いなくならない?」
「歩けるようになったら行く」
「じゃあ、寝ない」
マルクスはうなずいた。
「寝るな」
昼に近づくころには、腹の傷は脈打たなくなっていた。
痛みは消えていない。だが邪魔から目安へと下がっていた。
拳には薄く硬い皮が張り始めた。
マルクスは上着を着直し、裂けた部分を合わせ、動いたときに布が開かないよう帯をきつく締めた。
「行くぞ」
トムはすぐに立ち上がった。
足は震えていたが、文句は言わなかった。
森にはまだ夜の名残があった。
木々の下の雪はやわらかく灰色で、ところどころに暗い足跡の窪みが見えた。
マルクスは速く歩いた。ただし、トムが離されるほどには速くしなかった。
二度止まった。
一度はトムが震えで体を折ったとき。
もう一度は木にしがみついたまま長く黙りこんだとき。記憶がまた急に内側で開いたのだと分かった。
「後ろは見るな」とマルクスは言った。
「見たくもない」
それは本心だった。
森が薄くなり、木々のあいだから声と犬の吠え声、それに短い巡査の怒鳴り声が混じり始めたとき、マルクスは止まった。
前方、石の囲いと茂みの向こうに、田舎道が見えた。
荷馬車があり、灯りを持った男が何人かいて、巡査が二人、そしてもう声が潰れかけている女が一人いた。
マルクスは少年の肩に手を置いた。
トムは身じろぎしなかった。
「ここから先は自分で行け」
トムは彼を見上げた。
「誰が助けたか聞かれたら?」
マルクスは少し黙った。
「悪魔だったと言え。そのほうが楽だ」
「どうして?」
「どうせ信じない」
トムはうなずいた。
「分かった」
「顔は見てないとも言え」
「でも見たよ」
「それでもそう言え」
もう一度、トムはうなずいた。
マルクスは肩から手を離した。
トムは数歩進み、つまずき、立て直し、それから走った。
あとは早かった。
女の叫び。
男が、まるで背中から歳月が剝がれ落ちるみたいな勢いで飛び出す。
雪の上に膝をつく音。
頭に、肩に、頬に、確かめるように触れる手。
本当に生きているのか、指先でしか信じられない親の手だった。
マルクスは古い壁の角に身を隠し、その様子を見ていた。
巡査たちはすぐに集まった。
一人はトムの前にしゃがみ、もう一人は母親に問いかけ、三人目は森のほうへ向かって遠くの捜索を打ち切るよう怒鳴っていた。
トムの声は小さかった。
それでもマルクスには断片が聞き取れた。
「……顔は見てない……」
「……助けてくれた……」
「……悪魔……」
一人の巡査が急に顔を上げた。
冗談なのか、譫言なのか、判断がつかないのだろう。
トムの父親は、もうそれ以外どうでもいいとでもいうように、息子をさらに強く抱きしめた。
周りが人間で埋まり、誰も少年を森へ引き戻さず、喜びや恐怖で誰かが正気を失う気配もないと確かめると、マルクスは背を向けた。
誰かが念のため周囲を広く見ようとする前に、その場を離れた。
それから先、イングランドは彼にとって郡や街道ではなくなった。
濡れた街道。
停車場。
安宿。
湿った納屋。
街道沿いの食堂。
警察の記録。
そして、決してあるべき形で終わらない重い会話の連なり。
墓のそばで受け取った封筒は、嫌な糸口をいくつも同時によこした。
どれも真っ直ぐには繋がらない。
どの糸も、あまりに少なくしか知らず、あまりに多く嘘をつき、ただ恐ろしくて口を閉ざす人間たちを通って伸びていた。
マルクスは何週間も、それを追った。
確かだと思えた痕が、最初の村で途切れることもあった。
逆に、汚れた、ほとんどどうでもよさそうな噂話が、必要な曲がり角へ導くこともあった。
だが、その頃にはそこもまた新しい血で閉じていた。
最悪だったのは、そこではなかった。
その途中でも、子どもたちがいたことだ。
彼が追っている本筋とは関係のない子どもたちが。
ただ、見捨てることのできない子どもたちが。
あるときは、作業場の裏の石炭置き場から少女を引きずり出した。
酔った義父が閉じ込めていた。
別のときは、道端から二人の兄弟を連れ去った。
目立たない荷馬車が、もう三十分も彼らの後ろをゆっくりつけていた。
さらに数日後には、一軒の農家に立ち寄った。
そこでは少年が、まるで家の決まりごとの一部みたいに、規則正しく殴られていた。
どのケースも時間を奪った。
どの寄り道も本筋の足を鈍らせた。
それでも、通り過ぎることはできなかった。
そのせいで探索は長引いた。
そのぶん、傷痕も増えた。
左の肋骨の下には細い白い線。
鎖骨の上にも一本。
前腕には、錆びた鎌でなぞったような弧の傷。
拳はほとんどいつも完全にはきれいにならなかった。
古い瘡蓋が落ちる前に、新しいものが間に合ってしまう。
増えたのはそれだけではなかった。
体は、以前よりずっと彼を不意打ちしなくなっていた。
一撃のあと、脚がどれだけもつか。
肋骨のどこが危険なほどひびいているか。
刃がどこまで入ったか。
今、前へ出るべきか、それとも傷がもう少し締まるまで待つべきか。
そうしたことを、マルクスは以前より早く感じ取れるようになっていた。
平和な意味で慎重になったわけではない。
ただ、自分が払う代償の値を読み違える回数が減っただけだった。
最悪の類の糸口のひとつが、北の街道沿いの食堂へ彼を連れていった。
夕方が窓へ落ちかけるころ、マルクスは中へ入った。
仮面は胸元に隠したままにした。早い段階で視線を集めたくなかったからだ。
店の中には、炒めた玉ねぎと安い肉、古い脂、濡れた上着の匂いがこもっていた。
主人はカウンターの向こうに立ち、給仕の女は眠そうにコップを拭き、奥の卓では御者が二人、何かを言い合っていた。
マルクスは壁際に座り、茶を頼み、他人の会話の切れ端から必要な噂だけを慎重に引き出し始めた。
扉が勢いよく開いた。
天井のベルが枠に当たるほどだった。
五人、なだれ込んできた。
騒がしく、酔い、だらけきっている。
誰も自分たちをまともに見たがらないことに慣れた人間の崩れ方だった。
靴についた雪と一緒に泥も持ち込んできた。
二人の袖には褐色の染みがついていた。
一人は必要以上に大きく、長く笑っていた。
もう一人は手袋も外さず、隣の卓の塩入れを掴み、仲間へ放った。
塩が床に散った。
マルクスは最初の怒鳴り声を聞く前に、すでに連中の臭いを感じていた。
酒だけではない。
通りの泥でもない。
洗っていない体臭でもない。
もっと深く。
もっと悪い。
血。
黴。
生きたものを、生きていてはいけない場所に長く置いていた地下室の臭い。
主人が静かにするよう言った。
返ってきたのは笑い声だった。
一分もしないうちに、卓の上のグラスが飛んだ。
続いて皿。
一枚が厨房のそばの壁に当たって砕けた。
いちばん背の高い男が給仕女の手に伸びたとき、彼女は身を引いた。
マルクスは見ていた。
まだ動かなかった。
無関心だったからではない。
見極めていたのだ。
騒ぐ人間が、必ずしも自分の探している筋に繋がるとは限らない。
だが、臭いは消えなかった。
空気にあまりにも濃く染みついていた。
主人がもう一度声を荒げた。
今度はマグカップが投げ返された。
破片がカウンターに散った。
マルクスは、出口の近くにいた頬骨の高い、唇を切った背の低い男が、まるで酔った拍子のように、裏の仕切り近くのランプを肘で払ったのを見た。
動きは酔っ払いじみていた。
だが腕の軌道だけが妙に正確だった。
ランプは揺れ、木にぶつかり、元の位置へ戻った。
だが油はすでに壁板と積まれた袋に飛んでいた。
連中はほどなく出ていった。
数分後、厨房の奥から煙が出た。
さらに一分もすると、火は乾いた木をつかんでいた。
客たちは立ち上がった。
給仕女が叫んだ。
主人は奥へ駆け込んで、最初の一吸いでむせ返った。
マルクスは脇の扉を蹴り開けるのを手伝い、袖を焼かれた女を外へ押し出し、全員が雪の上に出たのを確認してから、燃え上がる窓から目をそらした。
主人は中庭の真ん中に立ち、火を見ながら、まるで自分に言うのではなく、どこか頭上の何かへ吐き捨てるように繰り返した。
「畜生……畜生……」
そのときマルクスはもう、連中の痕を追っていた。
見つけたのは夜もかなり深くなってからだった。
宿場町の裏路地のひとつで、五人は柵のそばにたむろし、成功した悪事のあとにだけ出る、あの神経質な興奮のまま、騒がしく口論していた。
マルクスを見たとき、最初はすぐに思い出せなかったらしい。
だが次の瞬間には、ほとんど同時に身を引いた。
一目見ただけで、さっきまでの軽い酔いがしぼんだように。
「どうやって見つけた……?」
唇の切れた男が吐き出した。
マルクスは数歩離れたところで止まった。
「子どもはどこだ」
五人は顔を見合わせた。
「おまえ誰だよ」
いちばん背の高い男が言った。
マルクスは動かなかった。
「子どもはどこだ」
それで十分だった。
連中はほとんど同時に飛びかかってきた。
マルクスは、よほどでなければ壊すつもりはなかった。
最初の一人は肩で雪の中へ弾き飛ばした。
二人目には膝の裏を打ち込み、その場に崩した。
三人目は仰向けに倒し、そのまま放った。
まだ人間らしい恐怖が少しでも残っていれば、それで足りたはずだった。
だが連中は止まらなかった。
一人が空瓶を掴んだ。
別の一人が刃物に手をかけた。
三人目が後ろへ回った。
マルクスは短く、硬く身を外した。
瓶は柱に当たった。
刃は上着だけを裂き、皮膚には届かなかった。
背後から来た男には肘を喉へ叩き込み、柵にぶつけた。
そこで、いちばん小柄な男が拳銃を抜いた。
マルクスにできたのは、わずかに体をずらすことだけだった。
発砲。
弾は耳の縁を削り、頬をかすめた。
顔に熱が走った。
世界が一瞬だけ、狭く、乾き、妙に鮮明になった。
次の動きは、もう近すぎる距離で起きた。
沈み込みながら、銃を持つ手を手首のすぐ先でつかんだ。
まるで体そのものが、次の弾を止めるためにいちばん恐ろしい方法を選んだように。
圧力は、彼自身の予想を超えていた。
骨が濡れた音を立てて潰れた。
抵抗はほとんどなかった。
手首から先が、握り潰された。
拳銃ごと曲がり、金属は歪み、引き金の輪は押し潰され、手は血と肉の塊になった。
白い骨片がそこから突き出し、すぐに暗く濡れていった。
マルクスはすぐには手を離さなかった。
男は喚きながら膝から崩れた。
残りの連中もほとんど同時に雪へ座り込んだ。
打撃でではない。
潰れた手を見たせいで。
マルクス自身も一歩引いた。
憐れみからではない。
意外だったからだ。
自分が強くなっていることは分かっていた。
体が以前より深いところまで踏み込むことも知っていた。
だが、ここまでとは思っていなかった。
頬は焼けるように痛み、血が首筋を伝って襟の中へ落ちた。
撃たれた男は、鼻水と罵声を撒き散らしながら泣き叫んでいた。
マルクスは冷たく見下ろした。
「壊すつもりはなかった」
彼は言った。
「話せ」
誰もすぐには口を開かなかった。
マルクスが半歩だけ前へ出ると、それで足りた。
最初に喋り始めたのはいちばん背の高い男だった。
勇気からではない。
他人の痛みが次は自分のものになると分かったからだ。
最初は嘘を混ぜた。
それから言葉がもつれた。
やがて、その途切れた言葉の中から、マルクスは必要なものだけを拾い上げた。
山。
麓の村。
よそ者を嫌う連中。
臭い。
上にいるものたち。
近づかないほうがいい相手。
そのほかは顔を見れば足りた。
連中は多くを知らない。
上澄みの下、そのさらに下の層だけだ。
運搬。
酒。
自分たちでも怖がっている用事。
マルクスが彼らを雪の中に残したとき、一人は潰れた手を抱えてまだ啜り泣き、もう一人は側溝で吐き、残り三人は怒りではなく、夜の悪夢よりひどいものを見る目で彼を見上げていた。
村は、予想以上に悪い形で彼を迎えた。
怒鳴り声があったわけではない。
露骨な敵意でもない。
そのほうが、むしろ楽だっただろう。
人々はただ、あまりにも注意深く彼を見て、そのあと閉ざした。
雑貨屋の戸は、彼が近づいたとたんに閉まった。
二軒目の家では、カーテンが一度だけ震えてすぐに落ちた。
井戸端の女は、彼に気づいた瞬間、桶を両手で抱え、ほとんど駆け足で門の向こうへ消えた。
納屋の前にいた二人の男は、話を途中で止め、そのまま彼を見ないふりをした。
マルクスは村を端から端までゆっくり歩いた。
庭。
柵。
湿った壁。
雪の上の鶏の糞。
納屋脇の橇。
ベンチの下に落ちている片方だけの子どもの靴。
それでも何もない。
声もない。
動きもない。
露骨な痕もない。
ただ、普通の人間の恐れにしては濃すぎる警戒だけがあった。
村はずれで、彼は立ち止まった。
家並みが終わり、石だらけの上りが始まる場所だった。
低い二本の松のあいだに、細い道が上へ消えていた。
道というより、雪と凍った土のあいだに擦れて残った一本の筋だった。
そこから臭いが来ていた。
腐肉ではない。
獣でもない。
沼でもない。
湿って腐りながら、それでもなお異質な何か。
この世界に本来あるはずのない場所から、そのまま漏れてきたような臭いだった。
マルクスは登り口でしゃがんだ。
雪の上には足跡があった。
人のものも混じっていた。
古いもの、新しいもの、崩れたもの、深く沈んだもの。
何度もそこを往復した痕だった。
戻ってきた者もいる。
戻らなかった者もいる。
少し上、枯れた低木に子どもの服の切れ端が引っかかっていた。
マルクスは立ち上がった。
山から吹き下ろす風は、さっきまでより強く顔を打った。
登りの奥、岩のあいだに溜まる暗がりは、ただの影よりも濃かった。
何も動いてはいない。
それでも彼にははっきり分かった。
あそこはもう、別の掟で生きている。
彼は長く、その細い道を見ていた。
もう引き返す道はない。
残っているのは、上だけだった。




