シュトラント両親からの贈り物
ようやっと店の手伝いを再開し始めた頃。
店の前に立っていると、
「こんにちは、ヤヌアールちゃん」
と、エーデとフェストラントがやって来た。どこか顔を合わせづらかったせいもあって、一週間以上会っていない。
親である彼等もまた、シュトラントの死に打ち拉がれていたのだろう。少し顔色が悪い気がした。
「こんにちは」
「少し痩せたかい? それとその怪我……大丈夫かい?」
「大丈夫だ。すぐに治るだろうし」
「ヤヌアールちゃんは可愛いんだから、ちゃんと薬なり何なり塗って、早く治るようにするんだよ」
「あぁ……一応、薬は塗っているよ」
エーデはそう言ってくれるが、あの日以降も父から今まで以上にスパルタな訓練を受けている。元気づけようとしてくれている、と考えるようになってからは幾分か心に余裕も出来たが、単純に父の強さに追い付けないのもあって。ヤヌアールは苦笑いを返すしか出来なかった。
そして話を逸らす為に、フェストラントが手にしていた袋に視線を移した。
「あの、何処かへ行ってきた帰りか?」
「いや、ここが目的さね。フェストラントの次の仕事場が決まったのさ。少し遠いし、長居する予定らしくてね。私も着いて行く事にしたんだ」
「えぇ!?」
突然の知らせに、ヤヌアールは驚きを隠せなかった。フェストラントが国中、時には国外にも仕事に行っている事は知っていたが、エーデがそれに着いていくような事は今までに一度もなかった筈だ。
「正直、断ろうと思ったんだけど……仕事してた方がまだ気が紛れるかもしれないかな、って……」
「私も一人じゃ寂しいし、コイツも放っておいたらどうなるやら分からんからな。ちょっとの別れの挨拶に来たのさ」
遠い所、と行っていた。今までのようにすぐに会えなくなる事が、寂しく感じられる。身近な人達が離れていく感覚はまだ鮮明なもので、胸がきつく締め付けられた。
そんなヤヌアールの気を知ってか知らずか、フェストラントは手にしていた袋をヤヌアールに差し出した。
「ヤヌアールちゃんには、これを渡しに」
「え……」
袋を受け取って中身を取り出すと、それは普段シュトラントが着用していた暗い赤色のコートだった。
「これって……シュウのじゃないか……」
「あげるよ」
あっさりと言ってのけたフェストラントに、ヤヌアールは戸惑いを露わにする。
「! そんな……だって、これは──」
──シュウの大事な物だ。
そう言い終わるよりも前に、エーデが口を開いた。
「だからだよ。シュトラントが一番大事にしてた物は、アイツが一番大事に想ってたヤヌアールちゃんに渡すべきだと、話し合ったんだ」
「何より、ヤヌアールちゃんへの手紙も挟まれていたから。多分、渡してくれって事だったんだと思うんだ」
「手紙……?」
「あぁ。内容は見ていないから、安心して見るといい」
綺麗に畳まれているコートを少し広げると、一枚の紙が挟まっているのが見えた。今ここで読む事はせずに、ヤヌアールはじっとエーデとフェストラントを交互に見つめる。
「……本当に、貰ってもいいのか……?」
「あげたくない物を、わざわざあげると言って渡しやしないよ」
「エーデさんの言う通り、俺も異論は無いよ」
二人にも、気を遣わせてしまったのだろうか。本当に受け取ってもいいのか、と迷うものの、ヤヌアールは自然とシュトラントのコートを抱き締めるように持っていて。
「……シュウの匂いがする……」
ふと、そう呟いてしまった。
暖かい、光に包まれているような、慣れた匂いでもある。何だか懐かしく感じられる彼の残り香に、ヤヌアールは思わず顔を綻ばせた。
「おや、洗濯したんだが……まだ汗臭かったかい?」
「ち、違う! そうじゃない! 何だか……安心するんだ」
シュトラントが傍にいるようで。母の言っていた「隣にいてくれている」という言葉を、そのまま表してくれている。
ヤヌアールの表情を見たエーデも、ふっ、と頬を綻ばせた。
「……そうかい。まぁ、家で洗濯している物だし、家で洗濯すれば、辛うじてその匂いには近くなると思うが」
「そ、そういう事なのかな……」
「そういう事でいいんだよ。それじゃあ、また会おうな」
「お土産も持って帰るから、楽しみにしててね」
「はい」
父と母へは、予め話をしていたらしい。そのまま二人は歩いて行ってしまった。二人の背が見えなくなるまで見送ってから、ヤヌアールは店の奥へと戻って行ったのだった。




