ダックスフンド?
僕たちは町の外れにある草原へ向かった。
敵の目撃情報があった場所だ。
「それで、敵ってどんなやつ?」
僕が聞くと、クロガネが一枚の紙を取り出した。
「細長い犬だ」
「細長い?」
「胴体も脚も、やたらと長い。名前は――」
クロガネは紙を見ながら言った。
「ダックスフンド」
「それ、犬の種類じゃない?」
「そうだ」
「敵の名前は?」
「……細長いダックスフンド」
熊おじが横から口を挟んだ。
「調べた結果、それが一番近かったんだよ」
「名前、雑じゃない?」
「本人に聞けばいいだろ」
そのとき、草むらの向こうから声がした。
「誰が雑だって?」
細長い影が、ゆっくりと立ち上がった。
長い胴体。
短い脚。
地面すれすれまで垂れた耳。
そして、異様に鋭い目。
「俺の名は、ダイダックス!」
クロガネがさえぎる
「コロマル、絶対に近づくな」
ダックスが毛を何本も飛ばしてきた。
僕は反射的に口を開けた。
ぱくっ。
「コロマル!?」
熊おじの叫び声が響いた。
僕は毛を飲み込んだ。
「……」
ダックスが勝ち誇る。
僕は自分のお腹に手を当てた。
さっきまで、ぐうぐう鳴っていた。
でも今は――
何も感じない。
「ふはははは! もうお前はご飯を食べられない!」
「ご飯を?」
「そうだ!」
「一生?」
「一生だ!」
焼いた肉。
温かいパン。
香ばしい魚。
それから、僕の大好きな骨付き肉。
僕はもう一度、お腹に手を当てた。
空腹感はない。
食べたい気持ちもない。
「……」
クロガネが心配そうに近づく。
「コロマル?」
僕は弁当を見た。
「食べられない?」
「そうみたいだ」
「本当に?」
「うん」
僕は弁当箱を開けた。
肉の匂いがする。
いつもなら、尻尾が勝手に動く。
でも今日は動かない。
僕は肉を一口かじった。
味はする。
けれど、もう一口食べたいとは思わなかった。
「……」
熊おじが震える声で言った。
「コロマル」
僕は肉を見つめた。
「ご飯が……」
「うん」
「食べられない」
「うん」
「ご飯が食べられないってことは……」
僕の耳が、ゆっくりと伏せられた。
「おかわりも、できない?」
「できない」
「夜食も?」
「できない」
「食後のデザートも?」
「できない」
僕の中で、何かが切れた。
「……ダイエット・ダックス」
「なんだ?」
「お前」
僕は空中を蹴った。
一歩。
二歩。
三歩。
そのまま一気に敵の目の前まで迫る。
「僕のご飯を奪ったな」
「ふはは! そうだ!」
「僕の肉を」
「そうだ!」
「僕のおかわりを」
「そうだ!」
「僕の夜食を!」
「全部奪った!」
ダックスが笑う。
僕は拳を握った。
「許さない」
「なに?」
「ご飯を食べられないなら」
僕の体から、黒い光が噴き出した。
「僕は、もっと怒る!」
クロガネが目を見開く。
「コロマルの能力が変化している……!」
熊おじが叫んだ。
「空腹じゃないのに、なんであんなに怒れるんだ!?」
ダックスの長い胴体をつかんだ。
「ご飯を返せ!」
「ぐわああああっ!」
そのまま空中へ放り投げる。
ダックスは何度も回転しながら飛んでいった。
「俺のダイエットがあああああ!」
「ダイエットじゃない!」
僕は叫んだ。
「ただの食欲泥棒だ!」
地面に落ちたダックスの口から、光る毛玉が飛び出した。
それが僕の体に吸い込まれる。
すると――
ぐううううう。
僕のお腹が鳴った。
「……お腹すいた」
熊おじが弁当を抱えて走ってくる。
「戻ったのか!?」
「うん」
僕は弁当を受け取った。
そして、肉を一口。
「おいしい!」
二口。
「もっと!」
三口。
「おかわり!」
熊おじが泣きながら笑った。
「よかったなあ、コロマル!」
「うん!」
僕は夢中でご飯を食べた。
その横で、クロガネがダックスを見下ろす。
「敵の名前は、結局どうする?」
熊おじが答えた。
「細長い犬でいいだろ」
「雑だな」
僕は肉を頬張りながら言った。
「細長いご飯泥棒」
ダックスが地面から顔を上げた。
「もっとひどい!」
僕は尻尾を振った。
「じゃあ、次はデザートだね」
「まだ食うのか!?」
「戦ったから」
「理由になってない!」
「でも、お腹すいたし」
僕たちの声が、草原いっぱいに響いた。




