訓練(2)
素振りを終えたシュトラントは、息を切らしながらじっと目を凝らしてある一点を見つめていた。
「ふむ……俺はついに幻覚を見るまでになってしまったのか……?」
指揮官の後ろをついて歩いている銀髪ポニーテールの少女。どこからどう見てもヤヌアールそのものだが、彼女が城に来るとは到底思えなかったシュトラントにとって、それは自身が作り出した偶像なのではと思い込んでしまう。
しかし────
「あ、シュウ!」
シュトラントを見るなり、パッと顔を明るくさせて駆け寄る少女はヤヌアール以外の何者でも無かった。
「や、ヤヌアール!? 何でここに!?!?」
「おばさんに連れて来てもらってな。忘れ物だそうだ」
差し出された黄色い布に包まれた箱。それを見て初めて、シュトラントは昼食を持ってくるのを忘れていた事に気付く。
「と、届けに来てくれたのか……!?」
「おばさんがな。私は着いてきただけだ」
「助かった! ありがとな!」
忘れ物を届けに来てくれる幼馴染。最早これは新婚イベントでは、と内心舞い上がりながら礼を言う。
ヤヌアールはそわそわとしながら周りを見渡した。
「強そうな人達だな……少し緊張する」
「ヤヌアールも強いって。皆いい奴等だし」
「そうか……? しかし、稽古に励むシュウは、いつもと少し違って見えるな」
「ふふん、かっこいいだろ?」
「はいはい」
軽くいなされているが、訓練場にヤヌアールがいる事が喜ばしくて仕方が無い。今日一日、いや、一週間は糧に頑張れるだろう。
「おい、あの子がシュトラントが言ってた?」
「みたいだな。確かに可愛いが……言う程か?」
「いや、ちょっと田舎臭いけど美人の類だろう」
それ等の言葉に、一々反応するシュトラントではない。彼女の良さは見た目よりも内面にあるのだ。勿論見た目も好きだが。
ヤヌアールの良さが分からんとは可哀想な奴等だ、とむしろ笑ってやりたい気分だった。
「何をニヤニヤしてるんだ……シュウ……」
「いやぁ? 何でもねぇよ?」
隠しきれていなかったらしい。一度誤魔化すように咳払いをして、ヤヌアールに問い掛ける。
「そういや、お前はこれからどうするんだ?」
「おばさんの方が少し時間が掛かるらしい。見学させてもらえ、と言われたんだが……」
「あぁ……母さん、たまに来て指導してくれんだよ。許可貰ったんなら、こんな野郎ばっかりの所じゃなくて、城の中でも見に行った方がいいんじゃないのか?」
見られていては緊張でキャパオーバーしてしまいそうだから、とは言えなかったが、一度城内を見てみたいと言っていたヤヌアールにとってもいい機会ではなかろうか。
しかしヤヌアールはというと……
「……いや、今度ちゃんと申請して来るよ。今日は通してもらっただけみたいなものだし……。シュウがどんな訓練しているのか、一度見てみたかったからな」
「……そっか」
緊張していた、というのは訂正だ。
嬉しさのあまりその場で踊り出してしまいそうだった。
彼女が見るというのならば、存分にかっこいい所を見せようではないか。そう意気込んでいると休憩が終わり、再び素振りへと戻ったのだった。
※※※※※※※※※※
訓練の邪魔にならないように城沿いに設置されているベンチに腰掛けて、様子を見つめるヤヌアール。
(流石、意気込みが違うな……。ここに残って正解だった)
訓練に望んでいるシュトラントは何度か見ているが、こうして場の空気に触れるのは初めてだった。
たまにとはいえ剣を握るヤヌアールも、彼等の覇気には身震いするものがあった。
彼等からは見えにくい場所だが、ヤヌアールが座っている所からはその光景はハッキリと見えている。その中で、一心不乱に木刀を振るうシュトラントが見えた。
「…………かっこいいな……」
「何が?」
ふと、すぐ隣から声が聞こえた。少女のような可愛らしい声に視線を向けると、そこには三人の少年少女が木刀を片手に立っていた。
ヤヌアールに問い掛けたのは、艶やかな黒い髪に真っ白なインナーカラーをポニーテールに纏めた、整った顔立ちの少女。
少女とそう変わらない年齢の白銀の髪をした少年もまた、不思議そうに目を瞬かせてヤヌアールを見つめている。
そして十にも満たないであろう漆黒の髪の少年は、白銀の髪の少年の後ろに隠れて此方を伺っていた。
彼等は、いくら面識のないヤヌアールでも知っている、魔界の有名人で。
「わっ、あ、王女様に王子様!?」
慌ててベンチから立ち上がり、膝を着いた。
三人は魔界の王族。
第一王女のジルベスター、第二王子のディツェンバー、第三王子のアルターその人達だった。
「おはようございます。お花屋さん……かな?」
ヤヌアールのエプロンを見て、花を届けに来た者と勘違いしたらしい。ディツェンバーはどこかわくわくした様子でヤヌアールを見下ろしていた。
「さ、左様です……。本日は……えっと……見学、に来たのですが……」
「見学? そんなの催してたかしら?」
「知り合いに連れられて、ここで待っていたんです」
「あぁ、成程ね」
ヤヌアールの説明に、聞いているのか聞いていないのか微妙な態度で、ジルベスターは相槌をうつ。まだ眠いらしく、その目はどこかぼんやりしていた。
「お名前を聞いてもいいかな」
「ヤヌアールと申します。花屋『イェナー』で働いています」
「『イェナー』……やっぱり。ねぇアルター、やっぱりそうだよ。御挨拶したら?」
ディツェンバーは納得したように数回頷き、隠れるようにしてくっ付いているアルターを促した。
恐る恐る、といった様子でディツェンバーの後ろから顔だけを覗かせたアルターは、小さく口にする。
「こ、こんにちは……」
「こんにちは、アルター様」
「ぇっと……アインヤールさんとイェナーさんをご存知ですか……?」
「アインヤールとイェナーは私の両親ですが……」
「お、俺……お二人のファンなんです……! アインヤールさんのように強くなって……イェナーさんのように賢くなりたいんです……!」
母は元医務官ですでに引退した身だが、アルターのような幼子にも影響を与える程には有名らしい。確かに、医務官から花屋へ転職する例はかなり珍しいし、現役の軍人(今は違うらしいが)である父の影響もあってその名を馳せる事になったのだろう。
「ありがとうございます。娘としても誇らしい限りです」
「ヤヌアールさんは……何をなさっている方なんですか……? それとも、何か目指している事があるんですか……?」
少し胸の痛くなる質問だった。
ヤヌアールは花屋の手伝いをしているだけで、これといった職に就いている訳でも、目指している何かがある訳では無い。
キラキラとした眼差しを向けられて、ヤヌアールはつい言葉を詰まらせてしまった。
「馬鹿ね。花屋で働いてるって言ってたじゃない」
「あれ、姉上が覚えてるなんて珍しいね」
「気になったのだから覚えているわよ。数分後には忘れるに決まっているわ」
「た、確かにそうでした……すみません……」
しゅん、と項垂れるアルターに、ヤヌアールは焦りつつ言葉を探す。
「あー……えっと……謝らないで下さいアルター様……! 将来の夢……? そうだ…… お嫁さん! 私、お嫁さんになりたいんです!」
「………………。」「………………。」「………………。」




