シュトラントの決断
「俺、家で安静にしておくよ」
シュトラントは静かに、そう口にした。
少しでも助かる確率があるのならば、そちらを撮るものと思っていたので、三人は彼の決断に驚きを隠せないでいた。
中でもフェストラントは、
「シュウ! どうして……助かる確率があるなら、そっちに賭けた方がいい筈だよ!?」
と、シュトラントの肩を強く掴んで説得を試みる程だった。しかしシュトラントの意思は変わらず、真っ直ぐに父の瞳を見据えている。
「でも、死ぬかもしれない」
「それは……」
「……まずは、どうしてその答えを出したのか聞こうか」
フェストラントを窘めながら、エーデが問う。一度頷いてから、シュトラントは語り始めた。
「研究施設に行ったとして、運良く助かるかもしれない。もし俺が死んだとしても、他の病気の人が治る為に貢献出来るかもしれない。」
でも、とシュトラントは続ける。
「俺は……ここにいたい」
それは、シュトラントの我儘だったのかもしれない。勿論、まだ死にたくはないし、延命出来る方法があるのなら可能性に賭けてみたい。
それでも、シュトラント自身はここに残る事を望んでいた。
「短くてもいい。父さんや母さん、おばさんやおじさん、ヤヌアールとも……生まれた場所で、最後を迎えたい」
「なん、で……そんな、死ぬみたいに言うんだよ……」
「簡単には死なねぇよ、父さん。……ただ、これは俺の我儘だ。父さん達がどうしてもって言うなら、俺は研究施設に行くよ」
「でも、何もしなければ死ぬかもしれなくて──」
「本当に、それでいいんだね」
戸惑うフェストラントの言葉を遮って、エーデは確かめるように問う。それに対して、シュトラントも意思の籠った目を母に向けた。
「あぁ。決めたよ」
「…………フェストラント。シュトラントは私達の子供だが、もう大人なんだ。コイツの意志を尊重しよう」
そして、エーデはシュトラントの意思を尊重すると決めた。
フェストラントだって、出来れば息子の決めた事に口を出したくは無い。しかしこれは生死に関わる問題で、シュトラントだけの話では無いのだ。
フェストラントは悲痛そうに眉根を寄せて、今にも零れそうな程に目に涙を浮かべて、その場に膝を着いた。
「分かってるよ……でも、嫌だよ……どうしてシュウなんだ……」
「…………嘆いても仕方無いさ……。運命、ってやつだろう……」
そう言うエーデの声色も、どこか震えていた。
これまで、数え切れない程の患者を診てきたイェナーだ。こうした場面には、何度も遭遇している。慣れる事は無いが、だからこそ医者の立場であるイェナーは冷静でいなければならない。
その場では何も言わずに、道具を片して静かに帰る事にする。しかし玄関のドアノブに手をかけた所で、背後からシュトラントの声がした。
「おばさん。嘘だろ、半々って」
ピタリ、と。イェナーは動きを一瞬止めてしまう。そこからゆっくり振り返って、いつも通りの笑みを浮かべて聞き返した。
「あらぁ……どうしてそう思うのかしら」
「安静にしてるしか対策がないのに、助かる確率なんて無いに決まってるだろ?」
「………………」
失望している訳でも、前向きになっている訳でも無い。
シュトラントの表情は、イェナーからは読み取れないものだった。複雑な心境が織り混ざっている、というよりも、普段通りのものだったからだ。
けれど、その鋭い言葉に、イェナーは黙り込むしか無くて。浮かべていた笑みを消し去ってしまう。
「ごめんなさいね、力になれなくて」
「それこそ仕方無いさ。ヤヌアールには、俺から話すから……まだ黙っといて欲しい」
「分かったわ。シュウ君は訓練中に怪我をして帰ってきた、とでも言っておけばいいかしら」
「そう、だな……。ありがとう、おばさん」
「いいえ。でも気が変わったら、いつでも言ってね」
「……あぁ……」
ドアノブを回して、外に出る。
シュトラントだって、ショックに違いない筈なのに。それを顔にも出さずに、冷静に判断していた。
それは親に心配を掛けたくないからなのか。別の理由があるからなのか。イェナーには分からない。
呆然とその場に立ち尽くした後、思い出したかのように歩き始めたのだった。




