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シュトヤヌ日和  作者: 京町ミヤ
36/47

父からの稽古

※※※※※※※※※※






シュトラントは靄に包まれて消えてしまった。


魔力が枯渇して、苦しかった筈なのに。

ヤヌアールの手を握って、微笑みを残して消えていってしまった。


魔界には死者を弔う文化が無い。


寿命や病による死を迎えた者は、魔力となり大気を循環する。それが新たな生命を育むのだ。

そして、外傷による死を迎えた者は、魂の結晶である魔石へと変化する。


それだけ(・・・・)なのだ。


勿論、悲しむ者達は多くいる。しかしそれにより心を塞ぎ込む、という事は珍しいケースなのだ。

だからこそ、イェナーとアインヤールは困っていた。


「どうしましょうねぇ……ヤヌアったら、もう一週間も部屋に引き篭ったまま出て来ないのよ……」


「…………それだけ、ヤヌアの中で、シュウ君の存在が大きかったんでしょう…………」


「まだご飯は食べてるから大丈夫だろうけれど……精神面の治療は難しいのよ……」


イェナーはヤヌアールの部屋の扉を見つめて、静かに口にした。


「時間が経つのを待つか、本人自身が立ち直るしか無いもの」


「………………」


「エーデちゃんやフェス君には言い難いものねぇ……。何かキッカケになるような事があればいいのだけれど……」


「…………キッカケが無いのなら……作るしかありません…………」


そう言ったアインヤールの目には、いつも以上の鋭さがあった。






※※※※※※※※※※






「父さん、急にどうしたんだ? 『話があるから来い』って……」


ヤヌアールは暫く、外に出ていなかった。父に連れられやってきたのは、ヤヌアールがよく絵を描きに来ている森の入口だった。


父はおもむろに振り返って、ヤヌアールの頭をよしよしと撫でる。


「……ヤヌア。ちゃんと来て偉い……」


「いや、呼ばれたから来たんだが……」


それよりも、ヤヌアールは気掛かりな事があった。父の腰には木刀と、父が持つにはやや小さめの剣が携えられていたからだ。


「というか、何故剣を……?」


「…………これは、ヤヌアのです……」


「私の……?」


剣術を嗜んでいたとはいえ、真剣を手にした事はない。必要無いと思っていたし、こらからも持つ予定は無いと思っていたのだが。


「そう。……今から、父さんと……稽古をしましょう……」


突然の事に、驚きを隠せなかった。

しかし、身体を動かせば少しは気持ちが晴れるかもしれない。父なりの気遣いだろうか。


「それは構わないが……」


「今回は、ルールを設けます。父さんは木刀で相手をします……。どんな手を使ってもいいので……、これを破壊して下さい」


「は、はぁ……!?」


「それと、今回は一切手を抜かない。全力でかかってくるように」


「ちょっ、と、父さん!?」


普段なら喋る際に言葉を選んでいるので、やや会話に間の空くアインヤールが、やけに饒舌になる時は思考を働かせていない時だ。

この状態の父は、行動のみに集中している事を知っていたので、ヤヌアールは慌てて渡された剣を構え、攻撃に備えた。


振り下ろされた木刀を受け止めるが、全身にビリビリと衝撃が伝わってくる。本当に手加減はしてくれないらしい。


「くっ……」


「遅い。一瞬の隙が命取りになると教えた筈です」


「いきなりが過ぎるだろ!?」


一瞬身を引き、続けて木刀を振るうアインヤール。一撃一撃が重くて、本当にただの木刀を使用しているのかと疑いたくなる程だった。


一応筋トレも継続しているし、剣術も嗜んでいる。しかし到底、父は越えられない。


幾度の戦場を駆け抜け、常に前衛で功績を挙げ続けた軍人。部隊長だったエーデと並び、この国に勝利を捧げてきた、軍人の間では生きる伝説として敬われている。


それが、父・アインヤールだった。


(木刀を破壊すればいいんだな……なら斬るまで……!!)


所詮は木刀だ。父が持つとどんな物も武器になると言われているが、攻撃を見極め、一撃を入れる事は出来るかもしれない。


そう判断して、ヤヌアールは必死に隙を探る。木刀を振るう為に半身になった瞬間、ヤヌアールは木刀を狙って剣を振るった。


しかし、木刀には傷一つ付いていなかった。それどころか、攻撃を仕掛けた筈のヤヌアールが圧されている。


「なっ!?」


「先に武器を狙うか、敵を狙うか。どっちが効率的か分かりますね」


ヤヌアールが答えるよりも先に、アインヤールはさらに一歩踏み込んだ。それまでと比べ物にならない力が加わって、押し潰されてしまいそうになる。


「答えは両方。敵によって攻め方を変えなさい」


(そんな無茶な!!)


父の場合、どちらが正しいのだろうか。隙を探しても、圧倒的なスピードでこちらが攻撃を仕掛ける前に防がれ、劣勢に持っていかれてしまう。


ヤヌアールは一旦後退して、呼吸を整えた。その際にも剣は構えたまま、警戒は解いていない。


「……父さん、何故急に稽古を?」


「…………父さんは、傷付いて悲しむ事も、沢山泣く事も、過去に囚われるのも……いいと思います」


やはり、父なりの気遣いだったのか。構えていた木刀を下ろし、元の強面だが心優しい父の表情に戻った気がする。


「でも、立ち止まる事だけは許しません。必ず前に進みなさい」


「……分かってる……私だって、早く忘れてしまいたい……」


「忘れる必要はありません。何度振り返ってもいい。足を動かしてさえいれば」


「…………分からないよ……足の動かし方が、私には分からない……」


シュトラントが、消える直前に見せたあの微笑みが、ヤヌアールの脳裏から離れなかった。自身に、シュトラントを救える力があれば、と後悔だけが心を蝕んでいく。


シュトラントはもうこの世にいないから、答えてはくれない。だからこそ、進むべき道が分からないでいた。


「……なら、分からせます」


一瞬、力を弛めてしまった事が、今日の敗因だったのかもしれない。

気が付けば父は眼前にいて、ガッ、と痛みが訪れた。



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