42話「街を一望出来る丘で……。クヴェルがアデリナに伝えたかったこと」
「はぁ〜〜。
やっと外に出れたぁ〜〜!」
城門をくぐり抜け、新鮮な空気をお腹いっぱいに吸い込む。
変態王太子のいるお城から離れられたし、トリヴァイン王国とも縁が切れたし、スッキリ爽快な気分!
「クヴェルたん、美味しいものでも食べてから宿に帰ろうか?」
昨日、ミドガルズオルムによる汚染問題を解決したばかりだから、まだお店に食材が行き渡ってないかな?
そうなると当分は保存食かな?
ギルド長さんがこの街の美味しいものを記した地図をくれるって言ってたけど、そのリストを貰っても、お店が開いてないんじゃ意味がない。
「まだ、流通が回復してないかな?
どう思うクヴェルたん?」
クヴェルたんは顎に手を当て、難しい表情で何かを考えているようだった。
「クヴェルたん、どうしたの?」
彼の肩を叩くと、ようやく彼は顔を上げた。
「……なんでもないよ。
それよりアデリナに話したいことがあるんだ。
少し付き合ってくれる?」
そう言ったクヴェルたんは悲しげな表情をしているように見えた。
「もちろんだよ」
クヴェルたん元気ないみたい。励ましてあげないと!
「よかった」
クヴェルたんがふわりと微笑む。
クヴェルたんの笑顔はいつ見ても癒やされる。
◇◇◇◇◇◇
私達は街を一望出来る丘に来ていた。
クヴェルたんが、今からする話を人に聞かれたくないんだって。
宿の部屋は狭いし、街は混雑してるし、王宮には変態王太子がいるから近付きたくないし……。
そんなわけで、一度街の外に出て王都を一望出来る丘の上に来たのだ。
「ふぁ〜〜〜〜!
こんな綺麗な場所があったんだね〜〜!」
大きいと思っていた王都が小さく見える。
空の上から見た景色も綺麗だったけど、ここからの景色もなかなかだ。
空はよく晴れ、小鳥のさえずりが耳に心地よく響く。
「こんなことなら、お弁当でも持ってくれば良かったね?
ねぇ? クヴェルたん」
クヴェルたんからの返答はなく、彼は険しい表情で西の空を見ていた。
西には山々がそびえ立ち、その向こうにはトリヴァイン王国がある。
「クヴェルたん、トリヴァイン王国からの手紙のこと気にしてるの?」
「……少しね」
「大丈夫だよ。
リスベルンの国王陛下は私達のこと捕まえたりしないって言ってたし。
第一、捕まえようと思ってもクヴェルたんの方が強いし。
それにいざとなったら飛んで逃げちゃえばいいんだから」
リスベルンの王都の生活が落ち着きを取り戻したら、クヴェルたんと食べ歩きをしたかった。
だけどトリヴァイン王国が私達を探してるなら仕方ない。面倒なことに巻き込まれる前に港に向かいましょう。
食べ歩きは次の国ですればいいわ。
「飛んで逃げるか……それもいいかもね」
「クヴェルたん、さっきからどうしたの?」
彼は眉間に皺を寄せ難しい顔をしている。王宮を出てからずっとこんな感じだ。
「でも、アデリナはその選択肢をきっと選ばない……」
クヴェルたんは切なそうにそう漏らした。
どうしてそんなこというの?
どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?
私にも分かるように話してよ。
「あのねアデリナ。
トリヴァインの国王から手紙が来たこと覚えてる?」
「もちろん!
あの内容には腹が立ったわ!
私を国外追放して、クヴェルたんの像を破壊しておいて、今頃になって連れ戻そうとしているなんて!」
私達の都合なんていっさい考えてない。自分勝手過ぎるわ!
「トリヴァインの国王がそんな手紙を出してまで僕たちを保護……捕まえようとしているには理由があるんだ」
「どうせイルゼの王太子教育が上手くいってないとか、
王太子がポンコツだから仕事のサポートをしてとかでしょう?
そんなの自業自得だよ。
絶対に帰らないんだから!」
王太子とイルゼが私にしたことを思い出すと、今でも嫌な気持ちになる。
二人を称賛していた周囲の人間にも、王太子の教育に失敗した国王にも、苛立ちを覚えている。
「そんな理由なら、僕もあの国を放っておくんだけどね」
クヴェルたんは遠い目をして西の空を眺めてあた。
「山の向こうの空が微かに霞んでいるのが見えるかな?」
クヴェルたんが指さした方向に目を凝らす。
「……あら、本当ね」
山の向こう側の空は黄褐色にくすんでいた。
今まではミドガルズオルムの毒で空気が淀んでいたから気づかなかったわ。
私が住んでいた時はトリヴァイン王国の空はいつも澄んでいたのに、あの国の空が霞んでいるなんて珍しい。
「トリヴァイン王国で何かあったのかしら?」
「おそらく、水が枯れ大地が干上がり砂嵐が起きてるんだ」
「えっ?」
クヴェルの言葉に私は息を飲んだ。
「水竜神である僕があの土地を離れたんだ。
今まで通り緑豊かな土地が保てるハズがない」
抑揚のない声で話すクヴェルたんの表情は読めない。
「それじゃあトリヴァイン王国は……?」
「僕があの国の神になる前の状態に戻るだろうね」
クヴェルたんが水竜神になる前、トリヴァイン王国はトリヴァイン荒野といわれ、どこまでも乾いた大地が続いていた。
「僕が離れてからあの土地には雨が降っていないのだろう。
川や池の水は干上がり、井戸は枯れ、作物や人々の生活にも影響が出ているんだろう」
「……っ!」
クヴェルたんはそう淡々と話していた。彼の表情はどこか硬い。だけど彼の瞳には少し寂しさが宿っている気がした。
「僕がトリヴァイン王国に降らせていたのは浄化の雨だ。
その効果でモンスターの被害は少なかった。
だけどその雨が降らなくなったんだ。
王国ではモンスターの被害が増えているだろうね」
そういえば私が王都を離れる時もオークの集団に遭遇した。
あれはクヴェルたんが神を辞めた影響だったのね。
あんな被害が各地で起きているとしたらトリヴァイン王国は……。
「僕はね、アデリナを傷つける公爵夫妻にも、
君の異母妹にも、
異母妹にうつつを抜かす王太子にも、
王太子の教育に失敗した国王にも、
王太子と異母妹が怠惰で愚かで怠け者な無能だと気づかないあの国の貴族にも、
ほとほと愛想が尽きたんだ」
クヴェルは氷のような冷たい目つきで、吐き捨てるように言った。
彼は口ではあれこれ言うけど困っている人を見捨てられない人情家である。
そのクヴェルたんがここまで言うのだから、相当怒ってると思っていいだろう。
「だけどあの国には、
僕たちを宿駅まで乗せてくれたおじさんや、
美味しいアップルパイを焼いてくれた宿駅のおばさんのような、
罪のない優しい人たちも生活している」
クヴェルたんはそう言って目を伏せた。その表情はどこか寂しげに見えた。
「あの国の王族を支持するのは嫌だし、国王や王太子を助けるなんて絶対に嫌だ」
顔を上げたクヴェルたんの目には怒りの色が宿っていた。
あの二人は初代女王レディア様が作った竜型のクヴェルたんの像を破壊している。
クヴェルたんとしても彼らの罪は見過ごせないんだろう。
「だけどあの国の王家を滅ぼし、君を蔑ろにした貴族を粛清し、君が……アデリナが女王になるならもう一度神になってもいいと思っている」
「…………っ!」
クヴェルたんの言ってることが一瞬理解出来なかった。
無能な王族と欲深い貴族を粛清するのは別に構わない。
私が引っかかったのは彼が最後に言った言葉だ。
私を女王にする……?
クヴェルたんが神様に戻る……?
聞き間違いでなければ、彼は今そう言った。
「君がトリヴァイン王国の民を見捨てられないのはわかってる。
君があの国を救いたいと願うなら……僕は手を貸すよ」
クヴェルたんはずっと前からそう決めていたように、決意の籠もった瞳で私を見上げた。
このシーン大人クヴェルの方が良かったかな?
書いてるときは子供クヴェルで決まりだ!と思っていたのですが、読者受けがあまりよろしくない。