父からの稽古
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シュトラントは靄に包まれて消えてしまった。
魔力が枯渇して、苦しかった筈なのに。
ヤヌアールの手を握って、微笑みを残して消えていってしまった。
魔界には死者を弔う文化が無い。
寿命や病による死を迎えた者は、魔力となり大気を循環する。それが新たな生命を育むのだ。
そして、外傷による死を迎えた者は、魂の結晶である魔石へと変化する。
それだけなのだ。
勿論、悲しむ者達は多くいる。しかしそれにより心を塞ぎ込む、という事は珍しいケースなのだ。
だからこそ、イェナーとアインヤールは困っていた。
「どうしましょうねぇ……ヤヌアったら、もう一週間も部屋に引き篭ったまま出て来ないのよ……」
「…………それだけ、ヤヌアの中で、シュウ君の存在が大きかったんでしょう…………」
「まだご飯は食べてるから大丈夫だろうけれど……精神面の治療は難しいのよ……」
イェナーはヤヌアールの部屋の扉を見つめて、静かに口にした。
「時間が経つのを待つか、本人自身が立ち直るしか無いもの」
「………………」
「エーデちゃんやフェス君には言い難いものねぇ……。何かキッカケになるような事があればいいのだけれど……」
「…………キッカケが無いのなら……作るしかありません…………」
そう言ったアインヤールの目には、いつも以上の鋭さがあった。
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「父さん、急にどうしたんだ? 『話があるから来い』って……」
ヤヌアールは暫く、外に出ていなかった。父に連れられやってきたのは、ヤヌアールがよく絵を描きに来ている森の入口だった。
父はおもむろに振り返って、ヤヌアールの頭をよしよしと撫でる。
「……ヤヌア。ちゃんと来て偉い……」
「いや、呼ばれたから来たんだが……」
それよりも、ヤヌアールは気掛かりな事があった。父の腰には木刀と、父が持つにはやや小さめの剣が携えられていたからだ。
「というか、何故剣を……?」
「…………これは、ヤヌアのです……」
「私の……?」
剣術を嗜んでいたとはいえ、真剣を手にした事はない。必要無いと思っていたし、こらからも持つ予定は無いと思っていたのだが。
「そう。……今から、父さんと……稽古をしましょう……」
突然の事に、驚きを隠せなかった。
しかし、身体を動かせば少しは気持ちが晴れるかもしれない。父なりの気遣いだろうか。
「それは構わないが……」
「今回は、ルールを設けます。父さんは木刀で相手をします……。どんな手を使ってもいいので……、これを破壊して下さい」
「は、はぁ……!?」
「それと、今回は一切手を抜かない。全力でかかってくるように」
「ちょっ、と、父さん!?」
普段なら喋る際に言葉を選んでいるので、やや会話に間の空くアインヤールが、やけに饒舌になる時は思考を働かせていない時だ。
この状態の父は、行動のみに集中している事を知っていたので、ヤヌアールは慌てて渡された剣を構え、攻撃に備えた。
振り下ろされた木刀を受け止めるが、全身にビリビリと衝撃が伝わってくる。本当に手加減はしてくれないらしい。
「くっ……」
「遅い。一瞬の隙が命取りになると教えた筈です」
「いきなりが過ぎるだろ!?」
一瞬身を引き、続けて木刀を振るうアインヤール。一撃一撃が重くて、本当にただの木刀を使用しているのかと疑いたくなる程だった。
一応筋トレも継続しているし、剣術も嗜んでいる。しかし到底、父は越えられない。
幾度の戦場を駆け抜け、常に前衛で功績を挙げ続けた軍人。部隊長だったエーデと並び、この国に勝利を捧げてきた、軍人の間では生きる伝説として敬われている。
それが、父・アインヤールだった。
(木刀を破壊すればいいんだな……なら斬るまで……!!)
所詮は木刀だ。父が持つとどんな物も武器になると言われているが、攻撃を見極め、一撃を入れる事は出来るかもしれない。
そう判断して、ヤヌアールは必死に隙を探る。木刀を振るう為に半身になった瞬間、ヤヌアールは木刀を狙って剣を振るった。
しかし、木刀には傷一つ付いていなかった。それどころか、攻撃を仕掛けた筈のヤヌアールが圧されている。
「なっ!?」
「先に武器を狙うか、敵を狙うか。どっちが効率的か分かりますね」
ヤヌアールが答えるよりも先に、アインヤールはさらに一歩踏み込んだ。それまでと比べ物にならない力が加わって、押し潰されてしまいそうになる。
「答えは両方。敵によって攻め方を変えなさい」
(そんな無茶な!!)
父の場合、どちらが正しいのだろうか。隙を探しても、圧倒的なスピードでこちらが攻撃を仕掛ける前に防がれ、劣勢に持っていかれてしまう。
ヤヌアールは一旦後退して、呼吸を整えた。その際にも剣は構えたまま、警戒は解いていない。
「……父さん、何故急に稽古を?」
「…………父さんは、傷付いて悲しむ事も、沢山泣く事も、過去に囚われるのも……いいと思います」
やはり、父なりの気遣いだったのか。構えていた木刀を下ろし、元の強面だが心優しい父の表情に戻った気がする。
「でも、立ち止まる事だけは許しません。必ず前に進みなさい」
「……分かってる……私だって、早く忘れてしまいたい……」
「忘れる必要はありません。何度振り返ってもいい。足を動かしてさえいれば」
「…………分からないよ……足の動かし方が、私には分からない……」
シュトラントが、消える直前に見せたあの微笑みが、ヤヌアールの脳裏から離れなかった。自身に、シュトラントを救える力があれば、と後悔だけが心を蝕んでいく。
シュトラントはもうこの世にいないから、答えてはくれない。だからこそ、進むべき道が分からないでいた。
「……なら、分からせます」
一瞬、力を弛めてしまった事が、今日の敗因だったのかもしれない。
気が付けば父は眼前にいて、ガッ、と痛みが訪れた。




