デート(2)
数分後、落ち着きを取り戻し、意を決したシュトラントは扉を押し開けた。そこには先程と変わりない、オシャレな格好のヤヌアールが立っている。
「悪かったな、ヤヌアール」
「あ、あぁ……大丈夫か?」
突然引っ込んだシュトラントの事を心配してくれているのだろう。そう問い掛けてきたヤヌアールに、
「今めちゃくちゃ元気になった!」
と親指を立てながら返答する。事実、意識しないと口角が上がってしまう程の幸福感を抱いていた。
「な、なら良かった……?」
ヤヌアールは未だ不審そうな視線を送ってきているが、それが気にならない程に気分が昂揚していた。
「よし、何処に行こうか」
「の、前に。」
シュトラントが一歩踏み出した瞬間、ヤヌアールはそっと手を握ってきた。いつも引き止めるのなら、腕を掴んで来る筈なのに。
「ふぁっ!?!?」
形容し難い衝撃が走り、シュトラントは思わず変な声をあげてしまう。
「今日一日、手を繋いでおくからな」
「や、やっ、ヤヌアールさん何故そんな事をっ!?!?」
「いざという時、私から魔力が送れるからな。母さんから聞いたんだ。気休めも、立派な応急処置になる筈だ」
「で、でもよ、これじゃあ本当に……デート、みたいじゃ……」
一緒に並んで歩き、しかも手を繋いでいる。これは誰がどう見てもデートと捉えられてしまうのではなかろうか。
「断じてデートじゃない!」と言われるかもしれないな、と覚悟したものの、ヤヌアールの返答は思いにもよらないものだった。
「……じゃあ、デートでいいんじゃないか?」
え、と呆けた声が、シュトラントの口からもれた。二人の間に少しの静寂が訪れたが、すぐにヤヌアールはハッとして訂正する。
「わ、私は違うと思っているが! シュウがデートだと言うならデートで構わない!」
それとも、と。ヤヌアールはシュトラントと手を繋ぐ手に、少しだけ力を込めて問うた。
「私と手を繋ぐのは嫌だったか?」
「絶っっっ対離さない」
「よし」
前世で一体どれ程の徳を積んだのだろうか。理由は兎も角、意中の相手と手を繋ぐ事が出来るとは夢にも思わなかった。気を抜けば涙が出てきてしまいそうだ。
しかしここで涙を流しては、せっかく繋いだ手を離されてしまうかもしれない。
「それじゃあ行くぞ」
「おう」
仕切り直して、シュトラントとヤヌアールは手を繋いだまま歩き始めた。
女子にしては身長も高く、剣も握る彼女の手は、城で見かけるメイド達よりやや大きい気がする。
それでもシュトラントよりかは小さくて柔らかい。傷なんかも無くて、水仕事が多い筈なのにすべすべしている。
加えて、手を繋いでいるのでいつもより距離が近く感じられた。近くで見るとより可愛らしく見える。いつも可愛いが、新鮮味もあって中々視線が外せない。
「そんなにジロジロ見ないでくれないか……恥ずかしいじゃないか」
「あ、あぁすまん。その、さ……ヤヌアール。お前、そんな服持ってたか?」
一番の疑問だった。いつもヤヌアールが着ている服は同じようなものばかりで、今日のような服装は見た事がなかった。
淡いブルーグレーのブラウスに、黒いチェック柄のスカート。何より目を向けてしまうのが、彼女の脚だった。
寒がりなのか、普段なら分厚いタイツを着用している彼女が、今日は何も履いていたかったのだ。高身長で脚も長い彼女が、余計に美しく見えてしまうのはそのせいなのだろうか。
「フリューリングが見立ててくれたんだ。一応デー……、出掛ける時のマナーだって言われて」
(フリューリングさんありがとう。ヤヌアールの良さが最大限に引き出されている、貴女が神か)
彼女には感謝してもしきれない、と心の中で彼女に手を合わせておく。今度土産品を持っていかねばと考えていると、やや不安気な様子のヤヌアールの声が聞こえてきた。
「おかしい、か……?」
あぁ、そうだった。一番大事な言葉を忘れていた。何であれ、彼女を真っ直ぐに褒める事は忘れたくなかったのに。舞い上がり過ぎてすっかり忘れてしまっていた事を反省しつつ、シュトラントは言った。
「めちゃくちゃ似合ってるぜ」
「そ、そうか……!」
シュトラントの言葉を聞いて、ヤヌアールはほっとしたように息をつく。
「少し不安だったんだ。あ、でも、いざという時に走れるようにはなっているからな」
「気遣ってくれてありがとな。今日、化粧もしてるよな。いつも可愛いけど、もっと可愛いぜ」
「かっ……!?」
「髪型もさ、いつもと違ってて、なんつーか細かいっていうのか? 今人気の舞台女優みたいだ。えっと……」
モテる男のような甘い褒め方も出来ないし、舞台の台詞のように仰々しく言う事も出来ないが、
「……うん、可愛い。」
シュトラントは、常にヤヌアールの事をそう思っている。思った通り、そのままに伝える事も難しいし、ぎこちなかったかもしれない。
「き、急にどうしたんだ……言ってくれるのは嬉しいが、少し……気恥しいな……」
顔を赤くして、パタパタと熱を冷ますように手で仰ぐヤヌアール。その反応もまた愛らしいのだが、同時に少しの苦しさが込み上げてくる。
(言っておかねぇと……もう、言えないし、見れないかもしれねぇじゃねぇか……)
先日倒れてから、より一層不安が募っていた。いつまた倒れるか分からないし、次は死んでしまうかもしれない。そんな見えないものに脅かされている自分が情けないと思うし、受け入れなければと焦りも抱いていた。
──誰も、不安にさせたくないから。
「……思った事そのまま言っただけだよ。本当に可愛いな、ヤヌアールは」
「も、もう勘弁してくれ……!」
流石に言い過ぎたのだろうか。ヤヌアールは少しだけ眉を吊り上げた。照れ隠しとも受け取れるその表情が、シュトラントの胸を更に締め付けたのだった。




