手合わせ
ここ数日、シュトラントの心臓が締め付けられる感覚がする事が多くなった気がする。
似顔絵を描いてもらったり、久々のパーティーで彼女の手料理を食べたり、先日なんて「シュトラント」とフルで名前を呼んでくれた。……紹介する為にはフルネームでないといけないのは分かっているが、正しく天にも登る気持ちの昂りだった。
それに……。
(強くてかっこいい、大事な人、かぁ……。強くてかっこいい……かっこいい!! 大事な人!!)
家の裏庭で素振りの鍛錬に励みながら、シュトラントは顔の筋肉を弛ませていた。近所のマダム達から
「あらシュトラント君ってば、ヤヌアールちゃんと何かあったの〜?」「あんなに分かりやすいのによく本人にバレないわねぇ」
なんて会話が聞こえてきた気がしたが、返事も出来ない程に有頂天な気分に浸っている。
「っくぅ〜そっかそっかぁ……俺かっこいいかぁ……。父さんと母さんに感謝しなくちゃいけないな。あと、ヤヌアールを産んでくれたおばさんとおじさんにも……」
「何を一人ぶつぶつと呟いているんだ……?」
不審そうに眉根を寄せながら、ヤヌアールが物陰から顔を覗かせた。脳裏に描いていた彼女が目の前に現れた喜びを懸命に隠して、あくまでいつも通り接する事に専念する。
「よぉ! どうした」
「配達の帰りなんだが……ニヤニヤと笑いながら素振りをしている不審者を見掛けたものだからつい、な」
「不審者って俺の事かよ!?」
「事実だろ……」
苦笑いを浮かべながら、ヤヌアールは裏庭の柵を飛び越える。
「お前こそ、どうかしたのか?」
「ちょっと最近楽しい事が続いててな。幸せ過ぎてニヤけちまう……」
「よ、良かったな……。まぁ、確かに楽しい事が続いているのは分かる。そうだ、楽しい事続きという事で、久々に手合わせしてくれないか?」
問い掛けてはいるものの、ヤヌアールは既に荷物を足元に置いて壁に掛けられていた木刀を手に取り、準備運動を始めていた。
彼女と手合わせするのはいつぶりだろうか。ヤヌアールの父親が現役軍人だったのもあって、勿論彼女も剣を嗜んでいる。
軍の訓練兵になる前は、よく打ち合っていたものだ。
「よし、いいぞ。」
「おう」
いくら意中の女子とはいえ、手を抜く事はしない。それは彼女への侮辱にも当たるし、何よりシュトラントのプライドが許さなかった。
むしろ、ここでかっこいい所を見せつけたいのだ。
「かかってこい」
ニッ、と愉しさのあまり口角を上げてしまう。それを挑発と受け取ったらしいヤヌアールは、一瞬眉根を寄せてから駆け出した。
「はっ!」
振り下ろされた木刀を躱し、シュトラントは続く攻撃に備える。
彼女の強さは、攻撃の波に強弱が無い事だ。全ての攻撃に、簡単に仕留められてしまいそうな威力を兼ね備えている。
しかもそれが長時間継続されるのだから末恐ろしい。ヤヌアールが軍に所属していれば、間違いなくシュトラントに並ぶ程の強さを有していただろう。
──しかしそれは、あくまでヤヌアールが軍に所属して毎日訓練を積んでいた場合の話だ。シュトラントとヤヌアールの間には、既にかなりの差が生まれている。
連続したヤヌアールの攻撃を流した後、自身の木刀を彼女の首筋にあてがった。
「俺の勝ち、だよな」
「……はぁ……、もう少し付き合ってくれても良かったじゃないか」
少々不満気な様子で、ヤヌアールは木刀を下ろした。シュトラントも同様に木刀を下ろして、軽快に笑う。
「ははっ。どうよ、前より強くなってるだろ?」
「あぁ、流石シュウだな。…………いつか、お前も……」
「…………?」
ヤヌアールは何かを呟きかけて、ぐっと口を閉ざした。そしてどこか不安そうな表情で、シュトラントを見上げる。
「いや、何でもない。また手合わせしてくれるか? お前はどんどん強くなって、私なんか準備運動にもならないかもしれないが……」
「な、……何辛気臭い顔してんだよ! 当たり前だろ! むしろこっちから頼みたい位だ。ヤヌアールは強いからな」
「…………ありがとう、何だか照れるな」
可愛い奴だなぁ、と口にしかけて、シュトラントは唇を閉ざした。
「じゃあシュウ。もう一本頼んだ」
「おう。存分に楽しもうぜ」
再び距離をとり、互いに木刀を構える。
「────ケホ、ッ」
一瞬、乾いた咳が口から漏れたが、シュトラントはヤヌアールとの手合わせに夢中になっていた。
気が付けば一時間以上経っていて、慌てて帰っていくヤヌアールを見送りながら、シュトラントは胸を抑えた。
「…………何か、疲れたな……」
最近は特に落ち着きがないのだろう。今日は早めに休もう、と木刀を片付けて、シュトラントは家の中に戻るのだった。




