訓練(3)
「……………………あ、…………」
咄嗟に変な事を口走ってしまった。焦っていたとはいえお嫁さんはないだろう、と口にしてから後悔してしまう。
「…………ふふっ、お嫁さんですって。可愛らしい夢だこと」
かぁっ、と顔が赤くなるのが分かった。王女とはいえ、年下の子に可愛らしいと言われた事が、堪らなく恥ずかしくて。不敬だとは分かっていつつも、思わず手で顔を覆ってしまった。
「すみません……今の無かった事にして下さい……」
「いいじゃないか、お嫁さん。もしかして、結婚したい相手の方がいるのかな」
「い、いえ……そういう方がいる訳では……」
「でもさっき、誰かを見ながら『かっこいい』って……」
「──────」
ドキリッ、と胸が高鳴った。
(あれは……訓練してる皆がかっこいいって意味で……。……あれ、でも……直前まで私は……)
──シュウの事を考えていたような…………。
赤くなった顔が、更に赤くなるのが分かった。するとそれを見たジルベスターが、ニヤリ、と目を細めてヤヌアールに詰め寄る。
「あら、やっぱりいるんじゃないかしら? 誰? ここから見えてる?」
「あっ、お、王女様……そ、そうでは無くて! 訓練してる皆がかっこいい……という意味で……」
「ねぇディツェンバー、アルター。誰だと思う?」
「えぇっと……誰かなぁ……」
「かっこいいと言えば、やはり期待の新人と言われているシュトラントさんではないでしょうか……」
当てられた。
アルターの鋭さに内心ドキドキしながら、何とかポーカーフェイスを保つ。
「──皆様、お楽しみの所申し訳ありませんが、そろそろお時間ですよ」
と、話を弾ませていたジルベスター達を窘める青年の声が届いた。
頬に描かれた赤いペイントが特徴的な、眼鏡をかけた執事らしき格好をしている。
「あ、マイ君!」
パァッ、とジルベスターの顔が一段と明るくなった。青年はマイと言うらしい。
「本日は、元部隊長のエーデ様もいらっしゃっておりますから、あまりお待たせするのも宜しくありませんよ」
「はぁい」
エーデの言っていた用事とは、ジルベスター達に剣の指導をする事だったらしい。確かに、それは時間が掛かりそうだ。
「じゃあね、…………えっと……」
「ヤヌアールさんだよ、姉上」
「そうそう、ヤヌアールちゃんだったわね」
「また会えたら、その時はゆっくり話そうね」
「失礼します……! アインヤールさんとイェナーさんにもよろしくお伝え下さい!」
ジルベスター、ディツェンバー、アルター、は揃って挨拶してからその場を去って行く。
「それでは、失礼します」
そしてマイも、一礼してジルベスター達の後ろについて行ってしまった。根掘り葉掘り詰め寄られる前にマイが来てくれて助かった、と安堵の溜息をつきながら、ヤヌアールはベンチに座り直す。
(王族の方を間近で見たのは初めてだ……。それも話し掛けて頂けるなんて……。…………でも……)
それ以上に、シュトラントの事が気になって仕方がなかった。
彼はまだ訓練に勤しんでいて、ヤヌアールが見ている事なんて気が付いていないかもしれない。
「…………まぁ……顔はいいもんなぁ……」
小さく呟いた独り言は、誰の耳に届く事も無く風と共に消えていった。
※※※※※
数時間後。
ぼんやりとしていたのもあってか、隣にエーデがやって来た事にも気が付かずにいた。
「ここにいたのかい」
「あ、おばさん……お疲れ様。王女様達の剣の指導をしてたんだな」
「あぁ……聞いたのか。魔王様の頼みとあらば、断わる訳にもいかないさね」
「成程な。…………なぁ、おばさん。シュウって……どうして軍に入ろうと思ったのかな……」
ふと、そんな質問を投げ掛けていた。
勿論、理由を聞いた事が無い訳では無い。
この国の平和を守る為、母と同じ軍人として生きると決めた、という話は何度も聞いている。しかしヤヌアールは、どうしても彼の母に聞きたくなったのだ。
「なんだか、遠い世界に行ってしまうみたいだな……」
「……なんだい、寂しいのかい?」
「さっ、寂しいというか……不思議な感覚で……」
歳上で、学校に通っていた頃は夕方頃からしか遊べなかった。卒業して家の手伝いを始めてからは、それよりも話す機会は多くなっていた筈だ。
しかし、厳しい訓練が終わったシュトラントを連れ回す事は出来ず、会話を交わすだけで終わる事が反対に多くなっていた。
そういった点においては、エーデの言う通り寂しいと感じているのかもしれない。
「何も永遠の別れでもないんだから。配属先にもよるだろうが、少なくともまだここにいるさ」
「そ、それは分かっているが……」
「モヤモヤしてんなら、一回話してご覧よ。そうした方が確実だ」
「おばさん…………あぁ、そうするよ……」
「因みに、次の休みは強化合宿開けだそうだ」
指揮官の男性に軽く挨拶をして、ヤヌアールとエーデは帰路に着いた。
合宿という事は、やはり暫く会えないのか。そう聞くと急に寂しさが湧いてくる。一度だけ城を振り返って見て、ヤヌアールは溜息を漏らしたのだった。




