「王女に選ばれた少年」
― 二年後 ―
二年後……
魔法暦7184年。
帝国の最南端に位置する王国、炎の王国アート。
王国の中央には、王城が高台の上にそびえ立ち、巨大な城壁に囲まれていた。
外壁は黒ずんだ石で組まれ、その表面には古い刻印と王国の紋章が刻まれている。四隅には高くそびえる塔が立ち、その頂ではアート王国の旗が風に合わせてゆっくりと揺れていた。
そして、その内側では……
正門の前に、八人の子供たちが立っていた。
いや……
八人の生存者が。
それぞれに番号が振られていた。
306。
307。
308。
309。
310。
311。
312。
313。
カイレンはその中に立っていた。306という番号は、あの日からずっと彼に纏わりついたままだった。
隣にはミラがいた。77番の少女だ。
他の者たちの面影も、この二年間で大きく変わっていた。
22番は笑っていた。
だが、その笑みは以前よりもはっきりとしていて、その体はこの数年で刻まれた傷跡だらけだった。
その隣に立つのは双子の兄、23番。
以前のような無邪気さは、もうその顔にはなかった。
顔つきはより険しく、魔法使いの衣を纏い、手には長い杖を握っている。
静かになったのか……
それとも、より危険になったのか、判別するのは難しかった。
4番は、はっきりと分かるほど鍛え上げられた体を持つ戦士になっていた。黙したまま、周囲を静かに観察している。
56番もまた戦士になっていたが、彼はより寡黙で、他の者たちから少し離れて立ち、口を閉ざしていた。
24番と32番は、魔法使いになっていた。
それぞれ見た目は違ったが、二人とも長い修行の跡をその身に宿しており、一体何を学んだのかを正確に見抜くことは容易ではなかった。
ミラもまた、変わっていた。
髪は長く伸び、目の前に垂れて顔の大部分を隠していた。
そして魔法使いの服を纏っていた。
カイレンはというと……
ほとんど昔のままだった。
唯一はっきりと違うのは、右手に走る大きな傷跡だけだった。
カイレンはミラを見た。
だが、彼女は彼を見なかった。
落ち着いた表情の裏に隠そうとして隠しきれない、不安の色が顔に浮かんでいた。
彼らの前に立っていたのはナイだった。
しばらく彼らを見つめてから、口を開いた。
ナイ:
「失礼……よく戻ってきてくれた。
私はナイだ。覚えているだろうか。
最後に会ってから、二年が経った。
この二年間、君たちは互いに引き離され、それぞれ別の師の下で修行を積んできた。
その姿を見る限り、無駄にはしなかったようだな」
ナイは八人を一人ずつ見回した。
そして、ため息をついた。
ナイ:
「さて……失礼だが、これから王城の中に入ってもらう。
そこで王にお会いする。
王、もしくは宰相が、君たちそれぞれの行き先を決めることになる。
二年ぶりに再会したばかりだが……
ここでまた別れることになる。
残念だが、仕方のないことだ」
少し間を置いた。
そして門を指し示した。
ナイ:
「さあ……門を開けろ」
衛兵たちが巨大な門を開いた。
重い摩擦音が響き、その音は石造りの通路にこだました。
ナイ:
「入れ」
子供たちは一人ずつ足を踏み入れていった。
一歩……
そして、もう一歩。
カイレンは唾を飲み込んだ。
胸の奥が重かった。
城そのものが怖いわけではなかった。ただ、中で何が待っているのかが分からなかったのだ。
一人が入る。
次が入る。
また次が。
そして最後に、カイレンが入った。
顔を上げた時……
城の内部が目に飛び込んできた。
広大な大広間だった。
床から高い天井まで届く石柱が並び、その脇には王国の歴史に名を刻んだ古の人物たちの像が立っている。
壁には大きな絵画が掛けられ、古の戦いや先代の王たち、戦場に立つ騎士たちの姿が描かれていた。
所々にある細長い窓からは陽の光が差し込み、磨き上げられた石の床を照らしている。
奥へ向かって長い絨毯が敷かれていた。
両側には使用人たちが静かに立ち並んでいる。
その後ろには衛兵や騎士たちが控えていた。
そして広間の最奥には……
王アーサーが玉座に腰を掛けていた。
その隣には、微笑みを浮かべた美しい小さな少女がいた。
王国第六王女、アリスだった。
反対側には宰相ハリスが立っていた。
アーサーは手を上げた。
アーサー:
「進め!」
子供たちは動き出した。
一歩、また一歩と。
広い広間に、彼らの足音がはっきりと響いた。
やがて王の御前までたどり着くと、全員が跪いた。
カイレンは一瞬遅れて……
そして彼もまた膝をついた。
静寂が広がった。
やがてハリスが一歩前に出た。
ハリス:
「ようこそ、アート王城へ。炎の王国アートへ。
目の前にいるのが、王国の英雄、アーサー王だ。
そして隣におられるのが、王国第六王女、アリス様。御年十歳。
主属性は……炎だ」
アリスは静かに微笑んだ。
ハリスは再び口を開いた。
ハリス:
「前置きはこれくらいにしよう。
二年前、我々は東の王国、ガイとの戦争を目前に控えていた。
だが、魔法災害の後、撤退した。
ゼニン王子と我が兵の全てを奪った、あの災害だ。
痕跡すら残らなかった。
向こう側で誰が死んだのかも、我々には分からなかった。
だが、確かなことが一つある……」
カイレンの息が止まった。
目が見開かれる。
ハリス:
「名もなき村が……」
カイレンは凍りついた。
拳を握りしめた。
強く、強く。
ハリス:
「その住人全員が……」
カイレンは歯を食いしばった。
ギリッ……
ハリス:
「死んだ」
カイレンは両手で頭を抱えた。
強く押し付けた。
眩暈がした。
周りの音が遠ざかっていく。
広間も……
王も……
使用人たちも……
全てが一瞬、消えていくように感じた。
村を思い出した。
両親を思い出した。
炎を思い出した。
あの日を思い出した。
その時……
肩を軽く叩かれた。
振り向くと、ミラだった。
彼女は小さく首を傾げ、視線だけで問いかけた。
――大丈夫?
カイレンは彼女を見た。
そして、小さく微笑んだ。
カイレン:
「ああ……大丈夫だ」
ミラは元の位置に戻った。
ハリス:
「我々は君たちを集め、試練を課し、そして二年間鍛え上げた。王国の大きな力とするためだ。
そしてそれぞれに、王国での役割を与えよう。
我々は備えたいのだ。
ガイ王国が持つ力に対抗できる力に。
よし……
詳しい説明は後にする。
今は私が持つ統計と、この数年で集めた情報を基に、君たちそれぞれの配置を決める」
ハリスは目の前の書類を開いた。
ハリス:
「まず……
77番」
カイレンは勢いよく顔を上げた。
カイレン:
「何だと?
ミラが最初なのか?」
ミラは何も言わずに立ち上がった。
そして前に進み出た。
一歩……
また一歩。
ハリスの前で足を止める。
ハリスは書類に目を落とした。
そこに書かれた情報を読み上げる。
「なるほど。
統計によれば、君は魔法と戦闘の両方を学んだようだな。
よって君は、王国の端にある教会へ行ってもらう。
そこで修行を積み、神聖魔法を学び、そしてそこを守るのだ。
常に備えを怠るな」
ミラの表情は変わらなかった。
ミラ:
「分かりました……」
ハリス:
「よろしい。
外の衛兵の所へ行きなさい」
ミラは身を翻した。
そして扉へ向かって歩き出す。
カイレンはその背中を見つめ続けた。
出ていく直前、ミラは足を止めた。
完全に振り返ることはせずに。
ミラ:
「また会えるといいね、カイレン」
そして出ていった。
カイレンは俯いた。
それから他の番号が、一人ずつ立ち上がっていった。
ハリスは彼らに多くを語らなかった。
ただ書類を読み……
そしてそれぞれの行き先を告げるだけだった。
ある者は首都から遠く離れた場所へ。
ある者は他の誰も知らない場所へ。
ある場所については、ハリスはわずかな言葉しか口にしなかった。
それぞれに違う役割があるのは明らかだった。
だが、その役割の詳細は依然として謎に包まれたままだった。
22番と23番は……
二人一緒に残された。
生存者の中で唯一の双子だったからだ。
配置の決定が終わると、皆は一人ずつ広間を後にしていった。
最後に残ったのはカイレンだけだった。
ハリスは書類に目を落とした。
そして顔を上げた。
ハリス:
「次は……
306番」
カイレンは立ち上がった。
そして進み出た。
一歩ずつ、一歩ずつ。
ハリスの前まで来て、黙って立った。
ハリスは統計に目を通した。
書類の上を視線が滑る。
そして言った。
ハリス:
「よし……
君の配置は――」
その時……
小さな声が彼の言葉を遮った。
「――待って!」
ハリスは振り向いた。
声の主はアリス王女だった。
アリス:
「何でしょう、お嬢様?」
アリスはカイレンを見つめていた。
微笑んでいた。
だが、その微笑みはいつもと違っていた。
穏やかで……
そして冷たい。
彼女は手を上げた。
そしてカイレンをまっすぐに指さした。
そして言った。
「あの子、私がもらうわ!」
第二章 終
二年ぶりの再会。
それぞれ別々の場所で鍛えられた八人の生存者たちは、再び王城へと集められた。
しかし、それは新たな始まりではなかった。
彼らを待っていたのは、それぞれに与えられる新たな役割。
そして――
最後に残ったカイレンの前で、アリス王女が口にした一言が、すべてを変える。
「あなた、私がもらうわ」
――二年ぶりの帰還は、新たな運命の幕開けとなった。




