母からのお話
「あらあら。こんなに傷だらけになったのは久し振りじゃないかしら」
家に帰ってきたヤヌアールを出迎えた母の一言目は、それだった。
突然父に呼び出され、剣の稽古をつけられたのはいいものの、完膚なきまでに叩きのめされて終わってしまった。
全身土まみれで、所々擦り傷も出来てしまっている。痛みこそ小さいものの、ヤヌアールは不満を零さずにはいられなかった。
「笑い事じゃないんだ母さん……いきなり呼び出して稽古をつけるって……挙句の果てにフルボッコされて……。父さんったら容赦無く急所を狙ってくるんだ」
「でも手加減はしてくれているみたいよ? アイ君は優しいから、本気にはなれないのかしら」
「手加減はしないと言っていたぞ?」
「あら、アイ君が本気を出せば、ここら辺一帯が吹っ飛んじゃうわ。実はそれ位強いのよ、アイ君は」
「知ってる……」
傷口を消毒して、包帯を巻いてもらう。テキパキと手当てを終えて、ヤヌアールに向かい合うようにして座った母は、にこりと微笑んだ。
「それじゃあヤヌア。今度は母さんとお話しましょう」
そう切り出して、母は問い掛ける。
「今、ヤヌアはどうして悲しいの?」
「そんなの、シュウが死んだから……」
「どうして死んじゃった?」
「病気で……」
「そう、病気。前にも言った通り、誰が、いつ、どこで発症するか分からない……それが病というもの」
「…… 父さんも母さんも、結局何が言いたいんだ……!」
既に理解している事を改めて言われて、ヤヌアールは少し苛立ってしまう。しかし母は、淡々と言ってのけた。
「ヤヌア、自分の中で受け入れる事が出来ていなければ、それは理解したとは言えないのよ。分かったフリをしているだけ」
「……」
返す言葉が見つからなかった。「そうかもしれない」と、思わせられたから。
暫く黙り込んだ後、ヤヌアールはおもむろに口を開く。
「シュウが死んで、悲しいよ。でも、それよりも……もっと他にしてやれる事があったんじゃないか、とか……もっと長く一緒にいたかった、とか……考え出すと止まらなくなる……」
シュトラントに『死ぬ時まで、傍にいてほしい』と言われて、ヤヌアールは彼の要望通りに行動した。たった数日の事だったが、いつも通りに過ごす事が出来てヤヌアール自身嬉しくて。
しかし、本当にシュトラントの願いを叶える事が出来たのか。他にも方法があったのではないか。やり場のない後悔ばかりが積み重なっていく。
膝の上で拳を握り締めて心の内を零したヤヌアールを、イェナーは優しく、それでいて力強く抱き締めた。
「……それでいいのよ。シュウ君の事、いっぱい考えてあげて。知っているでしょう? シュウ君は、大きな魔力の流れの一つになっているわ。それは今、ヤヌアの生命を作っているものなの」
魔石にならずにこの世を去った魔物は、魔界を構成する魔力の一つとなって新たな生命を育む元となる。それは魔界での常識で、だからこそ死した魔物も傍にいるという認識で通っているのだ。
「貴女の隣に、シュウ君はいてくれているのよ」
「……そう、かな……」
「きっとそうよ。アイ君も、そう言いたかったんじゃないかしら。ずっと立ち止まっていたら、シュウ君も怒ると思う、って」
なんて不器用な父なんだろう、と思いながら、ヤヌアールは母の言葉を静聴する。
「自分がシュウ君の為に何が出来るのか考えなさいって、私は言ったわよね。ヤヌアは自分なりに考えて、シュウ君とお出掛けして、ずっと傍にいたじゃない。シュウ君のお願い、ちゃんと叶えられたのよ」
「でも……」
「私は、ちゃんと出来たと思うわ。ヤヌアも見たでしょう。シュウ君が笑ってたの」
シュトラントが靄に包まれ、姿を消す直前。笑顔で「ありがとう」と言っていた。
その一言が、嬉しいと同時に悲しくもあって。
でも、きっと────
「シュウ君は、最後に笑える程嬉しかったのよ、きっとね。ヤヌアは、自分に出来る事が他にもあったんじゃないか、って後悔してるかもしれないけど……もう、後悔してもシュウ君には何もしてあげられないの。でも、貴女がシュウ君にしてあげた事は、絶対に無くならないの」
「……そう、かな……。シュウは……嬉しいと、思ってくれたかな……」
ヤヌアールがそうだったように、シュトラントも最後まで一緒にいれた瞬間を、嬉しいと感じてくれたのかもしれない。
「だと……いいな……」
肩を震わせて、ヤヌアールは静かに涙を零したのだった。




