「ありがとう」
それは、ヤヌアールとデート(仮)をしてから、たったの数日の出来事だった。
ヤヌアールは本当に家に来て、泊まり込みで俺の傍にいてくれた。
母さんと一緒に並んで、食事を作ってくれた。
たまに料理を焦がしていたが、慌てていた姿もとても可愛かった。
隣で母さんが呆れてたけど、料理自体は焦げてても美味しくて、いくらでも食べられそうだった。
父さんと一緒に並んで、庭の花の世話をしていた。
あまり話してる所は見なかったから、もしかしたら父さんの事苦手なのかと思ってたけど、花の話題で凄く盛り上がっていて、その横顔がとても可愛かった。
俺は花と草の見分けもつかない程に、そっちの知識は無いが、ヤヌアールの好きな物なんだから素敵な物に違いないと、改めて実感させられた。
俺と並んで、沢山話をした。
リビングで、部屋で、庭で。いつ、どこで、どんな話をしたのか、すぐに思い出せる。
また、絵も描いてくれた。相変わらず人物画は下手だったけど、黒焦げパンから辛うじて人だと判別出来るようになっていたかもな。
めちゃくちゃイケメンに描いてくれたから、ずっと抱き締めていたかった。流石に目の前ではしなかったが……。
そして、俺が咳き込むとすぐに手を握ってくれた。ヤヌアールの魔力が送られてくるけど、すぐに無くなってしまう。
この病が恨めしくて仕方が無かったが、ヤヌアールが手を握ってくれたからもういいんだ。
心配させて至極申し訳無かったが、俺はそんな時でも、お前と共に時間を過ごせて良かったと思えていたんだぜ。
──ヤヌアールが好きだから。お前といれば、何も怖いものは無いんだ。お前が傍にいてくれるだけで、何でも出来る気がするんだ。
どんなに苦しくても、お前が手を握って名前を呼んでくれるだけで、もう少し踏ん張る事が出来るんだぜ。
だから、そんな顔しないでくれよ……。
身体からどんどん、魔力が無くなっていくのを感じる。ヤヌアールも、母さんも、父さんもずっと魔力を送ってくれている。
おじさんとおばさんも駆け付けてくれて、必死に助けようとしてくれている。
駄目だ、まだ踏ん張らないと。
そう思っていても、魔力は俺から放出される一方で、段々と指先の感覚が失われて行くのを感じた。
「ッ、誰でもいいから連れてきて!! まだ魔力を送れば何とかなるわ!!」
焦ったような、おばさんの声が聞こえる。それを聞いて、おじさんが慌てて窓から飛び出して行った。
「シュトラント、踏ん張りな。男なら……ちゃんと耐えな!」
「大丈夫、父さん達がついてる……絶対助けるから……!!」
母さんの声も、父さんの声も震えている。
分かってる、俺は父さんと母さんの子だから、ちゃんと耐えられるさ。
そう思っているのに、段々と視界がぼやけてきた。
「シュウ、しっかりしてくれよ! まだ、やりたい事も沢山あるんだろう……? お願いだから、いかないで……」
ヤヌアールが、泣いている。ぼやけた視界の中でも、それはハッキリと見えた。
──あぁ、皆、違うんだ。
俺は、皆にそんな表情をさせたくなかったんだ。
笑って、くれよ。まだ、踏ん張れるから。
「あぁ、そんな……」
「シュトラントしっかりしな! まだ死ぬんじゃないよ!!」
一層、焦ったような声だ。何度か目を瞬けば、自分の手が青い靄に包まれているのが見えた。
これは確か、魔物が死ぬ間際に放つものじゃないか……?
…………俺は、とうとう死ぬのか……?
すとん、と自分の中に落ちてきた。
そうか、俺はもう何も出来ないんだ。いくら魔力が送られてきても、すぐにまた枯渇するから。もう、回復する事も無いのか。
「──シュウ────! ──し────ってば!!」
段々と、俺を呼ぶ皆の声が聞こえなくなっていく。
目を開けているのが辛くなって、こうして考える事も疲れてきた。
でも、駄目だ。
ヤヌアールが、母さんが、父さんが、おばさんが、おじさんが……俺の大切な人達が、笑顔じゃないのは、嫌だ。
動かせ、俺なら出来るだろう、力を振り絞るんだ。
「…………み、……な……」
最後の力を振り絞って、ヤヌアールの手を握り返す。ちゃんと力が入っていたが不安だったが、今はそれ所じゃない。
「…………あり、がと……な……」
父さん、母さん。
俺を産んで、育ててくれてありがとう。
おじさん、おばさん。
ヤヌアールを産んで、俺に会わせてくれてありがとう。
ヤヌアール。
産まれてきてくれて、俺の傍にいてくれてありがとう。
本当は沢山伝えたい事があるが、なんだかもう疲れちまった。目を閉じて、ふわふわとした感覚に身を委ねると、少しだけ苦しみから開放された気がする。
思えば、大切な人に囲まれて最後を迎えられるなんて、俺はとても幸せものじゃないか。感謝しても、しきれないな……。
本当に、ありがとう──
「こちらこそ、ありがとう」
そんな声が、最後に聞こえた気がした。




