番外 フェスエデ日和(1)
──およそ二十年前。
魔王城の敷地内。聳え立つ城からは少し離れた場所に、軍の訓練所が併設されている。イベント事がない時には、訓練兵に混じって本職の者達が指導したり、共に剣を振るったりと訓練を積んでいる。
最近は、部隊長であるエーデが直々に稽古をつけてやって欲しい、と教官に言われてそうしているのだが、自分は周りの人から恐れられているし、どこか気が重くもあった。
とはいえ優しく指導する事はエーデには出来ない。だから声を張り上げて、自分に出来る事をすると決めたのだ。
「お前等訓練だからって手ェ抜いてんじゃないよ!! ぶっ殺す気で掛かってきな!!」
「は、はいっ!!」
「アインヤール! テメェ、声を出せと何度言わせるんだい!」
「……すみません!!」
「遅い!! 言葉を選ぶな馬鹿者!!」
束になって掛かってくる訓練兵を薙ぎ払っては、弱点や態度を指摘する。その度に、エーデの耳には返事以外の声が聞こえてきた。
──エーデ部隊長、おっかねぇなぁ……。
──あのアインヤールさんが怒られてる……気の強い人だな。
──勝てる訳ねぇだろあんなのに……。
エーデは『心が読める』という能力を持ち合わせていた。とはいえ、聞こえてくるのは自身の事を考えている相手のものだけで、あまりいい思いはしてこなかった。
こうした不満の声が多くて、耳を塞ぎたくてたまらない日が多い時もあったが、今となっては慣れたものだ。というより、初めから相手を信用しなくなった、というのが正しいかもしれない。
「お前等ぼけっとしてるんじゃないよ!! ちゃんと集中しな!!」
「はいっ!!」
まだ余裕がありそうな訓練兵達を一喝し、エーデは再び剣を構え直す。その時、聞いた事のない声が聞こえてきた。
──あ、エーデ部隊長さんだ……。
青年の声だが、聞き覚えはない。大方、城の使用人の者だろう。
(あぁ、またか……)
メイドや執事達にも、エーデは距離を置かれているようで、会話した事は滅多にない。しかしその声は、エーデの予想外の言葉を心の中で発した。
──かっっっこいい〜!!!!
「!?」
エーデは困惑した。今、確かに『かっこいい』と聞こえてきたが、そんな事を言われたのは今の今まで一度もない。
不満を言われるよりも、分かりやすく動じてしまった。
(は、え、誰だ!?)
──なんてしっかりした声だろう……。空気が震えるような、こっちまで覇気が伝わってくる超絶かっこいい!! 普段は口を噤んでいて小さく見えるけど、ああやって声を出す時は結構口開けるんだ……って、八重歯見えたきゃぁぁぁあ喰われたい!!!! がぶっといかれたい!!!!
(え、えぇぇぇ……!?!?)
思わず口元を隠してしまいたい気持ちが湧き上がってくる。瞬間動きを止めてしまい、訓練兵達は困惑しながらも剣を片手に襲いかかってきた。
──エーデ部隊長どうしたんだ?
──急に動きが止まった! チャンスだ!
それ等を全てなぎ払ってから、エーデは再度辺りを見渡す。
(待て待て待て、誰だこの声は!?)
──あぁぁ頑張って部隊長さん! 今すぐ応援に行きたいけど僕なんかが出ていったら追い出されちゃうかも。陰ながら応援しています!! 頑張って下さい部隊長さん!!
部隊長さんはとても強いし、絶対勝てます!! 頑張って下さい!! 頑張って、あぁぁぁぁ僕も部隊長さんと向かい合いたい!! 視線が合って斬られるなら本望だぁぁあ!!
「う、うるさぁぁあい!!」
耐え切れなくなってそう叫ぶと、訓練兵達も流石に様子が可笑しいと思ったようで、ピタリと動きを止めてしまった。
皆から向けられる怪訝そうな視線に気付いて、エーデはわざとらしく咳払いを零す。
「今日の訓練はここまで! もっと気合いを入れろ!」
「お疲れ様でした!」
解散していく訓練兵を見送りながら、エーデは剣を鞘に収める。その時でも、どこからともなく青年の声は聞こえてくるのだから困ったものだ。
──きゃぁぁぁぁかっこいい〜!! 訓練終わっちゃった……でも、やっと見付けられたし、次もこっそり覗いちゃおうかな。
(覗く? 城の中か?)
この後は休憩を取るつもりだったのだが、青年の声が気になって仕方ない。エーデは辺りを見渡しながら、声の主を探す事にした。
──思ってたより女性らしいな……剣を振るっている時はとてつもなくかっこよくて、普段は女性らしく美しい……これがギャップ萌え!? 全てにおいて萌えが詰まってるのに!? これ以上僕をドキドキさせないで部隊長さ〜ん!!
(くそっ、姿が見当たらん……。こんなにも心の声がうるさいというのに……)
見た限り、城の中から覗いているという訳ではなさそうだ。
この辺りに訓練場を見ていた者がいなかったか聞こうと、木の手入れをしていた深緑の髪をした青年に声をかける。
「おい、そこのお前」
「は、はい?」
「ちょっと聞きたい事があるんだが……」
──こ……。
あ、これは怖がらせてしまったかもしれない。エーデはすぐさま誤解を解こうとしたが、それは不要な事だったと思い知らされる。
──声掛けられたぁぁぁあ!?!? え、え、これは夢!? 至近距離!! ち、近くで見るとますます綺麗だ! 髪質が良い!! 瞳も大きくて可愛らしいし、少し眠そうというか気だるげというかで色気が凄い!! あの小さな口の向こうに鋭い八重歯があるんでしょ、え、ヤバい。というか声も訓練中とはまた違ってセクシー!! 永遠に聞いていられるし見てられる〜!!好きっ!! 抱いてっ!!!!
(…………コイツかぁぁあ!!)
探していたうるさい声の主は、目の前にいる青年だったようだ。
「い、や……すまん。やっぱり何でもない……」
「いえいえ、お気になさらず」
──あぁぁぁ今日は声掛けられた記念日だ〜!! 帰りにケーキ買って帰ろうかな。日記にも書いちゃおう。友達にも自慢しちゃおう。はぁぁぁ幸せ過ぎる〜!!
(めちゃくちゃ喋るなコイツ……)
これだけ心の中で騒いでいても、表情は好青年らしい穏やかな笑みのまま。それが余計に違和感を抱かせて、エーデは引き攣った笑みを張り付けながらその場を去ったのだった。




