番外 フェスエデ日和(2)
「イェナー助けてくれ。変な男に付き纏われているようだ」
「あらぁ……」
あれから数日後も、名も知らぬ青年の心の声が聞こえている。こればかりはコントロールも効かないので、どうしようもなかった。
そこで、エーデは数少ない友人である医務官のイェナーをカフェに呼び出し、早々に打ち明けた。イェナーは運ばれてきた紅茶にミルクを入れながら、小さく笑う。
「エーデちゃんが私に相談は珍しいわねぇ。そんなに困っていたの?」
「困るなんて可愛いものじゃない。なんなら現在進行形で聞こえているから言ってやろうか? 『部隊長さんがカフェでお茶してる! 横顔が女優のように美しい! 写真に収めて部屋に飾りたい!!』だぞ」
「まぁ、ゾッコンね」
傍から見れば、それは恋バナを楽しんでいるように見えるだろう。しかしエーデにとって、あの青年の心の声は、日常生活に支障をきたしかねないものだった。
好意を寄せられて不快なのではないが、今までそのような経験がなかっただけに、どのように反応を示せば良いのか分からない。
イェナーはエーデよりも五歳年下だが、自身よりも恋愛経験豊富な筈。子どものような体躯に容姿をしているが、朗らかで細かい気配りが出来る女性なのだから、アドバイスなんかもくれるのではないか。そんな淡い期待を抱いていた。
ミルクを混ぜた紅茶を嚥下してから、イェナーは苦笑混じりに言う。
「そうね、ごめんなさい。実は知ってるの、その子の事」
「なっ、それは本当か?」
衝撃の事実に、エーデは思わず身を乗り出して聞き返してしまう。
「えぇ。だって、その子からエーデちゃんの事を聞かれたもの。お名前と、普段何をしている人なのか」
「まぁ、それについては咎める気もないさ。ただ、ここ最近城にいるとずっとアイツの声がして……ノイローゼになりそうなんだ」
「あら、それは大変ねぇ。でも、好意ばかりで良かったじゃない。いつものような声は聞こえないのでしょう?」
数少ない友人であるイェナーは、エーデの事情も知っている。十年以上も昔の話だが、負の感情を向けられ落ち込んでいたエーデを励ましてくれたのもイェナーだった。
だからこそ、「好意を向けられて悩んでいる」というエーデの相談が、嬉しくもあったのだろう。彼女の表情は、どこか柔らかいものだ。
「……そうだな。だが、言葉が多いし早いんだ」
「あらぁ……確かに、それは大変かもしれないわねぇ」
「しかも本人は全く表情にも出ていないし、そんな気配も出していない。別の人格でもいるんじゃないかと思わせられるよ」
「心の声に嘘はつけない。そう言ったのは、他でもないエーデちゃんよ」
「……あぁ。だからこそ、疲れるんだよ」
エーデだって、進んで誰かの心の声を聞きたいとは思わない。ましてや、自身に向けられている声のみを聞き取れるなんて、嬉しくない能力だ。
そして、同時に相手にも申し訳なくなってしまう。相手はエーデに、心の声を聞かれているなんて夢にも思っていないだろうに。
「アイツは、自分の思考が私に伝わっているなんて思ってもいないだろう。だから申し訳ないし、怖いんだよ」
あの青年も、エーデに話しかけるような事はしてくる気配もない。一定の距離を保ったままで満足しているのか、いつも見てくるばかりだ。
だが、もしも心の声を聞いていたと知られてしまったら。それこそ合わせる顔がない。
重い溜息をついたエーデに、イェナーはくすくすと笑いながら言う。
「そんなエーデちゃんに、いい事を教えてあげましょうね」
「いい事だと?」
「エーデちゃんの事が好きで好きで堪らないよ〜! って言ってきたのは、現在研修中庭師のフェストラント君。十六歳の学生よ」
「じ、十六歳!? 私今年で三十だが!?」
「十四歳差ねぇ。まぁ、全然余裕じゃない」
「いや、そうではなくてだな!」
若い青年だとは見た時に感じたが、まさか学生だとは思っていなかった。いよいよ、彼が自分に想いを寄せてくる理由が分からない。
「アイツの目には私がどう映っているんだ……誰かと間違えているんじゃないか?」
「いいえ、それはないわねぇ。でもそれは、フェス君の口から直接聞いた方がいいと思うわよ」
「…………」
イェナーの言う通りだ。今まで逃げてきたが、こちらも相手の事を知った限りは、一度話をしておくべきだろう。
「分かった。早々にケリをつけよう」
「それじゃあ、私が仲介役に入りましょう。でも、アウェイになるのも嫌だから、誰か一人、男の人を紹介して欲しいの」
「男か……」
そういえば彼女は現在フリーで、「寂しいから誰かとお付き合いしたいわねぇ」なんて言っていたような気がする。
とはいえ、エーデが紹介出来る男性といえば──
「おいアインヤール。今の話を聞いていただろう。どうだい?」
「!!?」
エーデの後ろの席で珈琲を飲んでいる、後輩のアインヤール位しかいない。
「アインヤール君? どうかしら?」
こてん、と首を傾げて問い掛けるイェナーに対しても、アインヤールは険しい表情を浮かべるばかりだ。エーデも人の事をいえないが、もう少し愛想良く出来ないものだろうか。
──困ります、エーデ先輩……。
と、そんな声が聞こえてきた。アインヤールも急に言われてしまっては困惑するよな、と口を開きかけた瞬間。
──片想い中のイェナーさんと一緒だなんて……緊張で喋れなくなってしまう……!!
(お前もか!!)
続けて聞こえてきた言葉に、エーデは思わず叫びそうになってしまう。
(そもそもお前は口下手だろうが……)
そして、そうツッコミを入れたかった。
アインヤールはキラキラと期待の眼差しを向けるイェナーの瞳を見つめ返して、長い沈黙の後、首を縦に振る。
「…………自分でよろしければ……」
(受けるのかよ!!)
かくして、エーデとフェストラントという青年。イェナーとアインヤールの四人で、週末出掛ける事となったのだった。




