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幻想省活動記録  作者: 長野原
正義のプロセス

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ep7

襲撃から逃げた市井と八乙女の2人は当てもなく車を走らせていた、普段なら会話の絶えない2人だが車内には気まずい沈黙が流れていた。

怯えながら俯いている八乙女に聞きたいことは色々とあったが、市井はなるべく明るく話しかける



「俺の能力も捨てたもんじゃないね、ゴミ箱にゴミ入れるのが楽程度にしか思ってなかったけど」


「……」



八乙女から返答はない



「ゴミ箱に入れるのにもコツがあってね、普通に投げるんじゃゴミ箱に当たるだけで入らないんだよ、だから放物線を描くように投げてゴミ箱内部に当たりやすいように」


「羽駒くん、ごめんなさい…」



市井の雑談の途中で八乙女は小さく呟いた。

その発言で市井は話すのをやめた



「…何があったか聞いてもいい?」


「…うん」



八乙女は時間をかけてゆっくりと今日、自分に起こったことを語り始め、市井は口を挟まずにそれを聞いた。




「それで逃げて…部屋で震えてた…」



語り終えると八乙女の目から涙が溢れていた



「そっか…」



言いたいことはあった、責める気持ちがないと言えば嘘になるが、今は八乙女が無事なことに安堵した。それに責めている場合じゃないほど事態は危機迫っている



「とにかく、無事でよかった。これからどうするかだな…あ、事態が落ち着いたらお説教だからな?」



八乙女は顔を上げると、そこにはいつもと変わらない市井の横顔があった。迷惑をかけ、巻き込んでしまったが、市井は八乙女を見捨てる気は毛頭なく、2人でなんとかしてくれようと考えている。それがたまらなく嬉しく、落ち込んでいる暇はないと、涙を拭い、自身を奮い立たせた



「羽駒くん、ありがとう」


「うん、どういたしまして」



これからのことを考えるにしても、追手の規模もわからず、誰が信用できるのかもわからない。そもそも市井は人工神の教会や八乙女が言う異能力についてもほとんど知らなかった



「それで、警察や国にも頼れないってのはどう言うこと?その幻想省ってなに?」


「私も人工神の教会で聞いた話なんだけど、異能力者を危険分子として排除してるって、それに…目の前で、人が殺されているのを…見ちゃった…」



駅で高橋が倒れる瞬間を思い出し、八乙女の顔色が悪くなる



「…わかった、確かに俺も今まで生きてきて幻想省とか異能力とか全然知らないのは違和感がある。真里を信じるよ」



そうなると、頼れるものか存在しない今の状況は絶望的だった。市井は唸りながら頭を働かせるが現状、日本から逃げる以外に思いつかない、しかし、海外に逃げるにも2人はパスポートも持っておらず、何かしらのコネもない。

そんな中、八乙女がふと呟いた



「あの人なら…」


「あの人?」


「…私を人工神の教会に勧誘した人、確か「遺跡の男」?って名乗ってた。その人なら助けてくれるかも…」


「…遺跡の男?明らかに偽名じゃん。それに人工神の教会のやつなんじゃないの?」



市井の最も過ぎる疑問に八乙女は真剣に答える



「あの人は人工神の教会じゃないと思う。勧誘された時に聞いたら、頼まれただけって言ってたし、なんか…なんとなくだけど人工神の教会を馬鹿にしてるような…そんな感じがしたの。それに多分悪い人じゃないと思う」



八乙女は「遺跡の男」と接触した時を思い出す。

突然現れ、自分の悩みを言い当て、人工神の教会へと導いた、若い男の姿を。

遺跡の男は八乙女の質問に全て優しく答えた、しかし、人工神の教会に入っているのかと言う質問だけは、小馬鹿にするように、まるで子供の遊びに仕方なく付き合う大人のような態度で否定したことを、そして、八乙女は遺跡の男に対して、市井と同じような安心する感覚を感じていた。だからこそ彼なら助けてくれるかもしれないと思った



「うーん、少し気になるところはあるけど、俺も当てがあるわけじゃないしな…探してみるか、それでどこにいるかわかる?その遺跡の男とやらは」


「…ごめん、私も一回しか会ったことないから、でも、先週新しく勧誘されたって人が来たから、近くにはいると思う。その人は千葉に住んでるって言ってた」


「千葉ね、行ってみるか」



市井はハンドルを切り、千葉へ向かうことに、いるかもわからない相手を頼りに、日本から逃げ難くなる太平洋側へ向かうのは不安があったが自分より異能力についての知識がある八乙女を信じることにした。

しかし、市井も別にプランを考えつつ車を走らせる、その時足元に何か落ちているのを見つけた



(これ…まさかな)



実物は見たことがないが日本にこんなものがあるわけないし、八乙女に言っても不安にさせるだけだと市井はその物体を見ていないことにした。


しばらく経ち東京を抜け千葉に着く頃にはいつのまにか空が白んできていた



「ふぁぁ、どこらへん?」



市井は欠伸をし、眠い目を擦りながら八乙女に聞く、アパートからかなり離れ、追手の気配もないため緊張も解け眠気が押し寄せてきていた



「羽駒くん、そろそろ休もう?ごめんねずっと運転させちゃって」


「ドライブみたいで楽しかったから別にいいよ、でも事故ったら元も子もないし…ふぁぁ、ちょっと寝るか」



気を遣って楽しかったと言ったが、実際市井の眠気は限界で追手の気配もなく、目的地である千葉県に辿り着き、休むにはタイミングも良かった。

市井は適当な場所に車を停めた



「ちょっと仮眠する」


「うん、ありがとうね」



市井は肉体的にも精神的にも疲れていたため直ぐに寝息を立て始めた。

八乙女も疲れはあったが何故か眠る気にはなれず音を立てないように気をつけながら車外に出る。

あたりは明るいがまだ人が営みを始めるには早すぎる時間のため人影はなく、考え事をするにはうってつけだった



「はあ」



八乙女は息を吐きながらしゃがみ込み、運転席にいる市井を眺める。



八乙女真里は生まれてから一度も親から愛情を感じたことがなかった。

思い出せる一番古い記憶は両親の怒号だった



「これっぽっちでどうやって生活すんのよ!」


「テメェがバカみてえなバック買うからだろ!そもそもなんでガキなんて産んだんだよ!」


「あんたが調子に乗ったからでしょ!女の妊娠は男に全責任があんのよ!あんたのせいだ!」


「テメェの腹から出てきたんだ!オレには関係ねえ!」



幼い八乙女は怒号が収まるのを息を殺して待つことしかできなかった。泣いたりでしゃばったりしたら二人から容赦のない暴力を振るわれる、八乙女が何もしていなくても両親の虫の居所が悪いと暴力を受ける、八乙女はできるだけ両親とは関わらなかった。幼い子供が覚えるには悲しすぎる生存戦略だった。

そんなある日、母親不在の状況で父親が初めて八乙女の頭を撫でてくれた時があった



「えーと、真里だっけか…あの女には何もいうなよ?」


「うん!」



その後、八乙女が父親と会うことはなかった。

帰ってきた母親が発狂して八乙女を殴りつけた



「あのクソ男!全部持って行きやがった!ゴミだけ置いていきやがって!」



暴れる母親から逃げるために八乙女は家を飛び出して近くの公園で泣いていた。

殴られた痛みより、父親に撫でられたことを思い出し泣いた。優しさに触れて期待してしまったその落差で涙が止まらなかった



「大丈夫?」



そんな時自分と歳が変わらない男の子が現れ子供らしくない白いハンカチを渡してくれた。

それが市井羽駒との出会いだった。

市井は八乙女が泣き止むまでそばにいてくれ、優しく微笑んでくれた、愛されたことのない子供にとってそれは劇薬だった。

その後八乙女の生活は一変した。母親は家に帰ってくることが減り、不定期で使い方を知らない金が家に置いてあった。金額は子供が生活するには不十分で、家は水も電気も止まっていた。八乙女は逃げるように公園に入り浸った



「羽駒くん!」


「今日はなにしてあそぼうか?」



公園にいれば市井が来てくれる。

2人は毎日のように遊んでいた。

やがて2人は学校に通う年齢になり同じ学校に通うことに、そこで八乙女は両親以外の悪意に晒されることになった



「なんでいつも同じ服着てんの?」


「お前の母ちゃんやばい仕事してんだろ?」


「貧乏人だ!」



道徳心が育っていない子供は簡単に人を傷つける、幼いから仕方ないと割り切るには八乙女も幼すぎた



「やめろよ!」



八乙女が泣いている時助けてくれる存在が市井だった。

いつも助けてくれるヒーロー、八乙女にとって市井羽駒はそんな存在になった。

だからこそ八乙女は怖くなった、自分には市井に助けてもらえる価値のある人間なのかと、いつか市井も自分の頭を撫でて2度と戻ってこないのではないかと、八乙女は必死に自分にできることをした、生活力も学力も身につけた。

市井の隣を歩くために努力した。

そして高校生になったある日、やけに機嫌のいい母親が珍しく話しかけてきた



「ねえ、あんたデカくなったね」


「…うん」


「誰のおかげで大人になれたと思う?」



そのすぐ後知らない男が家にやってきた、母親は遊ぶ金欲しさに娘を売った。

最初から市井以外には期待はしていなかったがこんなことになるとは思っていなかった。

押し倒され悲鳴を上げると男は八乙女を殴りつけた



「うるせえ!なあ!本当にいいんだな?」


「好きにして、立派に育った野菜を金に変えない農家はいないでしょ?」


「「ぎゃははははは!」」



汚い笑い声が響く中、八乙女はこれから訪れる苦痛に耐えきれず目を瞑った。そして心の中でヒーローに助けを求めた



「真里!」



八乙女の人生で唯一人よりも幸福なことは、ピンチにはいつも市井羽駒ヒーローが来てくれることだ



「羽駒くんっ!」



目を開けると市井は男を殴り飛ばし八乙女に手を差し伸べていた。

喚いている母親を無視して2人は逃げ出した



「真里!遠くに行こう!2人で!」


「うん!2人で!」



市井は自分を救ってくれ、共に生きることを選んでくれた、2人はその足で地元を離れた。

苦しい生活の中でも八乙女は幸せだった、市井と笑い合っていたから



「真里、俺と結婚してくれないか?指輪も金も何もないけど、もう1人にはしないって約束するから」


「……」



市井は18歳になった日にプロポーズをした、しかし八乙女は頷くことができなかった。

怖かったからだ



「ごめん、もうちょっと生活が安定してからの方がよかったよな…待っててくれる?」


「うん、ごめんね羽駒くん…」



そして八乙女は市井に怖くて聞けないことがある、なぜいつも自分を助けてくれるのか?と





「私は羽駒くんの足を引っ張ってばっかり…」



八乙女は座り込み自己嫌悪に陥っていた。

市井が仮眠を始めて30分が経った時、近くから車の音が聞こえた。その瞬間道路標識が八乙女に向かって飛んできた



「え!」



道路標識は八乙女の近くに大きな音を立てて突き刺さった



「ああ、外れた」


「下手くそ」


「のーこーん!」


「うるせえな」



道路標識が飛んできた方向を見るとアパートで襲ってきた3人組が車を停めて近づいてきた。

なぜこの場所わかったのかとパニックになり八乙女は慌てて市井を起こそうと車に近づく



「は、羽駒くん!」


「はい!チーズ!」


「はっ、ゲホッ!はぁ、はぁ」



ピンクがそう言った瞬間、八乙女は体が重くなり急に体調が悪くなり息が吸いづらく咳が出る。急な体調の変化に対応できず膝から崩れ落ちる



「ピンクちゃんねー、へーんな風邪になーるの得意なーんだー」



異能力 あなたの病気はピンクから

ピンクが発病したことがある病気を全身を視認した生き物に押し付けることができる。

効果は1秒視認ごとに1分持続する。


ピンクは立ち止まり八乙女を視認し続け、他の2人が八乙女に近づく



「市井羽駒はどこ行った?」


「普通に考えたら車だろ、頭を使え」


「…お前は言葉に棘を仕込まないと死ぬのか?」



作業着が舌打ちをしながら車に近づこうとしたとき運転席の扉が勢いよく開かれた



「お前ら!気をつけろ!」



作業着と黒マスクの視線が運転席に向いた瞬間助手席の扉が開き、そこから市井が転がり出て朝の静かな空気を切り裂く乾いた音が響き渡った



「いっ!いったぁぁい!」



ピンクが叫びながら血が流れる左足を押さえながら蹲る。

市井の手にはハンドガンが握られており、作業着と黒マスクは急いで身を隠す



「まずいぞ!市井に視認されるな!」


「よりによってなんで市井があんなもん持ってんだよ!」



作業着と黒マスクが泣き叫ぶピンクを引き摺り物陰に隠れる。

そしてピンクを撃った市井は冷や汗をかきながら呟く



「…マジか、本物かよ…やばいやつの車盗んじゃった」



異能力 的中天狗礫(てんぐつぶて)

自分自身の意思で放たれたものが狙ったものに確実に当たる。

狙ったもののどこに当たるかはコントロール不能


市井は銃を構えながら八乙女に手を貸して車に乗せる。

市井の異能力を知っている作業着と黒マスクの2人は隠れることしかできなかった



「これは割に合わないな」


「いたいいたいいたい!」



市井の異能力と殺傷能力の高い遠距離武器は相性が良すぎる。

戦ったら確実に銃弾が当たる相手に黒マスクはやる気を失い、ピンクは戦線離脱、しかし作業着だけは市井を殺すことを考えていた



「仲間が撃たれてんだ!やられっぱなしでいれるか!当たる場所は決められねーんだろ?」


「ああ、確実に人体に当たるがな、銃弾を喰らってもいい場所はあるか?」


「嫌味なガキだな!クソっ!」



作業着が市井の様子を見るために物陰から覗くために手をかける、その瞬間を市井は見逃さず、瞬時に引き金を引いた



「ぐあっ!」


「おい!余計なことすんな!」



銃弾は作業着の右手に当たり指を数本吹き飛ばした。

そして市井は車に飛び乗りその場を後にした。

作業着とピンクは怪我ですぐに追うことができず、黒マスクはもう追う気は無いようだった。

しばらく経ち、黒マスクが応急処置を終えると2人に告げる



「俺は降りる、割に合わない。あんたらはどうする?」


「は?やられっぱなしでいられるか、ぜってぇ殺す市井羽駒!」


「ピンクちゃんもー、ずっとー、足がーいたいのー、許さない」



市井に撃たれた恨みを晴らそうと怒りをあらわにしている2人に黒マスクは呆れながらその場を去る



「もう少し賢くなれよ。まあ、勝手にしろ」





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