決意と夢
店の奥で、誰もいない事を確認してからそっと手紙を取り出す。
それは手紙にしては小さくて、どちらかといえばメモ帳の切れ端に近いものだった。
しかし二つに折り畳まれたそれには「ヤヌアールへ」と、書かれている。たしかに、自分宛に書かれたものらしい。
その字はあまり綺麗なものとは言えず、まるで手が震えている時に書いたもののようだった。一体、何が書かれているのだろうか、と緊張感を覚えつつ、ヤヌアールは恐る恐る手紙を開く。
そこに書かれていたのは、
『頑張れよ』
と、一言だけ。
…………これは手紙ではないのでは?
しかしヤヌアールは、はたと気付いた。シュトラントは、二日の間に急激に魔力が減少して、尽きた頃に靄となっていった。
その間、ヤヌアール達は交代しながら魔力を送っていたし、自身の魔力が底をついて気絶するように眠る事もあった。
シュトラントは、ヤヌアールが眠っていた時に、この手紙を書いたのではないだろうか。
ヤヌアールの為に。手先の感覚が麻痺しつつあったにも関わらず、直筆で。そう思えてしまう程、簡素でありながらも感情の籠ったメッセージだった。
「……直接、言ってくれよ……」
手紙と、膝の上に置いていたコートを抱き締めて、ヤヌアールは静かに涙を流した。
「分かったよ……私、頑張るから……ちゃんと、見ていてくれよな……」
自分も前に進まなければいけない。そう、強く思わせられた。
シュトラントの為にも、励ましてくれた両親やエーデ達の為にも。
決意を固めて、ヤヌアールは涙を拭って立ち上がった。
※※※※※
「おかえりなさい、父さん」
仕事から帰ってきた父に急いで駆け寄って、ヤヌアールは真っ直ぐに視線を向ける。
「……ただいま」
「聞きたい事があるんだ」
「……何でしょう」
「軍に入るには、どうしたらいいんだ?」
「………………軍、ですか…………」
ヤヌアールの突然の問いに、父は困惑したように目を瞬かせた。部屋の中に行こうともせず、その場に立ち尽くしたまま、考えを巡らせているようだ。
(やはり急に聞くのはおかしかったか……)
やっぱり取り消そう、とヤヌアールが口を開きかけた瞬間、父はぼそぼそと言った。
「……ヤヌアールが言うのは、志願して入る方……ですね……。軍の養成学校に通う事が、一般的かと……。最低一年は在籍しなくてはいけませんが、成績次第で飛び級や出世も約束されています……」
どうやら言葉を纏める為の時間だったらしい。
父の言った流れは、シュトラントからも聞いている内容だった。
「養成学校を卒業すれば、次は見習い軍人です。する事は身体強化が主ですね……養成学校では座学が基本ですから……。見習いとして優秀と見込まれた人は、その後部隊長や軍隊長に推薦される可能性もあります……。シュウ君やエーデさんは、この道で軍に入ったと聞いています……」
それも、聞いていた話だ。しかし父の口振りに妙な違和感を抱く。まるで、自分はそうではなかった、かのようだ。
「じゃあ父さんは……?」
「…………養成学校にも通わず、見習い軍人としての期間もない……即戦力の枠で入りました」
即戦力の枠、そのようなものがあるのか、とヤヌアールは驚いた。父が選択したものだと、軍人になる為の訓練を積む時間がないらしい。
「軍としては実力ある者は歓迎ですから。年に一度、そういう大会があるんです……それに、参加しました」
「じゃあ、なんの為に養成学校があるんだ……?」
「仕組みを理解する為……ですかね。いわば軍を仕切る……出世したいか、戦場で戦いたいかのどちらか。軍での分かれ道です。……自分は後者だっただけです」
「そうなんだ……」
大人しい性格の父からは想像もつかない理由だった。
『軍人になりたい』という明確な夢を抱いている人は、養成学校に通い、学ぶ事を目的としている。
しかしアインヤールのような即戦力になり得る魔物は、金銭に余裕がない出身か、力を持て余した者が主だ。統率が難しい分、即戦力として働ける者は多く選べないらしい。
「まぁ、時間は掛かりましたが自分でも教官になれました。……ようは、自分の努力次第。強いか弱いか、生きるか死ぬか。一番分かりやすい世界だと思っています」
「……確かに、そうだな」
「……どうして、突然それを聞くんですか?」
やはり、その疑問には行き着くだろう。
シュトラントからの手紙を見て、ヤヌアールは思い出した事がある。
幼い頃、学校の課題で『将来の夢』を発表するものがあった。
ヤヌアールは昔、母に憧れて医者になりたいと思っていた。しかし魔力の扱いが苦手だったヤヌアールには、難しい職業だと言われてしまい、試験にも二度落ちてしまって、いつしかやる気が起こらなくなってしまっていたのだ。
花屋の手伝いをしながら、ぼんやりと過ごす毎日で、夢に向かって努力を積んでいるシュトラントが眩しく見えた。
ヤヌアールは「シュウは夢があっていいな。私にはなりたいものがないから、羨ましいよ」と言った事がある。その時にシュトラントは「じゃあ、俺の夢が叶わなくなった時は、代わりにお前に叶えてもらおうかな」と、冗談交じりに言ってくれた。
そんな時は来ないと思っていたし、今の今まで忘れていたが、シュトラントの夢を代わりに叶える為に、努力する事は出来るのではないか。
しかし「シュトラントの為」と答えてしまえば、止められてしまうだろう。だから──
「やりたいと、思ったからだ」
そう、口にした。興味がない訳ではないし、自分に出来るのであればやってみたいと思っていたから、嘘にはならない。
「出世したいとは言わない。私でも……少なくとも誰かを守れる位には、強くなれるだろうか」
「……それは、ヤヌアの努力次第です」
父は時計を一瞥してから、ヤヌアールに問う。
「…………まだ、時間があります。夕飯まで、稽古をつけましょうか?」
「! 頼む!」
ひとまずは、頑張ってみなければ。ヤヌアールは軍人になる、という目標を掲げて、訓練を積む事となった。
(必ず、お前の夢を叶えてみせるよ……!)
そう心の中で、幼馴染に伝えて──




