番外 フェスエデ日和(4)
イェナーの後ろをついて歩く事数十分。本日ミュージカルが行われるという会場は、エーデでも知っているような有名な劇場だった。
最大でおよそ数千人が観劇出来るというだけあって、かなりの広さがある。イェナーはミュージカル鑑賞やコンサートによく来ているらしく、こちらの劇場の雰囲気にも慣れた様子だった。
チケット一枚、一体いくらしたのだろうか。この後支払う予定だが、はたして手持ちの分で足りるかどうか怪しくなってきた。
とはいえ、今この場で財布の中身を確認するのも良くないだろう。一度忘れる事にして、会場内に設置されている席に腰を下ろす。
エーデ達が並んで座る席は、舞台の真正面の位置にあるが、その距離はかなり離れていた。出てくる役者達の顔が見えるかは不安だが、全体を見渡せるいい場所だ。
「うぅん……見えるかな……」
エーデが一番端に座り、その右隣にフェストラントがいる。彼は掛けている眼鏡を持ち上げて、舞台の方に視線を向けた。
「お前、目が悪いのか」
思い切ってエーデがそう聞くと、フェストラントははっと気が付いて朗らかな笑みを浮かべる。
「今掛けている眼鏡は、あまり度が入ってないんです。まさかこんなに広い所だとは思わなかったので、家に置いてきてしまいました」
「……まぁ、聞いて楽しむのも一つの手だ。かくいう私も、視力はあまり良くなくてな」
「そうなんですね。ちょっと意外です」
──訓練の時の動きを見ていると、そうは感じなかったんだけどなぁ……。もしかして、直感で動いてるとか!? 積み重ねられた実力っていうやつかな!? 凄い!!!! かっこいい!!!! というか今エーデさんから話し掛けられたよ!! 涙出てきそう!!
(心の中でとはいえ、こうも真っ直ぐに褒められるとむず痒いな)
相変わらず心の中では騒がしい男だ、と呆れつつも、最初の頃に抱いていた忌避感はなくなっている。
(一々感想が長くて早いから、頭が痛くなるし疲れるが……悪い気はしないんだよな……)
流石に慣れてしまうか、と自分の中で区切りをつけて、エーデは横目でフェストラントに視線を向けた。すると、ピタッ、と目が合ってしまう。
まさか向こうも同様に見ていたとは思いにもよらず、エーデは慌てて目を逸らす。しかし、彼の心の声はいつも通りに聞こえてきて。
──め、目合っちゃったー!!!! ヤバい、横顔盗み見てたのバレた!? 気配伝わってたとか? かっこいいー!!!! いっそのこと開き直って見つめるとか……いやいや、それは引かれそうだな。いくら僕がエーデさんの事を好きでも……エーデさんは、こんな若造には興味ないだろうし……隣に座っているだけでも幸せだから、今はこの時間を楽しんじゃおう。
いつもならばキャーキャーと騒いでばかりなのに、今回は随分と静かに終わった。
確かに、隣に腰かけてはいるが、エーデとフェストラントの距離は遠いような気がする。年齢のせいだろうか……否、お互いに一線を引こうとしているからだ。
(…………そうだな、お前は……若過ぎるよ……)
真っ直ぐに伝えられる言葉は、決してエーデに向けられたものではない。フェストラントが自身の中で仕舞っておこうとしているものを、勝手に聞いているだけだ。
いっその事、心の声そのままを口に出してくれたらいいのに。
そんな事を考えていると、会場内の明かりがゆっくりと暗転していった。
※※※※
ミュージカルの内容は、『魔王様が魔王になるまで』を体現したかのような内容だった。とはいえ、違う視点で紡がれる物語にも、中々興味をそそられた。
隣に座るフェストラントもそうだったのだろうか。ミュージカルの間、エーデの脳内に彼の声が届くことはなかった。それが少し気掛かりだったが、落ち着いて舞台を見る事が出来て良かった、と安心してもいる。
各々感想を言い合いながらホールを後にし、そのまま飲食店が立ち並ぶ大通りに出てきてしまっていた。
「それじゃあ私、アインヤール君と飲み物を買ってくるわ。ちょっとの間待っててねぇ」
なるほど、このタイミングで二人っきりにされるとは思っていなかったが、ナイスだイェナー、と心の中でグッドサインを送っておく。
二人の姿が見えなくなった頃、フェストラントの心の声が鮮明に聞こえてきた。
──はわぁぁぁエーデさんと二人っきりになってしまった!! 何か話題を振らないと……いや、おしゃべりな男は嫌われるって雑誌にも書いてあったし……ここはクールに黙っていた方が……。
(お前がおしゃべりな事は前から知ってるよ……)
──でも色んな事知りたいなぁ。好きな食べ物とか、好きな色とか、好きな花とか……。
知りたいのなら、聞けばいいのにと呆れつつ、エーデは問いかけた。待っている間も暇だし、何か話さないのも気まずいだろう。
「……お前、好きなものとかあるのか?」
「エー……ルが好きです」
──あっっっぶな……思いっ切り『エーデさん』って言いそうになった。駄目だ駄目だ、好意を持ってるって知られたら、もう会話する事は出来ないかもしれない。見てるだけで幸せだったのに、話す喜びを知ってしまったら戻れそうにないけれど! せめて、いい後輩だと思われたい!!
確かに、フェストラントは自分の感情を隠すのが上手い。心の声が聞こえてこなかったら、彼の好意に気付く事はなかっただろう。
そして、彼もエーデに近付こうとしなかったかもしれない。
「…………お前、変わった奴だな」
「へっ」
「城の奴等は、私の事を恐れて近寄ろうともしないのに……お前は、怖くないのか?」
「怖くなんてありませんよ。強くて、かっこよくて、憧れちゃいます」
──本当に、とっても強くて、とってもかっこよくて、大好きです。
質問に返された言葉は、建前と本音で似て異なるものだった。フェストラントは本当に、想いを伝える気はないらしい。
「…………そう、か……」
そう考えると、少しだけ寂しく感じられた。
「その、何だ。お前は私よりも若いし、これから色んな経験をするだろうし、色んな人とも出会うと思う。お前は色男だし、恋人とかもすぐに出来るだろう」
──色男!?!? 褒められた!?!? 嘘、僕ってエーデさんから見て色男だったの!?!?
余計な事を言ってしまった、と思いつつ、エーデは意を決して言葉を紡ぐ。
「でも、それでも──」
「きゃぁぁぁああ!!!!」
「「!!」」
エーデの声を遮って、女性の甲高い悲鳴が一帯に響き渡った。
「どけっ!!」
視線を向ければ、ナイフを持った男がこちらに走ってくるのが見えた。もう片手には女性もののバッグがあって、ひったくり犯だと即座に理解出来る。
「邪魔だ!!」
エーデ目掛けて、男が無造作にナイフを振り下ろしてくる。
(ナイフか……動きを見る限りは素人だし、ひとまず攻撃をいなして──)
大した強者とも思えない男一人、エーデにとっては武器がなくとも対処出来るような相手だ。相手の力を利用してナイフを取り上げた方がいいか、なんて考えながら構えようとしたその瞬間の事。
「エーデさん危ない!!」
「は──」
どんっ、と身体が突き飛ばされた。エーデが立っていた場所に出てきてしまったフェストラントの腹部には、ナイフが刺さっていて。エーデはその光景に目を見張った。
軍に所属し、幾度も戦場をくぐり抜けてきたエーデは、仲間が傷つく光景を何度も目にしてきた。それでも感傷に浸る暇はなく、敵を逃さないように進み続けていた。
しかしフェストラントが刺されたと認識した時、エーデは迷わず彼の元へ駆け寄っていた。
「おい! フェストラント!」
普段なら、ありえない行動だ。幸いといったところか、飲み物を買って戻ってきたアインヤールによって、ひったくり犯は捉えられたらしい。
視界の端に、こちらに向かって駆け寄ってくるイェナーの姿も見えた。
「エーデちゃんにフェス君! 大丈夫!?」
「フェストラントが刺された! イェナー、止血を、早く!」
「分かってる、エーデちゃんも落ち着いて。傷はすぐに塞げるわ」
「そ、そうか……良かった……」
回復魔術を得意とするイェナーがそういうのなら安心だ、とエーデは短く息をついた。
こんなにも焦ったのは、いつぶりだろうか。国の治安を守る軍人としては、武器を持ったひったくり犯を逃がすという行為は、あってはならない事だ。
それなのに、考えるよりも先に身体が動いていた。これはいよいよ、彼に抱いている気持ちを認める他ないのだと、実感させられたのだった。




