親だから
魔界には二十四時間解放されている図書館が存在する。魔界全土から、果てには人間界から仕入れた本も用意されている、国一番の規模を誇る書庫でもある。
魔王城の敷地内にあるものの、名前と住所さえ記せば誰でも、何時でも入館する事が出来るのだ。
エーデは朝から出ていったっきりのフェストラントを探すべく、買い物がてら街を歩いていた。しかし夫の姿は見つけられず、候補の一つにあったここにやって来たのだ。
入館してすぐ、エーデはフェストラントの姿を探しながら、医学の専門書が置かれているコーナーに移動する。
とはいえ、医学の基礎的な知識がある訳でもない。免疫力を高める食事のレシピ本や、無理なくこなせる運動の解説本等を手にしてから、一度読書コーナーのある場所へと向かう。
すると、そこに探していた夫の姿が見えた。彼の読んでいる本は、魔力に関する専門書だった。テーブルの上にも数冊関連書が置かれているのを見る限り、考える事はエーデと同じだったようだ。
やれやれ、と小さく溜息をついて、エーデはフェストラントの隣の席に腰を下ろす。
「ここにいたのかい」
「あ、エーデさん……」
今気付いた、といったふうに、フェストラントは顔を上げた。その顔にはどこか疲れが見て取れる。
元々ふわっとしていて、勉学は苦手な彼だ。きっと無理をして難しい文章に目を通していたに違いない。
「柄にも無く専門書なんか読んじゃってさ」
「……エーデさんだって、その本どうしたの」
フェストラントはチラッ、と、エーデが手にしていた本に目を向けた。
「……私に出来る事と言ったらこれ位しかないさね」
そう言って、エーデは早速本の1ページ目を開く。目次を飛ばして、現れた文章に目を通しながら、隣にいるフェストラントに話し掛けた。
「シュトラントはあぁ言っていたが……はいそうですか、と納得出来る訳が無いじゃないか……」
それは、ふと零したくなったエーデの心情だった。
フェストラントは、言い方は悪いが分かりやすい。反して常に無表情でいる事が多く、自分の事を語らないエーデは、よく誤解されやすい。
自分の事を話すにあたって、どうしても上手く言葉が紡げないのだ。それでも、フェストラントはちゃんと耳を傾けてくれる。そんな所に安心感を覚えてしまうし、気が付けば惹かれていた。
今回も、それとなく呟いた言葉に、フェストラントは同意してくれる。
「親だもん。何か助けられる筈だ、って藁にもすがる思いだよ」
「その口振りじゃ、大した事は書かれてなかったみたいだね」
朝から日が沈みかけたこの時間まで、ずっとここにいたのだろうか。それでもフェストラントの表情が晴れないのは、大した収穫が無かったという事になる。
その通りだったらしく、フェストラントは悔しげに項垂れた。
「……ねぇ、エーデさん」
「何だい」
「シュウは……ヤヌアールちゃんに話せたのかな……」
フェストラントの疑問に、エーデはすぐに答えた。
「…………話せる訳無いだろうな……」
母親だから、とは言わないが、シュトラントが産まれてからずっと近くで見てきたエーデは知っている。
「アイツはお前に似て、変な所で一線を引こうとする。そして私に似て……自分の心を隠す奴だ」
それでなくとも、意中の相手に打ち明けるには辛い内容だ。責めるつもりはない。
「兎も角、そろそろ夕飯を作らなくちゃいけない。帰るぞ。帰ってきた時は一緒に食卓を囲む。我が家のルールだ」
「……そうだね。うん、迎えに来てくれてありがとう」
「全く、手間の掛かる……」
本は借りて、家でじっくり読む事にする。フェストラントがそれまで読んでいた本を棚に戻し、帰路を共にしたのだった。




