番外 アイイェナ日和(1)
ひったくり犯を軍の駐屯所に引渡し、その時の状況は情報も子細に伝える。フェストラントも歩ける位には治ったようなので、このまま解散する事となった。
時刻は夕方頃の筈なのに、もう辺りが暗くなり始めている。家に帰る頃には、もう夜の時間になるのだろう。
「それじゃあ、また。アインヤール、しっかり送ってやるんだぞ」
「……はい」
イェナーとアインヤール、エーデとフェストラントと最後にはこの二組に別れて帰るらしい。
それよりも、イェナーは気になって仕方がなかった。明らかに、エーデとフェストラントの距離が縮まっている。
これは何かあったに違いない、とイェナーはエーデにこっそり耳打ちして聞く事にした。
「進展はあった?」
「……イェナーにはかなわないな……。つまりは、そういう事だ」
詳しくは語ってくれなかったが、エーデの表情は幾分か柔らかく見える。晴れて、交際する事になったのだろう。
「まぁ! 今度お祝いしなくちゃね」
「しなくていいよ。気持ちだけで充分だ。イェナー……その、ありがとうな。お前のおかげで、自分の気持ちに気付く事が出来た」
「エーデちゃんは大切なお友達だもの。当然の事をしたまでよ。また詳しくお話聞かせてね」
「分かったよ」
少し恥ずかしそうにしつつも、並んで帰路に着くエーデ達を見送ってから、イェナーは隣に立つアインヤールに視線を向けた。
「それじゃあアインヤール君。お願いしてもいいかしら」
「……勿論です……」
イェナーの邸宅は、街から少し離れた場所にある。入り組んだ道の奥にある為、街から出た辺りまでお願いしよう、と思っている。
アインヤールとちゃんと話すのは今日が初めてだったが、とても楽しい時間を過ごせた。といっても、彼は会話が苦手なのか、話を振ってくる事はなかったのだが。
「今日は楽しかったわ。付き合ってくれてありがとう」
「……自分も、楽しかったです……」
「良かった。また、遊びに行きましょう」
「……はい、是非」
イェナーが話しかければ、間は空くものの返事をしてくれる。アインヤールも楽しかったのは本心だったようで、口角が上がっていた。
その後もいくつかイェナーが話を振り、ぽそぽそとアインヤールが返す、というやり取りを繰り返していると、イェナーの目に一軒のケーキ屋か映った。
魔界で人気の店で、いつも行列が出来ているというのに、今は魔物一人いなかったのだ。
「あ、ちょっと待っててくれるかしら。両親にお土産を買って帰りたいの」
「……分かりました」
「街は人が多いから行きたくない」という理由で、あまりこちらには出向いてこない両親の為に、この機会に買って帰ろうと思う。イェナーは魔王専属の医務官なので、休みの日以外は家に帰る事もない。
今日、明日と纏まった休みを取れたので、家族で団欒しつつ食べられたらいいな、なんて考える。アインヤールを待たせてしまうのも申し訳なかったが、きっと許してくれるだろう。
(アインヤール君……強面だけれど、とても優しくて強い人なのね。ひったくり犯捕まえた時の鋭い目……かっこよかったわ)
注文したものを箱に詰めてもらっている間に、イェナーはふとアインヤールの事を考えていた。ミュージカル鑑賞を終えてからの予定が狂ってしまったが、負傷したフェストラントを連れ回すのも気が引ける。本人はすっかり元気だったが。
そろそろ恋人が欲しいな、という気持ちからダブルデートを提案したが、この後どうするかはあまり考えていない。
イェナーの予想だが、アインヤールはおそらく、軽い気持ちで交際をしたりしないタイプだ。そんな彼に「お試しで付き合ってみない?」なんて言える訳がない。それに──
(でも、並んで歩くと親子みたいね……私が小さくてアインヤール君が大きいからなのだけれど……)
身長差四十センチの壁は大きかった。今まで交際していた男性とも、親子や兄妹に間違われる事が多々あった。間違われるだけならばいいのだが、相手に魅力的に映ってないのではないか、と不安に陥ってしまいそうになる。
(アインヤール君は、私の事一人の女性として見てくれているのかしら。子どもっぽいから、やっぱり無理かしらね……)
自分に自信がない訳ではないが、その事を考えるとやはり憂鬱だ。
(どうやったら魅力的な女性に見えるのかしら。やっぱり胸……? それとも身長……? 成長期は終わっちゃったし、どれも無理ねぇ……)
注文した品を受け取り、イェナーは溜息をつきながらアインヤールの元へと戻る。しかし、先程アインヤールと別れた場所に、彼の姿はなかった。




