生き残った少年
村を消し去った、凄まじい爆発。
その中心で、ただ一人だけ生き残った少年がいた。
彼の名は、カイレン。
家族も、故郷も、すべてを失った少年を待っていたのは、悲しみに浸る時間ではなかった。
王国が密かに進める、残酷な「計画」。
それは、三百人の孤児を集め、その中から生き残る八人を選び出すものだった。
こうして、カイレンの運命は大きく動き始める――。
第五章 生存計画
戦いから一日――。
あの大爆発が村に残したものは、数キロメートルにも及ぶ巨大なクレーターだけだった。
家はない。
木々もない。
道さえも消え去っていた。
あるのは、積み重なった瓦礫と焼け焦げた木材、そして風に舞う灰だけ。
辺りを包むのは重苦しい静寂。
その沈黙を破るのは、瓦礫の中を捜索する騎士たちの足音だけだった。
その時、一人の騎士が声を張り上げる。
「生存者がいないか徹底的に探せ!」
「はっ!」
騎士たちは巨大なクレーターの各所へ散り、岩をどかし、崩れた家屋の残骸を持ち上げながら捜索を続けた。
だが――。
見つかるのは、破壊の痕跡ばかりだった。
その様子を、一人の男が鋭い眼差しで見つめていた。
名:マイク
年齢:43
基本魔法:水
習得魔法:なし
職業:戦士
アート王国騎士団長。
彼は荒れ果てた光景を見渡し、小さく息を吐く。
「……未だに信じられない。」
「村一つが、一瞬で消え去るなんて。」
ゆっくりとうつむき、小さく呟く。
「クリフン……。」
「どうか、生きていてくれ。」
その時だった。
「マイク隊長!」
一人の騎士が全力で駆け寄ってくる。
目の前で立ち止まり、激しく息を切らせながら頭を下げた。
「どうした。クリフンは見つかったのか?」
騎士は深く息を吸う。
「……申し訳ありません。まだ見つかっていません。」
一瞬、沈黙が流れる。
そして彼は続けた。
「ですが……村人と思われる人物を発見しました。」
マイクの眉がぴくりと動く。
「村人だと?」
「あの爆発を生き延びたのか?」
「はい。」
マイクは巨大なクレーターへ目を向ける。
「爆心地の外縁部にでもいたんだろう。」
騎士は言い淀んだ。
「……実は。」
マイクが振り返る。
「何だ?」
騎士は唾を飲み込んだ。
「爆心地の……ど真ん中です。」
マイクの目が大きく見開かれる。
「……何だと?」
彼は即座に踵を返した。
「急ぐぞ!」
騎士たちは一斉に走り出す。
力強い足音が地面を打ち、背後には灰と土煙が舞い上がった。
誰一人として口を開かない。
爆心地へ近づけば近づくほど、自分たちが目にするものが信じられない光景だと理解していたからだ。
数分後――。
彼らは目的の場所へ到着した。
マイクは息を整えながら尋ねる。
「……救出したのか?」
一人の騎士が答える。
「はい……ですが。」
「子供です。」
沈黙。
マイクは冷ややかな視線を向けた。
「冗談はよせ。」
「あの爆発で生き残る者などいるはずがない。」
「まして子供など……。」
騎士は首を横に振る。
「本当です。」
「ご自身の目でご確認ください。」
マイクはゆっくりと歩み寄る。
一歩進むごとに、胸の中の驚きは大きくなっていった。
そして――。
そこには、小さな少年が横たわっていた。
全身は傷だらけ。
衣服は見る影もなく引き裂かれ、血で染まっている。
その少年こそ――
カイレンだった。
騎士たちは息を呑む。
一人が震える声で呟く。
「……本当に生きているのか?」
別の騎士も信じられない様子で言った。
「どうやって助かったんだ……?」
しかし、マイクだけは何も言わない。
黙って少年を見つめ続ける。
その時だった。
少年の唇が、かすかに動いた。
マイクは片膝をつく。
「隊長?」
問いかけにも応えず、さらに耳を近づける。
すると――
かすかな声が聞こえた。
「……殺してやる。」
「……殺してやる。」
「……殺してやる。」
「……殺してやる。」
マイクの身体が固まる。
ゆっくりと目を見開いた。
その声は弱々しかった。
だが、その一言一言には、この年齢の子供が抱くはずのない憎しみが込められていた。
マイクは静かに立ち上がる。
「隊長……?」
彼は騎士たちを見渡し、落ち着いた声で命じた。
「その子を運べ。」
「――計画へ送る。」「……何ですって? 本気ですか?」
騎士はもう一度少年へ視線を向け、それから隊長を見た。
「王国の外から来た子供を、計画に参加させることはできません。」
数秒の沈黙が流れる。
マイクはなおもカイレンを見つめたまま、小さく口を開いた。
「……いや。」
「この子も参加させる。」
騎士は眉をひそめる。
「ですが――」
マイクはその言葉を遮った。
「……この子こそ、その存在かもしれない。」
ほとんどの騎士は、その言葉の意味を理解できなかった。
しかし、一人の古参騎士だけは静かに目を伏せる。
まるで、その意味を悟っているかのように。
一方、新人の騎士は好奇心を抑えきれなかった。
隣に立つ騎士へ小声で尋ねる。
「……その『計画』って、何なんですか?」
騎士は彼を見つめた。
「何だ、お前……知らないのか?」
新人は気まずそうに頭をかいた。
「すみません。騎士団に入ったのは数か月前なので……。」
騎士は小さくため息をつく。
そして、誰にも聞こえないよう声を潜めた。
「計画というのは……」
「現国王自らが命じた極秘計画だ。」
新人はごくりと唾を飲み込む。
「どんな計画なんです?」
騎士はカイレンへ目を向けながら答えた。
「王国内の孤児をすべて集める。」
「そして、一か所へ収容する。」
「その後、数々の試験が始まる。」
「三百人の子供の中で、生き残れるのは――」
「たった八人だけだ。」
新人の呼吸が止まる。
「……え?」
「それじゃあ……」
「二百九十二人が死ぬってことですか?」
騎士は静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりとうなずく。
「ああ。」
「国王の命令だ。」
「逆らえる者はいない。」
新人はうつむいた。
「……あまりにも残酷だ。」
騎士は淡々と言う。
「誰だってそう思っている。」
「だが王国には、最強の兵器が必要だと言われている。」
空を見上げ、小さく呟いた。
「貴族たちの多くも……」
「これが最善の方法だと信じている。」
二人の間に沈黙が流れる。
新人騎士は何も言えなかった。
ただ、気を失ったままのカイレンを見つめる。
胸の奥を、言いようのない悪寒が駆け抜けた。
少年はまだ何も知らない。
自分の運命が――
永遠に変わってしまったことを。
◇ ◇ ◇
三日後――。
マイクは王城の玉座の間に立っていた。
広大な謁見の間。
石造りの柱が天井まで高く伸び、その最奥には玉座が据えられている。
そこに座るのは、アート王国国王――
アーサー。
王は静かな眼差しでマイクを見下ろした。
「……つまり。」
「クリフンは見つからず。」
「他の者も誰一人として発見できなかった、ということか。」
マイクは頭を下げる。
「申し訳ありません、陛下。」
「ですが……」
「おそらく全員、命を落としたものと思われます。」
アーサーはしばらく黙っていた。
そして口を開く。
「遺体は?」
マイクは答える。
「一体も発見できませんでした。」
「あれほどの爆発です。」
「すべて灰になった可能性が高いかと。」
再び沈黙が流れる。
やがて、マイクが顔を上げた。
「ですが……」
アーサーが視線を向ける。
「……だが?」
「生存者を一人だけ発見しました。」
王の眉が寄る。
「生存者?」
「遺体すら残らなかったというのに……。」
「その子供は、どうやって生き延びた?」
マイクは小さく息を吐いた。
「……それは、私にも分かりません。」
「まだ意識も戻っていません。」
「ですが……私は、その子を計画へ参加させるつもりです。」
アーサーは数秒間、何も言わなかった。
やがて口元に薄い笑みを浮かべる。
「……そうだな。」
「あれほどの爆発を生き延びたのなら。」
「他の子供とは違う何かを持っている可能性が高い。」
王はゆっくりと玉座から立ち上がる。
「よく判断した。」
「賢明な決断だ。」しばらくして――。
マイクは謁見の間を後にし、静かな足取りで城内の廊下を歩いていた。
石造りの廊下には、彼の足音だけが静かに響く。
だが、その意識は城にはなかった。
巨大なクレーターの中心で発見された、あの少年のことばかり考えていた。
(……お前は何者なんだ。)
(どうやって生き延びた?)
小さく息をつく。
そして進む方向を変え、治療棟へ向かった。
廊下は静まり返っている。
高い窓から吹き込む風の音だけが耳に届いた。
数分後――。
彼は大きな木製の扉の前で立ち止まる。
ゆっくりと手を伸ばし、取っ手に触れた。
静かに扉を開く。
……
部屋へ入る。
窓から差し込む陽光が木の床を照らし、薬草の香りが室内を満たしていた。
マイクはベッドへ視線を向ける。
その瞬間――。
目を見開いた。
カイレンが――
ベッドの上に起き上がり、静かに前を見つめていた。
マイクはゆっくりと歩み寄る。
穏やかな口調で言った。
「こんなに早く目を覚ますとは思わなかった。」
カイレンはゆっくりと顔を上げる。
全身には包帯が巻かれ、顔や腕には傷跡がまだ色濃く残っていた。
しばらくマイクを見つめた後、小さく尋ねる。
「……あなたは?」
マイクはわずかに微笑んだ。
「私はアート王国騎士団長、マイクだ。」
「会えて嬉しい。」
しばし沈黙が流れる。
やがてカイレンが小さな声で口を開いた。
「……母さんと。」
「父さんは……?」
マイクの笑みが消える。
言葉を濁すことはしなかった。
淡々と告げる。
「……おそらく。」
「亡くなった。」
カイレンは何も言わなかった。
ただ視線を天井へ向ける。
数秒間、じっと見つめ続けた。
まるで、その言葉がまだ心に届いていないかのように。
やがて、小さく呟く。
「……そうか。」
マイクは不思議に思った。
驚きもない。
否定もない。
泣き叫ぶこともない。
思わず尋ねる。
「……驚かないんだな。」
「悲しくもないのか?」
カイレンはゆっくりと目を閉じた。
そして静かな声で答える。
「……見たんだ。」
「二人が……目の前で死ぬところを。」
沈黙が落ちる。
マイクの視線は、カイレンの手へ向いた。
強く握り締められた拳。
治りきっていない傷口が再び開き、白いシーツへ赤い血がぽたりと落ちる。
マイクは静かに言った。
「落ち着け。」
「傷が開くぞ。」
だが、カイレンの耳には届いていなかった。
拳は小刻みに震えている。
まるで胸の奥にある何かが、必死に崩れ落ちるのを耐えているようだった。
マイクは立ち上がる。
扉へ向かい、歩き出す。
部屋を出る直前、振り返ることなく言った。
「……少し休め。」
静かに扉を開き、部屋を後にする。
そして、音を立てないよう扉を閉めた。
……
部屋には再び静寂が戻る。
カイレンは床へ視線を落とした。
すると――。
一筋の涙が、静かに頬を伝う。
必死にこらえようとした。
それでも――
抑えきれなかった。
肩が震える。
顔を手で覆い、小さく泣き始める。
それは――
すべてを失った、一人の子供の泣き声だった。
廊下では、マイクが静かに歩き続けていた。
その時――。
背後の部屋から、張り裂けるような叫び声が響く。
「うああああああああっ!!」
マイクは足を止めた。
静かに目を閉じる。
拳を強く握り締めた。
だが――
振り返ることはなかった。
再び歩き出す。
すべてを失った少年は、静かに涙を流した。
けれど、この涙が最後になることはなかった。
待ち受けているのは、さらなる試練。
そして、決して後戻りすることのできない運命。
カイレンはまだ知らない。
自分が選ばれた「計画」の先に、何が待っているのかを――。
少年の生存は、やがて王国の運命さえも大きく変えていくことになる。




