番外 フェスエデ日和(3)
週末。予定よりも早く待ち合わせ場所に到着していたエーデは、辺りを見渡してイェナー達がまだ来ない事に気が付いて落胆してしまう。
(来てしまった……それも、凄く身なりに気を使ってしまった……)
今日の為に用意したのは、新しいシャツとフリルの付いたタイトスカート、そして数える程しか履いていない真っ赤なピンヒールだった。
アクセサリーこそ身に付けていないが、普段とは正反対の装いに、エーデ自身もそわそわしまっている。
鏡の前で何度も確認して出てきたのだが、エーデの姿を見たフェストラントがどう反応するのか、気になって仕方がない。再度自分の身なりを確認いる所で、エーデふとは我に返った。
(今までオシャレなんぞしてこなかったが……駄目だ、自分も浮かれてしまっているな……)
今回、フェストラントに自身の胸の内を伝える為にやって来たが、純粋に楽しみにしている事に驚きだ。
(そんなに嬉しかったのか、私は……)
心の中でだけとはいえ、自分に好意的な異性は初めてだ。イェナーとはまた違う、胸の高揚感はひしひしと感じている。
上がりそうにかる口角を必死に堪えていると、見覚えのある姿が視界に入った。フェストラントだ。私服に身を包んだ彼は、普段よりも一層若々しく見える。
「こ、こんにちは。」
「あぁ。フェストラント……だね」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」
フェストラントはにこやかに挨拶こそしてくれたものの、以降は隣に並び立つだけで話を振る事はしなかった。
(反応がないな……やっぱり、三十の女がはしゃいでいると引かれてしまったか……)
それにしては、心の声が聞こえてこない。違和感を覚え始めた頃、フェストラントの心の声がぼそりと聞こえてきた。
──………………私服の部隊長さん尊い………………。
……引いていた訳はなかったようだ。
──ちょっと胸元空いてるのヤバいよ学生には刺激が強過ぎる……チラ見どころかガン見しちゃうじゃないか! タイトスカートも長い足を引き立てていて最高すぎる! イェナーさん、憧れの部隊長さんと会わせてくれてありがとうございます貴女が神か!!
後半はやや聞き取りにくかったが、どうやら感情の処理が追いついていなかっただけのようだ。とはいえフェストラントの言葉に、エーデは慌てて服の胸元をあげる。
──あ、胸見てたのバレたかな……駄目だ駄目だ。ちゃんとお顔を見ないと……って、それはそれで無理かもしれない!! ポーカーフェイスが保てなくなる!! とういうか名前呼ばれてしまった!! 僕今日死ぬんじゃないだろうか……いや、せめて今日を乗り切って……あぁでもそうなるとこれからエーデさんのお姿が拝見出来ないから長生きするしかない!!
(忙しい奴だな。だが、はしゃいで正解だったかもな……こんな事を言われたのは、初めてだ。嬉しい……のだろうな、きっと……)
フェストラントは心の中では沢山喋っているものの、表の表情はあまり出ていない。傍から見れば、エーデとフェストラントは並んで立っているだけのように見えるだろう。
エーデは未だに紡がれるフェストラントの心の内を聞いているが、言葉を交わす事はしていない。エーデ自身、口から出た言葉と心の声が混同して聞こえるので、不用意に返事が出来ないというのもあるが。
しかし今日は、イェナーやアインヤールも一緒に出掛ける日。数分も経たない内に、二人も待ち合わせ場所に現れた。
「お待たせ〜! 皆集まった事だし、改めて自己紹介から始めましょうか」
私服の装いに身を包んだイェナーが、そう切り出して自己紹介を始める。改めて集まると、まるで合コンみたいだ。
「私は、医務官として働いているイェナー。今回のミュージカル鑑賞の企画を提案したのも私よ」
「魔王軍部隊長のエーデだ」
「……魔王軍所属の……アインヤールです……」
「庭師研修中のフェストラントといいます。よろしくお願いします」
名前と、役職を告げるだけの自己紹介を終えると、イェナーが先頭に立って目的地へと歩き始める。
「皆さん本職に就いてらっしゃる方々ばかりで緊張してたんですが……今日のミュージカルの演目、楽しみです! 」
「ふふふっ。チケット四枚もとるの大変だったのよ〜」
「ありがとうございます、イェナーさん!」
イェナーとフェストラントは元々知り合いだったらしいので、気さくに話しているように見受けられた。
エーデも、フェストラントに自身の胸の内を伝えるとは決めたものの、気まずさが勝って声をかけられずにいる。
自然と、視線は隣を歩くアインヤールの方に向けられるが……。
──エーデさんありがとうございます。こんなに間近でイェナーさんを拝見出来るとは思いませんでした。感謝してもしきれません。
感謝の気持ちを向けられていると知って、思わず視線を逸らしてしまった。
(お前はお前で幸せそうだな)
アインヤールは、前を歩くイェナーに見惚れているのだろうか。ならば、邪魔するのも忍びない。エーデは静かに、街並みを概観しつつ着いて行く事を決めた。
──エーデちゃんってばオシャレしてる。楽しみにしてたのね。ふふっ、可愛い。
(やはりお前にはバレていたか……)
ふと、イェナーの心の声が聞こえてきた。フェストラントと話しながらも、こちらを気にかけてくれる彼女の優しさがありがたい。
(……楽しみ、だな)
恥ずかしくて口には出せなかったが、エーデは心の中で、そう呟いた。




