考えたくない
「………………」
「………………」
「………………」
沈黙。
耳が痛くなる程の静寂が、もう数分も続いている。応急処置を終えたシュトラントが気を絶ったかのように眠りについたので、成り行きで話し合いの席を設ける事になったのだ。
シュトラントの容態が急変したと連絡を受けて、イェナーとアインヤールもこの場にやって来た。
しかし誰も口を開く事無く、時間だけが過ぎていく。
やがて、気まずさに耐えられなくなったのか、フェストラントが恐る恐る口火を切った。
「あの、ヤヌアールちゃん……」
しかし次の言葉が出てこなかったのか、すぐにまた黙り込んでしまうフェストラント。
ずっと黙り込んでいるのも申し訳無くなってきて、ヤヌアールはやっと、口を開いた。
「……シュウの同僚の人から聞いた。合宿中に血を吐いて倒れたって」
先程、シュトラントは激しく咳き込んで血を吐いていた。合宿中も、そんな状態に見舞われたのだろうか。
「……父さんも母さんも、知ってたんだな……」
確認するように、そう問い掛ける。肯定する代わりに、両親はそれぞれ謝罪の言葉を口にした。
「……黙っていてごめんなさいね」
「……すみません……」
「黙っていたのは、何もヤヌアールちゃんを欺こうとした訳じゃないさ。シュトラントが自分から話したい、って言ったから、イェナー達も黙っていてくれたんだ」
エーデがフォローするかのように言った。勿論、ヤヌアール自身もそれは分かっているし、両親達を責めたい訳では無い。
「違うんだ。怒ってる訳じゃなくて……どうして気付いてやれなかったんだろう、って……」
ヤヌアールの中にあったのは、そんな後悔だった。無理矢理にでも聞き出すなり出来た筈なのに、自分はそうしなかった。結果、皆に気を使わせてしまう形となってしまって、このような事になっている。
「何回も会ってたのに、様子が可笑しい事は分かってたのに……。知るのが、怖かった」
シュトラントが遠くに行ってしまいそうな感覚は、気の所為ではなく本物で。近い未来、そうなるかもしれない、と分かっていたのかもしれない。
だからこそ、ヤヌアールはその可能性から目を背けたかった。
自分自身を責めるように言葉を紡ぐヤヌアールを見かねて、エーデが煙草の火をつけながら励ますように言った。
「誰だってそうさ。ヤヌアールちゃんが思いつめる事は無いよ」
「……あぁ……」
それでも、ヤヌアールの心が晴れる事は無い。再び沈黙が訪れた所で、イェナーがヤヌアールの肩にそっと手を置いた。
「……シュウ君も落ち着いたみたいだから、今日はもう帰るわね。ヤヌアも心の整理が必要でしょう。エーデちゃん、フェス君、何かあったらまた呼んで頂戴」
「あぁ、ありがとうね」
ヤヌアールは一度だけ、シュトラントの部屋の扉に視線を向ける。まだ眠っているのか、彼が動いている気配も感じられなかった。
エーデとフェストラントに軽く会釈をして、ヤヌアール達は我が家に戻る為に重い足取りで帰路に着く。
シュトラントの家から少し離れた所で、ふと、イェナーが足を止めた。
「ねぇ、ヤヌア。この際隠さずに言うわね」
そう前置きして、イェナーは感情の籠っていない声色で告げる。
「シュウ君、あと一ヶ月ちょっとで死ぬかもしれない」
声にならない驚きの声が、ヤヌアールの口から零れた。父は何も反応を示していないが、内心では驚いている事だろう。
「母さん……それ、どういう……」
「魔力の減り方が大きくなってきているの。安静にしていれば、回復もしてくれるから大丈夫だったけれど……。もうそろそろ、覚悟しなくちゃいけないかも」
無情にも言い放たれた言葉に、ヤヌアールは言葉を失った。震える手で拳を握り、信じたくないと首を横に振る。
「そんな……嘘だよ……だってシュウ……昼に行った時は本当に元気で……」
「病気ってね、そういうものなの。治るかもしれないし、悪化して数日後には死んでしまうかもしれない」
「でも、母さんは医者だったんだろ? それに、方法だって探せばあるに決まってる……」
「ヤヌア。方法が無いから、言っているのよ。」
「────。」
「キツい言い方だけど、分かって欲しい」
母だって、そんな厳しい言い方をしたくはないだろう。現実を受け入れたくないヤヌアールの為を想って、あえて直球的な言葉を並べている。
最悪の可能性を指摘され、頭が真っ白になっているヤヌアールにも、それは理解出来ていた。
「そしてよく考えなさい。自分がシュウ君の為に何が出来るのか」
そう言い残して、母はヤヌアールとアインヤールを置いて先に歩き始めてしまう。その場に立ち尽くしたままのヤヌアールを見下ろして、アインヤールはそっと口を開いた。
「…………ヤヌア、顔を上げなさい……」
少し圧のある声でそう言われて、ヤヌアールは父の顔を見上げる。
「ヤヌアが下を向いていたら、シュウ君も悲しんじゃいます。それは、ヤヌアも嫌でしょう……?」
「……嫌だよ……」
諭すように言われるも、ヤヌアールの中で現実は受け止めきれない程に大きくて。頭では理解していても、心が拒否しているのだ。
「嫌だよ……父さん……シュウが死ぬなんて……考えたくない……」
自分を抱き締めるかのように腕を組み、ヤヌアールは再び視線を下に向けてしまう。しかしそうはさせまいと、父はヤヌアールの両頬を挟んで顔を上げさせる。
「…………僕も、嫌です……それは、母さんも、フェストラント君も、エーデさんも……シュウ君自身も、嫌だと思います」
そう言う父の顔は、どこか悲しそうだった。アインヤールの言う通り、皆苦しんでいる。
「…………分かってる……分かってるよ……」
母から言われた「自分がシュウの為に出来る事」を考える為に、ヤヌアールは一度、自身の中に渦巻く不安や困惑を忘れる事にした。
きっと今、自分がするべき事は、自分の心の整理をつける事では無い。
シュトラントの口から改めて話を聞くべきだと。
それだけは、早くに気がつく事が出来た。




