ep8
市井は車を走らせ隣で眠りについている八乙女を心配しながら先ほどの戦いを振り返り、喧嘩もまともにしたことがない自分が驚くほど冷静に逃げ出せたこと、人を撃ったのに何も感じないことに違和感を覚えた
(俺の力…異能力だっけか、銃と怖いぐらい相性がいいな。ただこの車の持ち主がどう出るか…早めに乗り捨てた方がいいな)
膝の上に置いてある拳銃の重みを感じ、この銃が逆転の一手になるか、さらなる厄介ごとになるかを考えながら別の問題にも目を向ける
(真里は大丈夫なのか?あのピンク髪の異能力だろうけど、いつのまにか呼吸も落ち着いてるし効果時間が切れたのか?それにあいつらなんで正確に俺たちの居場所に来れた?)
最初に襲われた場所は2人の自宅で市井が帰ってきた瞬間に襲われたと言うことは待ち伏せをされていたのだろう。しかし今回はなぜか居場所がバレていた、尾行されていた可能性は低い、尾行するくらいなら追いつき捕捉した時点で襲えばいい
(スマホは一応さっきの場所に置いてきたけど…異能力で捕捉されてるなら対策は不可能だ。ちっ!異能力なんて嫌いだクソ)
現在市井は逃げることだけを考えて車を走らせできるだけ遠くへ適当に進んでいた。
八乙女が目覚め次第、遺跡の男を捜索するつもりではいるが、人工神の教会に立ち止まるたびに追いつかれては捜索どころではない
「今はあいつらを撒くことを優先した方が良さそうか」
「…ん、あれ?」
市井の独り言に反応するように八乙女は目を覚ました
「真里!大丈夫?」
「羽駒くん?私は大丈夫…あれからどうなったの?」
八乙女は意識を失う直前のことを思い出し、一瞬で目が覚めた、そして市井の膝の上にある銃に気がついた
「羽駒くん、それって…」
「ああ、俺も最初モデルガンかと思って当たれば牽制ぐらいになるかと思ったんだけど…本物だったね」
八乙女が覚えていたのは銃を構える市井と発砲音だけだった、市井の異能力を考えると銃弾は確実に命中していることは理解できた
「…あの人たちは?」
「急所は外れてるから生きてると思う、俺の異能力は的確に当たらないのが欠点だな…」
まるで的確に急所を狙えたら殺せたかのような発言に八乙女は違和感を持ってしまい、いつもの優しさを感じられない市井の表情に鳥肌がたった
(羽駒くん?いや、気のせいだ。的確に当たれば殺しちゃう心配がないってことだよきっと)
市井が別人のように感じてしまったがそんなわけないと違和感を頭の隅に追いやり、今の状況のことを考える
「これから、どうしよう」
「多分相手に俺らの居場所がバレてると思う、一応スマホはさっきの場所に置いてきた、真里は?」
「私のは家に置いてきちゃった」
襲撃時、帰宅直後だった市井はスマホを所持していたが八乙女は着の身着のまま逃げてきたせいで所持品はほとんどなかった
「なら、居場所がバレるリスクは減ったと思うけど、スマホじゃなかった場合お手上げだ。どっかで着替えて車も変えて…ただ手持ちが俺の財布の小銭ぐらいしかないからなぁ」
どうするかと悩んでいると横目に大型のショッピングモールを発見し、駐車場にはまばらに車が停まっているのを見て、市井はもう開店時間かと思うと1つ考えが浮かんだ
「ねえ、木を隠すなら森の中っていうじゃん、それにあいつらが襲ってきたのは夜中だったり、人がいない場所だ。人の目があれば襲ってこないかも」
今1番の脅威は市井達を殺そうと襲ってくる人工神の教会の3人であり、自分達の居場所を知る術があるかもしれない。もしショッピングモールで出会っても無闇に襲われずにスマホ以外の手段で居場所を捕捉していると断定することもできる
(それに、ピンク髪の異能力は多分見られただけでやばいから遮蔽物がある方が有利なはず、ただ俺の異能力も遮蔽物に弱いのがネックか…)
市井の提案に八乙女も話し合える機会があるかもしれないと考えた
「うん、いいと思う。追ってこないでって言って素直に聞くとは思えないけど、少なくとも何でこんなことになってるかぐらいは知りたいもん」
「よっしゃ決まりだ。ついでに何か食べよう、ただラーメン一杯ぐらいしか金ないけど」
市井はショッピングモールの駐車場へハンドルを切る。それと同時に2人の腹がなる
「ふっ、はは、何も食べてなかったもんな」
「ふふ、ね、ラーメン一杯を2人で分けて食べるのなんて久しぶりだね」
「確かに、こっち来て暫くしたら貯金も無くなって苦労したからね」
頼りもなく未成年2人だけで生活を始めた頃も大変だったがなんとかなった、そう考えると今の状況もなんとかなるかもしれないと2人は前向きに考えを切り替える。
その後できるだけ入り口の近くに車を止めて2人はショッピングモールの中へ入る、その時乗って来た車を見つめる1人の柄の悪い男に2人は気が付かなかった
「…あの車」
柄の悪い男は2人が去った車に近づきまじまじと見つめ始めた
「やっぱり兄貴の車だ…あいつらが」
男は車の持ち主の知り合いらしく男の表情は怒りに満ちすぐに携帯を取り出して電話を始めた
「もしもし、オレっす兄貴の車がありました。盗んだ奴も…場所は…」
市井の悪い予感が当たり、さらなる厄介ごとが舞い込みそうになっていた。
そのことにまだ気がついていない2人はフードコートで一人前のラーメンを分けて食べていた
「腹減ってたからもあるけどやたらうまいな」
「ね、すごい美味しい」
ラーメンの味に2人は満足したが、量が量なのですぐに食べ終わり、食べ足りないと言った表情で2人は箸を置いた
「うん、今度から財布にはもっと入れとくようにしよう」
「私は結構満足したよ?」
八乙女は口ではそう言うが腹がなってしまい、気まずそうに目を逸らす
「よし、めっちゃ水飲もう」
市井は紙コップの水を一気に飲み干し、無料の水を取りに行こうとすると1人の老人がトレーを持って近づいて来た
「よお、若いのカレーは好きかな?」
老人は2人の前にカレーが乗ったトレーをそれぞれ置く
「俺は歳でな、食いきれそうもないから手伝ってくれ」
老人はそう言うがカレーには手がつけられておらず明らかに2人のためだけに持って来たようだった。2人は少し驚き市井が老人に聞く
「…いいんですか?」
「ああ、どんな事情があるかは知らんが、若者2人が一杯のかけそばを分け合うのなんて見てられんわ」
「すみません、いただきます」
「ありがとうございます!」
市井と八乙女は老人の好意に甘えカレーを食べ始め、老人はその様子を満足そうに見ていた。
カレーを食べ終わると2人は老人に深々と頭を下げた
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした。すっごい美味しかったです!」
「お粗末さん、腹いっぱいになったならよかった」
満足そうに頷く老人に八乙女はおずおずと質問した
「なんで助けてくれたんですか?」
「最近女房に先立たれてな、老人の気まぐれな寂しさの紛らわせだ」
「それは…ご愁傷様です」
「歳も歳だ、あいつも満足そうに逝ったから辛気臭くなる必要はない、俺ももうすぐだろうしな!がはは!」
「「あはは…」」
老人の気まずい死のジョークに苦笑いをする2人、市井は気まずいジョークが続かないように自己紹介を始める
「本当にありがとうございます。俺は市井羽駒です。いつになるかわかりませんが必ず御恩をお返しします」
「八乙女真里です。落ち着いたら絶対恩返しします!」
「俺は拓殖だ。まあそんな気にすんな、情けは人の為ならずっていうだろ?あんたらが今日を思い出して別の誰かを助けてくれればいいさ」
拓植はそう言って豪快に笑う。その後は軽い世間話をしたが拓殖は市井たちの事情は聞こうとしなかった。暫くして八乙女が席を立つ
「ちょっとお手洗いに」
「うん」
八乙女が去ってから拓殖は真面目な顔で市井に向き直る
「なあ、兄ちゃん、ちょっと老人の昔話に付き合ってくれ」
「はい」
拓殖の真面目な顔に市井は自然に姿勢を正した
「俺の女房はいいとこのお嬢さんでな、家が近くてよく遊んでただけのハナタレ坊主だった俺には似合わないいい女だったんだ。でも惚れちまってよ、好きでもない男の元に嫁ごうとするあいつを現実も見えてねえガキが攫っちまったんだ」
「……」
「学も稼ぎも無え俺にあいつは辛抱強くついて来てくれてな、だいぶ苦労かけたし、本当にあいつを幸せにしてやれてるのかずっと不安だった。でもな俺は一緒にいれて幸せだった。そして最後に女房もそう言ってくれた。何があったかは聞かねえが、平坦な道を歩くことだけが幸せじゃねぇ、ただ男は惚れた女の幸せにしてやるって誓いだけは曲げちゃダメだ」
「…はいっ」
拓殖は八乙女の市井を見る目を見て自分の妻を思い出した。不安はあるが1人の男のそばにいたいと願うような目を、だから拓殖は市井にかつての自分に言いたかった言葉を告げた。
市井も拓殖に何かしらのシンパシーを感じてその言葉を深く刻み込んだ
「説教くさくなっちまったな。ほら、これも持ってけ」
拓殖がテーブルに数枚の札を置き立ち上がった
「そんな、流石に貰えないです」
「貰っとけ、あんちゃんの為じゃねぇ、必要だろ?じゃあ気張れよ羽駒」
拓殖は市井が金を返そうとするよりも早く軽く手を上げて歩き出した。市井は金を手に持ち深く頭を下げた
「ありがとうございます!拓殖さん」
「がははは!」
拓殖は笑いながらその場から離れ、市井は拓殖が見えなくなっても暫く頭を下げ続けた。
拓殖が去ってから十数分が経ったが、八乙女はまだ帰って来てなかった
(流石に遅すぎる…)
市井は杞憂ならそれでもいいと八乙女を探しに行くこうと立ち上がると店内放送が始まった
『あーあー、迷子のお知らせだ、市井羽駒!いるのはわかってんだ!可愛い彼女が待ってるぜ?一階のわかりやすいとこにいろ』
『ねー、わかりーやすいとこーって?』
『知らねーよ、どこに何あるかわかんねーんだから。せいぜいわかりやすく叫んでくれよ!』
店内放送が終わり事情を知らない一般客は動揺していたが市井は冷や汗を流し走り出した
(くそっ!甘く見てた!目立つなんてこと考えてないぞ!あいつら!)
市井は客を押し除けエスカレーターを駆け降りて一階にたどり着くなり叫んだ
「俺はここだぁ!」
そんな市井を周囲は変人を見る目で遠巻きに見ていた。そしてすぐに作業着たちは八乙女を連れて現れた
「素直で助かるぜ。ピンク!」
「はーい」
「ぐっ!」
現れるなりピンクは異能力を使用し市井は急激な体調の変化に膝をつく
(これは…だいぶきついな…)
「羽駒くん!」
「ほら市井羽駒、銃を捨てろ彼女が大事だろ?」
作業着は八乙女の背後でナイフを見せつける。
市井は大人しく隠し持っていた銃を床に置き、手の届かない所へ滑らせる、その段階で遠巻きに見ていた察しのいい客はその場から離れ始めた
「げほ!ごほっ!はぁ、はぁ、これでいいだろ!」
「ああ、大人しくしてろよ?」
「すごーい!おじさーん、めっちゃー悪者にあーう」
「おうおう、なんとでもいえ悪者仲間。ほらさっきの仕返しをしてやれ」
作業着の言葉を聞きピンクは足を引き摺りながら上機嫌に市井に近づいて来た
(こいつらの目的は俺たちを殺すことだ、真里を人質に取っているのは俺を痛めつける為…大人しくしてたところで2人して殺させる未来は変わらないが…)
市井が大人しく言うことを聞いたところで時間稼ぎにしかならない、しかし八乙女を人質に取られている以上、市井は抵抗もできない手詰まりで、市井は大人しくピンクが近づいてくるのを待つしかなかった
「ピンクちゃんとー、おーんなじーところにー、穴あけてー、あげるねー?」
ピンクは市井が手放した銃を手に取った。その様子を見た八乙女の心拍数が上がっていく
(羽駒くんが死んじゃう!)
「はっはっはっ!いいぞピンク!簡単には殺すなよ!」
作業着が笑い注意力が逸れた瞬間八乙女はしゃがみ、作業着の拘束から抜け出した。その時作業着のナイフが八乙女の頬を切り裂く
「痛っ!羽駒くん!」
「な!ちっ!は?」
八乙女は痛みを気にせずに作業着を押し除け全力で異能力を発動した。その瞬間、作業着も市井すら八乙女の姿を見失い存在を認識できなくなった
「どういうことだ!あの人の能力の失敗作じゃなかったのか⁉︎」
「なーにー!」
八乙女は市井の元に走り出し、足音を響かせたが誰もその音を気にすることができなかった。
市井は八乙女が作った隙を見逃さず重い体を無理やり動かし、ピンクの顔に低い体勢から蹴りを喰らわせる
「らぁ!」
「あがっ!」
逃げた八乙女に気を取られていたピンクは市井の蹴りが顔面にモロにはいり、銃を放り投げた。市井は素早く銃を拾い作業着に弾を放つ、他の客は銃声を聞き悲鳴と共に逃げ始めた
「ピンクっ!いっ!」
市井の撃った弾は作業着に当たったが作業着は倒れなかった
「くっそ!痛えんだよ!」
弾丸は作業着の手のひらに軽くめり込み血が流れていたが完全に停止していた
「な!」
「返すぜぇ!」
作業着の手のひらの弾丸は反発するように市井に返された、弾丸は市井の左耳を吹き飛ばした
「いっ、ちっ!」
「羽駒くん!」
市井が耳を押さえていると八乙女が市井の手を掴んだ、その瞬間市井は八乙女の存在を認識し2人は走り出す
「待ちやがれ!」
作業着は持っていたナイフを市井たちに向けるとナイフはまっすぐに2人を目掛けて飛んでいき市井の肩に突き刺さる
「いって!」
「羽駒くん!」
「だい…じょうぶだから、走って!」
異能力 体電磁石 雷獣
自身の体内に電気を流し、体を起点に磁力を発生させる
「ほらほら!まだ終わんねーぞ!ピンク!生きてっか⁉︎」
作業着はポケットから釘を取り出し異能力を使い2人に飛ばしながら、倒れているピンクの足を掴み市井の視線にはいらないように遮蔽物の後ろへ引き摺り、市井たちも走りながら釘を避け壁に隠れる
「はぁ、はぁ、真里!げほっ!怪我はっ⁉︎」
「私よりも羽駒くんでしょ!」
「顔怪我してる…あの野郎…げほっ!」
耳があった場所から血を流し、刺さったままのナイフを押さえ、いつまでも荒い息で咳き込み満身創痍の市井は自分のことよりも八乙女の頬の傷を見て怒りを露わにしていた。
八乙女はハンカチを市井の耳に当てる
「ありがと…」
八乙女は市井を動かさない方がいいと思い、逃げずにいたが、市井はすでに逃げる気はなかった
(一瞬でも視認できればこっちのもんだ、ただ男の方には銃が決定打にならない。先にピンクの女の方を殺す。もう1人はどうした?どこにいるかわからない以上無闇に逃げるのは危険だ。確実にここで1人は殺す)
膠着状態に陥ったが市井はチャンスを待った。
しかし、作業着たちの方はチャンスを待つ余裕はなかった
「おい!ピンク!起きろ!」
ピンクは市井の蹴りが脳を揺らし失神しており、作業着は市井に視認されないように物陰でピンクを起こすため体を揺らすとピンクは意識を取り戻した
「っ!いったーい!え?ピンクちゃんのー顔どうなってるー?」
「あ、あぁ、まあそこそこ?」
「何それー!え、」
ピンクは起きるなり顔の痛みで騒ぎ、急いで鏡を取り出して顔を確認すると、鼻血を流し前歯が一本なくなっており口からも血が出ており、酷い顔になっていた
「あ、あ、あの!クソ!ピンクちゃんの可愛い顔を!許さない!」
「あ、落ち着けピンク!」
市井への怒りで我を忘れたピンクは遮蔽物から飛び出そうと頭を出し、作業着は慌てて止めようとする。しかしその瞬間銃声が響き渡り、ピンクは後ろに倒れた
「な!おいピン…ク」
ピンクは眉間から血を流しぴくりとも動かなかず即死しており、一瞬の出来事に作業着は固まる。
ピンクが死んだことで効果時間を待たずに市井の体調が回復し、立ち上がる。
八乙女は市井が銃を撃ったところしか見えていなかったが、市井が撃ったということは命中したと理解していたため冷や汗を流す
「1人やった、男の方を殺してから逃げるよ」
当然のように人を殺し、もう1人殺そうとしている市井の冷たい目に八乙女は言葉を失ってしまった。
そしてモール内に作業着の怒号が響いた
「市井羽駒ぅ!テメェ!よくもやりやがったなァァ!」
作業着はピンクを殺された怒りで物陰から飛び出した。市井は銃を撃とうとしたが作業着には致命傷を与えられない可能性があり、補充の目処が立っていない弾丸を節約するために木製の椅子を持ちできるだけ高く投げた
「うらっ!」
テーブルは放物線を描き作業着の真上で落下を始めた
「ぐっ!ちっ!狡いことしてんじゃねぇ!」
作業着は降ってきた椅子を片手で薙ぎ払い、その様子を見た市井は確信する
(当たったな、止められたわけじゃない…やっぱり金属限定…あいつを起点とした磁石みたいなもんか)
市井の考察通り作業着は銃弾を磁力で反発させ威力を殺して受け止めた。しかし作業着の体の磁力は市井の想定よりも強力で銃弾の鉛を反発させ受け止められるほどの磁力を帯びている
「死に腐れェェ!」
作業着は金属製の手すりを引き抜き磁力を込めて投げつけた
「っ!真里!走れ!」
「きゃぁ!」
2人は壁から離れ、走り出すと作業着が投げた手すりは壁を完全に破壊し、地面を砕いて突き刺さった
「待ちっ!やがれぇぇ!」
作業着は走りながら周囲の金属製の物を引き寄せては投げるを繰り返してモールは破壊尽くされていく、怒りのせいか精度は悪く市井達はなんとか避けモールの出入り口にたどり着くが踏みとどまる
「外はまずい!真里こっち!」
「えっ⁉︎」
外の駐車場には自分たちが乗ってきた車を含めて多くの車が停まっている。作業着を外に引き連れて出れば大量の車に押し潰されることは明白だった。市井はモール内で作業着と戦うことを決心し、外に出ずに通路を曲がり少し行った先で立ち止まる
「真里、俺の後ろに」
「うん」
市井は銃を構えて作業着を待ち構える、作業着は直ぐに出入り口の前にやってきた
「観念したか?ぶち殺す!」
銃を構えた市井を見て作業着は銃弾を受け止めるために金属を反発させる磁力を纏う。
市井は割れて尖ったタイルを忍ばせており、銃は撃たずにそれを投げつけるつもりだった。市井が投げようとした時、モールの出入り口からエンジン音と破壊音が響いた
「なっ!くっそ!」
モールの出入り口から車が突っ込み、磁力を反発させていた作業着は突如近づいてきた車に弾かれて吹き飛んでいった
「おーい!俺の想像よりもまずい状況だったらしいな!」
「拓殖さんっ⁉︎」
助手席の窓を開けて拓殖が市井たちに声をかけた。2人は拓殖の車に駆け寄った
「なんで…」
「羽駒、お前のやるべきことはなんだ?俺は言ったはずだ」
拓殖の言葉で市井は八乙女を見る、八乙女の顔は真っ青で恐怖に満ちていた
「さっさと逃げろ、お前は自分の大事なもののことだけ考えろ!」
「っ!」
市井はなんとかしようと必死になるあまり今の八乙女のことを気にしていなかった。
殺させるかもしれない、人が死んでいる、市井が殺した、度重なる不安要素で八乙女の精神は限界だった
「ごめん、真里…拓殖さん…」
「行けっ!」
「っ、はい!」
市井は八乙女の手を引きモールから逃げ出した。
拓殖が満足そうに頷き正面を見ると、血だらけになった作業着がゆっくりと立ち上がっていた
「っ、くっ、そがぁ!テメェは誰だよ!」
「はっはっはっ!ボケた爺さんさ!ブレーキは右だァァ!」
拓殖はアクセルを踏み車は進む。その時拓殖には壊れたモールと作業着ではなく別のものが見えていた
「あぁ、久しぶりだ」
拓殖は目を閉じて、穏やかに笑った
「失せろっ!」
作業着は車を磁力で受け流し、反発させながら吹き飛ばし、2階まで吹き飛んだ後落下し、車は原型を留めてないほど破壊されていた
「あいつらっ…ちっ!」
作業着は車には目もくれず市井たちを追おうとしたが、足に力が入らず膝をつき頭を下げる。
視界には自分の血が地面に滴り落ち、頭に急激な痛みが走り、吹き飛ばされたダメージは思ったより深刻だったと悟る
「はぁ、はぁ」
荒い息を吐き気を失いそうになるのを必死で耐えると、外からサイレンの音が聞こえ、モールから去ろうとするがうまく足が動かない、なんとか顔を上げると、爆音が響いた
「おい!おっさん!生きてるか⁉︎」
爆音の方向に目をやると黒マスクが店内を爆破しながら自分の方に向かってくるのが見えた。
作業着はなんとか立ち上がり、ピンクの死体の元へふらふらと歩いた。
黒マスクは作業着が動いている様子を見て安心したかのように少し笑うが、地面に横たわって動かないピンクを見て表情を変える
「おいおっさん、ピンクは…」
「……わりぃ…」
作業着のか細い一言で黒マスクはピンクが死んでいることを理解し、拳を握り締めた
「…サツが来る、さっさといくぞ」
黒マスクは作業着に肩を貸しながら、周囲に爆弾を投げ爆破させる、その瞬間モールは音を立てて崩れ始めた。
その後黒マスクは自分が乗ってきた車に作業着を乗せてモールを去り、人気のない場所で作業着の怪我の手当てをした。その間2人に会話はなかった。
黒マスクが治療を終えると、作業着が口を開いた
「…割に合わないんじゃなかったのか?」
「……俺たちの任務は終わりだ。上に市井羽駒の脅威を伝えて応援を呼んだ」
黒マスクは作業着たちと別れた後に、自分含めた3人を任務から外すように頼んでいた。
市井羽駒は危険で自分たちの手には余ると、黒マスクの言葉を聞いた作業着はそのことを察し、質問する
「俺たちのためか?」
「それはっ…ちっ!」
黒マスクは目の前で2人が市井に撃たれるのを見た時このまま追ったら誰かが死ぬと思い、怖くなった
「世の中死んで欲しいやつばっかりだ、俺をいじめてきたクズ、助けを求めても何もしなかったクズ、そのくせ俺が悪いことをすると寄ってたかって責めてくるクズ、世の中クズばっかりだって腐ることしか知らないクズ…クズにだって死んでほしくないやつぐらいいる」
「…ピンクは…本名すら知らない、頭も悪い、俺を舐め腐ってる、ヒス起こして騒ぐ、まあツラは良かったな、それに俺のことを憐れまなかった」
3人とも居場所がなく、人工神の教会に流れ着いた。お互いの名前も知らない、ただやれと言われたことを好き勝手にやるだけの仲だったが、その関係を気に入っていた。
2人はここにはいないピンクのことを思い出す。
仕事をしないピンクと黒マスクに文句を言う作業着。その時もピンクは笑ってふざけていた、そんな姿を見ると自然と全員が笑ってしまっていた。
作業着が酔って身の上話をしてもピンクは同情も嘲笑もしなかった、自分の方が不幸だと笑い飛ばし、作業着は何故かそれに救われた
「俺は行く」
作業着は立ち上がる。
黒マスクは作業着を止めようと手を伸ばすが、途中で手は止まる
「…行ったところで…」
「俺もそこまで馬鹿じゃねぇ、騒ぎを起こしすぎた俺の顔はもう割れてるだろ、この前の騒ぎで処分されたやつと違って、知りすぎてる俺は幻想省に捕まる前に身内から殺される。幻想省に捕まっても同じどうせ俺は死ぬ、今や市井羽駒と同じ立場だ。間違いだらけの人生さ最後まで間違い続けてやるよ」
作業着はピンクの仇を討つために市井羽駒を殺すつもりだった。1人で行くつもりの作業着に黒マスクは自分も行くと言う言葉を言えずにいた。そして作業着が離れた時、黒マスクは木製のボウガンを作業着に向け、作業着は立ち止まる
「…俺は怨まねえぞ」
「…ちっ」
異能力 劣化錬金術
材料が揃っており、構造を理解していれば瞬時に物体を構築できる
黒マスクはボウガンを作業着に投げて渡し、異能力を使い一瞬で爆弾と鉄製の矢を生成し、床に置き車の鍵もその場に落とす
「爆弾はセットしたら、あんたの磁力で起爆するようになってる…あんた自身に価値があるなら、上も処分じゃなく保護してくれるかもな」
「…ありがとうな」
黒マスクは作業着とは別の方向に歩き出し、途中で立ち止まった
「なあ、あんたの名前は?」
「…はっ、根津だ。根津三打お前は?」
「堀霧朝人、またな根津のおっさん」
堀霧は振り向かずに片手を上げ歩き出し、根津は堀霧が残したものを拾いながら笑い、堀霧が見えなくなると呟く
「あばよ朝人…あーあ、もっと早く…」
堀霧はしばらく歩いてから立ち止まり座り込む
「はぁ、もっと早く…」
「「知り合ってたらな」」
根津と堀霧は違う場所で同じことを呟いた。
2人ともこれが最後の別れになると直感があった




