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運命の影  作者: AkiraNox


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19/31

幻影の迷宮

幻覚は、カイレンの精神を容赦なく蝕んでいた。


亡霊、焼け落ちた村人たち、そして忘れたくても忘れられない声。


逃げ場のない迷宮の中で、彼を待っていたのは恐怖だけではなかった。


過去と向き合い、それでも前へ進む覚悟だった。


試験終了まで、残された時間はわずか。


果たしてカイレンは、この悪夢の迷宮から生きて脱出できるのか――。

幻覚は、もはや比べものにならないほど激しさを増していた。


動き回る死体だけではない。


カイレンが通るすべての通路は、


亡霊で埋め尽くされていた。


折れた剣を手にした兵士。


血に染まった顔で泣き続ける子供たち。


我が子の名を叫び続ける女たち。


そして――


黒い煙の塊のような、奇妙な存在。


まるで煙そのものに目が宿っているかのようだった。


近づくたびに、


囁き声が耳元で響く。


「無駄だ……」


「お前は生き残れない……」


「もう諦めろ……」


カイレンは拳を強く握り締めた。


「……ただの幻聴だ」


「振り向くものか」


そのまま歩き続ける。


すると突然、


目の前に村の男が現れた。


体の半分は焼け焦げている。


震える手をカイレンへ伸ばし、


「……助けてくれ」


「頼む……」


そう呟いた。


だがカイレンは、


一度も目を向けることなく歩き続けた。


しかし、


声はさらに増えていく。


右から――


「カイレン……」


左から――


「どうして私たちを置いていったの?」


後ろから――


「お前のせいだ……」


数え切れないほどの声が、


一斉に頭の中へ流れ込んでくる。


激しい頭痛が走った。


カイレンは両手で耳を塞ぐ。


だが――


声は消えない。


それどころか、


さらに大きくなっていく。


「人殺し!」


「化け物!」


「もっと強ければ、誰も死ななかった!」


「弱虫!」


「役立たず!」


「お前に復讐なんてできない!」


「全部、お前のせいだ!」


「お前のせいだ!」


「お前のせいだ!」


歯を食いしばる。


「……黙れ」


しかし、


誰一人として黙らなかった。


囁きはやがて笑い声へと変わる。


子供の笑い声。


女の笑い声。


老人の笑い声。


そして――


何百人もの笑い声が重なった。


「は……はは……」


「ははははは……」


「ハハハハハハハハハ!!」


カイレンは力いっぱい耳を塞ぶ。


「黙れぇぇぇっ!!」


それでも、


笑い声は止まらない。


その時――


目の前に父、エルドラインが現れた。


その隣にはノルン。


さらに後ろにはフシハラ。


そして、


村人全員が並んで立っていた。


彼らは静かにカイレンを見つめる。


次の瞬間――


全員が同時に口を開いた。


「カイレン……」


「こちらへ来なさい……」


「私たちと一緒に……」


「永遠に……」


「永遠に……」


「永遠に……」


その言葉は終わることなく繰り返され、


笑い声と混ざり合い、


カイレンの頭を蝕んでいく。


彼はその場に膝をついた。


固く目を閉じる。


「……もう、いい」


「せめて……」


「一分だけでも……休ませてくれ……」


そして――


世界は闇に包まれた。闇に飲み込まれていく、その時――


遠くから声が聞こえた。


かすかに。


本当に、かすかに。


「……カイレン……」


カイレンの体が震える。


ゆっくりと目を開けた。


「……誰だ?」


再び、その声が響く。


今度は先ほどよりもはっきりと。


「カイレン……」


「カイレン!」


カイレンは目を見開いた。


その声は――


温かかった。


優しかった。


何より、


忘れるはずのない声だった。


「……母さん?」


ゆっくりと顔を上げる。


そこにはノルンが立っていた。


だが、


これまでの幻覚とは違う。


瞳は黒く染まっておらず、


顔色も青白くない。


いつものように、


穏やかな笑みを浮かべていた。


その後ろには、


エルドラインが立っている。


さらにその後ろにはフシハラ。


そして――


村人たち全員がいた。


誰もがカイレンに向かって微笑んでいる。


カイレンの瞳に涙があふれた。


「……母さん」


ノルンは優しく微笑む。


「カイレン……」


「やっと目を覚ましたのね」


「もう、あんなものに惑わされないで」


「立ちなさい」


「戦って」


「そして前へ進みなさい」


エルドラインが一歩前へ出る。


「お前は……俺の息子だ」


「お前は、自分が思っているよりずっと強い」


「こんな場所で立ち止まるな」


フシハラは笑いながら言った。


「復讐するって言ってただろ?」


「だったら立ち上がれ!」


続いて、


村人たち全員が声をそろえて叫ぶ。


「生きろ!」


「進め!」


「諦めるな!」


「私たちは、お前を信じている!」


カイレンは深く息を吸った。


涙が頬を伝って流れ落ちる。


拳を強く握り締める。


「……ああ」


「立ち上がる」


「こんなところで死ぬわけにはいかない!」


その瞬間――


すべての光景が消え去った。


カイレンは勢いよく目を開く。


気がつくと、


迷宮の床に倒れていた。


荒い息を繰り返す。


そして同時に――


迷宮全体へ、


マナ拡声器による重々しい声が響き渡った。


「試験終了まで、残り一時間。」


カイレンは目を見開く。


「……何だって?」


「そんなに時間が経っていたのか!?」


彼はすぐに立ち上がる。


「くそっ!」


全力で駆け出した。


足音が迷宮中に響き渡る。


時間が過ぎるごとに、


幻覚は次々と彼の前へ現れる。


だが今回は違った。


彼は立ち止まらない。


振り返りもしない。


たとえ目の前に立ちはだかるものが幻だったとしても、


構わず押しのけ、


前へ前へと走り続けた。


その間も、


迷宮には無情なカウントダウンが響き続ける。


「試験終了まで――残り五十分。」残り五十分――


カイレンは、持てる力のすべてを振り絞って走り続けた。


呼吸は荒くなり、


足は震え、


全身を汗が流れ落ちる。


それでも――


立ち止まらない。


その時だった。


黒い霧の中から、


一本の黒い腕が伸びる。


カイレンの足首を掴んだ。


「っ!」


力任せに蹴り飛ばす。


黒い腕は霧となって消え去った。


だが次の瞬間、


今度は壁という壁から、


無数の黒い腕が這い出してくる。


彼を捕まえようと、


一斉に伸びてくる。


カイレンはその隙間を飛び越え、


走る。


走る。


ただひたすら走る。


不気味な笑い声が迷宮を満たす。


「アハハハハ……」


「逃げるな……」


「こっちへおいで……」


「もう疲れただろう……」


「少し眠ればいい……」


「誰もお前を傷つけない……」


カイレンは歯を食いしばる。


「違う……」


「全部、嘘だ」


「俺は止まらない!」


右を見ると、


首のない男がゆっくりと歩いていた。


反対側には、


自分の首を抱えた少女。


静かに微笑みながら言う。


「お兄ちゃん……


私の本当の頭を探してくれる?」


カイレンはすぐに視線を逸らし、


走り続けた。


数分後、


悲鳴や泣き声がさらに大きくなる。


「助けて!」


「焼ける!」


「お願い……!」


「死にたくない!」


そして――


母の声。


「カイレン……」


父の声。


「お前は私たちを裏切った」


フシハラの声。


「お前がもっと強ければ……


誰も死ななかった」


やがて、


すべての声が混ざり合う。


「お前のせいだ」


「みんな、お前のせいで死んだ」


「弱虫」


「役立たず」


「お前なんて生まれなければ……」


「みんな生きていたのに」


カイレンは両手で耳を塞ぐ。


「やめろ……」


「やめろぉぉぉっ!」


だが、


声はさらに大きくなっていく。


頭が割れそうだった。


――――――


残り三十分。


偽りのノルンが、


目の前に現れる。


両手を広げ、


優しく微笑む。


「おいで、カイレン……


ずっと会いたかった」


その後ろにはエルドライン。


「もう終わりだ……


抵抗はやめろ」


さらに、


焼け爛れた村人たちが現れる。


誰もが無言で彼を見つめる。


そして次の瞬間――


全員が一斉に叫んだ。


「お前のせいだぁぁぁっ!!」


カイレンも叫び返す。


「お前たちは本物じゃない!!」


偽りのノルンを突き飛ばし、


再び走り出す。


――――――


残り二十分。


足が鉛のように重い。


一歩進むたびに、


体中が悲鳴を上げる。


つまずく。


転ぶ。


それでもすぐ立ち上がる。


膝から流れる血を拭い、


呟く。


「まだだ……」


「ここでは終われない」


道端には、


座り込んだ骸骨がいた。


ゆっくりと顔を上げ、


問いかける。


「あと何度……


立ち上がるつもりだ?」


カイレンは答えず、


そのまま駆け抜けた。


――――――


その頃――


六十七番。


銀髪の少女は、


静かに歩き続けていた。


一歩一歩、


正確に。


周囲には何十もの幻覚が現れる。


しかし、


彼女は一度も目を向けない。


時折目を閉じ、


壁に手を添え、


感触だけで進路を確かめる。


そして数時間後――


出口の光が見えた。


彼女は何も言わず、


その光をくぐる。


門番が目を見開く。


「六十七番……


到着。」


彼女は無言のまま、


離れた場所へ腰を下ろした。


――――――


別の場所。


二十三番。


少年は笑いながら走っていた。


「ははははっ!


この迷宮、最高だ!」


隣を走る二十二番が怒鳴る。


「馬鹿!


笑ってる場合か!」


二十三番は笑顔のまま振り返る。


「僕たちが一緒なら、


負けないさ!」


二人は幻覚をかわしながら、


さらに奥へ進んでいく。


――――――


残り一分。


マナ拡声器の声が、


迷宮全体に響き渡る。


「試験終了まで、


残り一分。」


カイレンは顔を上げた。


遥か彼方に、


光が見える。


出口だった。


拳を握り締める。


「必ず……


たどり着く!」


全力で駆け出した。


――――――


十秒。


九……


目の前に、


無数の幻覚が立ちはだかる。


八……


七……


一斉に腕を伸ばしてくる。


六……


五……


カイレンは強引に突っ切る。


四……


転倒。


三……


すぐに立ち上がる。


二……


目の前に、


破壊神セルヴィルが現れた。


あの忌まわしい笑みを浮かべている。


「見つけたぞ」


だが、


カイレンは止まらない。


全身の力を込めて跳躍し、


セルヴィルを蹴り抜ける。


その体は、


霧のように掻き消えた。


幻だった。


一……


カイレンは出口の門を飛び越えた。


――――――


試験終了。


巨大な門が閉じる。


ゴォォォォン!!


迷宮全体が激しく揺れた。


その直後、


多くの子供たちが出口へ駆け着ける。


必死に門を叩き、


叫ぶ。


「開けてくれ!」


「お願いだ!」


「あと少しだったんだ!」


「置いていかないで!」


しかし――


誰も答えなかった。


黒い霧が、


ゆっくりと彼らへ近づいていく。


迷宮中に響き渡る悲鳴。


そして――


やがて、


静寂だけが残った。


門番が声を張り上げる。


「最後の到着者――


三百六番!」


全員の視線がカイレンへ向く。


彼は前かがみになり、


荒く息をついていた。


全身は傷だらけ。


それでも――


たどり着いた。


別の門番が記録板を見つめる。


「第一試験の生存者……


二百五十名。」


こうして、第一試験は終わりを迎えた。


迷宮から脱出できた者は、ほんの一握り。


二百五十人が生き残った。


しかし――


これはまだ、始まりに過ぎなかった。


生き残った子供たちを待っているのは、さらに過酷な試験。


そして、その先にあるものを、まだ誰も知らない。


カイレンは傷だらけの身体を起こし、静かに前を見つめていた。


――生き残るために。


そして、自らの復讐を果たすために。

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