誘い
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シュトラントが目を覚ましたのは翌日の昼頃だった。魔力も回復し、難無く起き上がる事が出来たのだが、病の事をヤヌアールに思わぬ形で知られてしまった。
自分が彼女の反応を恐れ、ずるずると話すのを引き伸ばしていた結果だ。シュトラントは「最悪だ……」と、後悔の言葉と共に溜息を吐き出す。
「見られちまうんなら、もっと早く俺から言うべきだった……」
「気持ちは分からいでは無い。だが、後悔している暇があるなら、次にヤヌアールちゃんと会った時の言葉でも考えておいた方がいいだろうよ」
食事を用意してくれた母が、キッチンで洗い物を済ませながら言ってくれる。シュトラントから背を向けたままではあるが、きっと同情してくれている事だろう。
「とはいえ、あの様子じゃあ暫くは来ないだろうがね」
「うぅ……嫌われたかな……」
「ヤヌアールちゃんがそんな子じゃないのは、お前が一番よく分かっているだろう」
「…………そう、思いたいよ……」
今までに起こった事が無い事態だからこそ、シュトラントは確信を持てないでいた。幼馴染である彼女に、シュトラントは嘘をついていたのだから。
もう、目を合わせてもくれないかもしれない。そう考えつつも、「隠してたなんて酷いじゃないか」と小突きながら来てくれるかもしれない、という淡い希望も抱いていた。
しかし今回に限っては、ネガティブな思考が止まらなかった。これは病ではなく思い込みで寝込んでしまいそうだ。
そう、本日何度目かの溜息をついた時だった。
「よう」
日が沈みかけた夕方頃、ヤヌアールがひょっこりと姿を現した。
「…………ヤヌアール……」
シュトラントは一瞬、彼女の気持ちを知りたいあまり、幻覚や幻聴かと錯覚する。しかし確認するかのように名前を呼ぶと、彼女はそっと頷いてからこちらに歩み寄ってきた。
「昨日の今日で悪い……迷惑、だったか……?」
「いいや……来てくれて嬉しいぜ」
「そうか……」
良かった、来てくれた。どっと安心感が訪れたのも束の間、ヤヌアールは続けて問い掛けた。
「……体調は大丈夫か?」
いつもなら、「調子はどうだ?」と聞いていた。しかし今回は、『体調』と強調するかのように口にした。
彼女もまた、シュトラントの口から説明を待っているのだろう。
「……あぁ。もう治まってるし」
そうヤヌアールの質問に返答してから、シュトラントは意を決して言う。
「…………隠してて悪かった」
「……隠していたのか?」
「正確には、言うタイミングが掴めなかった。怖かったんだ。お前がどんな反応するのか……」
「……それなら仕方無い。私にお前を責める資格も権利も無いんだ。けど、改めてお前の口から聞きたい」
「……分かった」
「だから──」
ヤヌアールはずいっ、とシュトラントと距離を詰めた。その際に花のような甘い香りが漂ってきたのだが、あくまで動じていないフリをしてシュトラントは彼女の瞳を見つめ返す。
「週末、私と一緒に出掛けてくれないか」
「……んん!?」
そして、ヤヌアールからの突然の誘いに、思わず驚きの声をあげてしまった。
「前に街まで行こうと誘ってくれただろう? 街は少し遠いから、ここら辺を一緒に歩こう。約束、守ってくれるよな」
それは、彼女なりにシュトラントを元気づけようとしてくれているのだろうか。
何にしても、彼女から出掛けようと誘ってくれたのは初めての事で、思わず口角が上がってしまいそうになる。
「……勿論だ……母さん達説得しておくよ」
これはどんな手を使ってでも説得しなければ、とシュトラントは拳を握って決意した。
「でも、体調が悪かったら延期にしよう。途中で悪化しても、だ」
「分かった」
「一応まだ筋トレは継続しているからな。お前を抱えて運ぶ事は簡単さ」
「ははっ、それは頼もしいな」
「任せてくれ」
ヤヌアールの父は、あのアインヤールだ。現在は軍の教官を務めているが、それまでは常に前線に立ち、国に勝利を導き続けてきた。
それこそ結婚するまではシュトラントの母、エーデと共にいくつもの国を攻め落としてきたという。
彼女が笑って言っている筋トレのメニューも、アインヤールが指示しているとなればかなり厳しいものだろう。(シュトラントからしてみれば)小柄な彼女だが、力もあるし安心出来る言葉だった。
……正直、抱えられてみたい。
しかしはたと、シュトラントはある事に気が付いた。
「…………あ、あのさ」
家族ぐるみの付き合いが長い為、二人っきりでどこかに出掛けるという事はした事がない。元々はシュトラントが勢いで誘っていたとはいえ、それは……
「それって、デートって解釈でいいのか?」
デートではなかろうか。純粋な疑問を確かめるべく、少しだけ期待を込めた眼差しを向けながら問う。
「………………デッ!?!?」
シュトラントの問いに暫く固まっていたヤヌアールは、かっと顔を赤くして立ち上がった。
「ち、ちちちち違う!! い、一緒に出掛けるだけで断じてデートなんかじゃないからな!?!? 週末!! 週末迎えに来るから、ちゃんと準備しておくんだぞ!!」
早口でそう言い終わるなり、ヤヌアールは逃げるように部屋から去っていってしまう。
「お、おう……なんか悪かったな」
取り残された自室で一人、シュトラントは手を振っていたのだった。




