43話「アデリナの一番大切なもの」
私が女王になり、クヴェルが神様に戻る。
それは私達の旅の終わりを意味する。
「すぐに決められる話じゃないよね。
今日は少し休もうか」
クヴェルの言葉で、その場はいったん解散となった。
◆
その日の夜。
リスベルンの王宮では、ミドガルズオルムの討伐を祝して宴が開かれた。
「クヴェル、やっぱりここにいた」
クヴェルは昨日と同じ屋上にいた。
ここまで大広間の音楽が流れて来る。
「アデリナ、宴に出なくていいの?」
「偉い人の挨拶とか面倒だから抜けて来ちゃった。
でも、おやつとジュースは貰って来たよ」
綺麗に着飾ってパーティーって気分ではなかった。
「はい、クヴェルの分」
「ありがとう」
クヴェルにグラスとボトルに入ったジュースを手渡す。
私はクヴェルの隣りに腰掛けた。
「ここから見る星空は綺麗だね。
昨日は疲れてて眺めてる余裕なかったもんね」
星空だけじゃない。
街の街灯が美しく輝いていた。
「あの一つ一つに、人々の暮らしがあるんだよね」
昨日まであの中の一つだったのに、遠くから眺めてるなんて変な気分。
「アデリナ、怒ってる?
僕が国を出たこと」
クヴェルが不安げな表情で見上げてきた。
「怒ってないよ」
私は静かに首を横に振った。
「クヴェルは私の為に神様を辞めてくれたんだもん」
国を滅ぼすほどの愛って偉大だわ。
こんな恋、そうそうできない。
「クヴェル、これから話すことを怒らないで聞いてくれる?」
「不穏な前置きだね」
「私ね、テオドリック殿下にプロポーズされちゃった」
「はぁっ!!?」
クヴェルが額に青筋を浮かべた。モンスターと対峙してるときより、怖い顔をしている。
「怒らないでって言ったのに」
「だって!
僕がちょっと目を離した間にアデリナにプロポーズとかありえない!」
クヴェルの額にはいくつもの青筋が浮かんでいる。
「そんなに怒ると血管切れちゃうよ」
「これが怒らないでいられる!?」
クヴェルならそういう反応をすると思った。
「あのね、私がトリヴァイン王国の女王になったら、きっと沢山の人に求婚されると思うの。
地位とか、名誉とか、権力とか、そういうのが目当てで沢山の人が集まってくるわ」
「それだけじゃないよ。
アデリナは綺麗だから、容姿目当てで集まって来る人もいっぱいいるよ」
うーーん、それはどうかな?
クヴェルは私が好きだからそう思うだけじゃないかな?
「クヴェルが神様に戻って、私が女王になったとき。
私が知らない人に求婚されたら、クヴェルはどうする?」
「どうって……」
クヴェルは困ったような表情で、視線を逸らした。
「その度に神様を辞めて、相手に魔法をかけちゃう?」
「神様はそんなに簡単に辞められないよ」
意地悪な質問しちゃったかな?
「私はクヴェルが好き。
他の人と結婚したくないよ」
「アデリナ……」
国より、善良な人たちより、愛する人との生活を選ぶなんて、私は酷い女だ。
「神様に戻っても君の傍にいるよ。
ずっと見守ってる」
「でも、その時はクヴェルは石像の中でしょう?
それじゃあ嫌だよ。
クヴェルを抱きしめたり、撫で撫でしたり、ハグしたり、添い寝したり、……キスだってしたい」
クヴェルの温もりを感じていたい。
「でも、私も鬼じゃないから善良な人たちが困っていたら助けて上げたいとも思ってる」
この気持ちも嘘じゃない。
「でもその為に女王になるのも、クヴェルとの旅が終わるのも嫌。
だから、両方を叶える方法はないか考えました」
私は立ち上がり、クヴェルにネックレスを見せた。
クヴェルが魔力を込めた魔石で出来てるネックレス。
「魔石でトリヴァイン王国を救えないかなって」
「いい案だとは思うけど……。
魔石の効果は永久じゃない。
毒の浄化など短い期間で問題が解決するならいいけど。
トリヴァイン王国が直面してるのは土地の乾燥という、一長一短では解決しない」
「……いつかは効果が切れてしまうのね」
「僕がルーンを刻んだ魔石で五十〜百年」
アデリナがルーンを刻んだ魔石だと十年持つかどうか」
「そんなものなのね」
でもそれだけの時間があれば。
「リスベルンの国王陛下は、ミドガルズオルムを倒したら、私の願いを何でも叶えてくれるって約束してくれたよね?」
「その願い事は有効に使いなよ。
君がトリヴァイン王国の女王になったとき、リスベルンを支配下におくなり、関税を撤廃するなり、有利な条件を結ぶとかね」
クヴェルったらそんなことを考えてたのね。
「それも魅力的なんだけど、もっといいお願い事思いついちゃった!」
この方法なら私もクヴェルも国の犠牲にならずに済むわ。
リスベルン王国の人達にはちょっと迷惑をかけちゃうけど、ミドガルズオルムの脅威から救ってあげたわけだし(主にクヴェルがだけど)
ちょっとだけ協力してもらいましょう!
「クヴェル!
トリヴァイン王国の問題を解決する良い方法が思いついたわ!」
きょとんとしているクヴェルの手を取り、国王の元に向かった。
国王陛下に謁見して、ミドガルズオルムを倒したご褒美にあるお願いをした。
「そのようなことでいいなら」と国王は快く引き受けてくれた。
それから作業用に借りた部屋をもう少し使わせてもらうことにした。
◇◇◇◇◇
部屋に戻った私は、クヴェルに持っている魔石を全部出してもらった。
私は作業場で魔石にルーンを刻んだ。
外から宴会の楽しそうな声や、美味しそうな料理の匂いがしたけど、惑わされず、一心不乱に作業にとりかかった。
今回はクヴェルの手を借りずに、全部自分でやることにした。
だってクヴェルの力を借りたら、あの国の人達は永久に水竜頼りになってしまう。
もう、クヴェルはあの国の神様じゃない。
残酷なことだけど、あの国の人達にはそれを身をもって知ってもらう必要がある。
だから、私だけの力でやり遂げないと……!
◇◇◇◇◇
一カ月ちょっと、宿屋に籠もって魔石にルーンを刻んだ。
最初はのろのろペースだったけど、だんだんとコツを掴んで早く彫れるようになっていった。
調子に乗ってルーンを刻み過ぎて魔力切れを起こして、クヴェルに魔力補給をしてもらうこともあった。
クヴェルから「キスより効率的な魔力供給の方法があるんだけど、試してみる?」そう提案されたこともある。
その方法はここではとても言えないようなアレな方法で……ゴニョゴニョ。
「そ、そういうのは結婚してからね!!」って伝えておいた。
「結婚」というワードにクヴェルは嬉しそうに微笑み頬を染めていた。
それから、テオドリック殿下からのプロポーズは丁重にお断りした。
テオドリック殿下は、「気が変わったらいつでも言ってください。いつまでも待ってますから」と言ってくれた。
私の気が変わることは一生ないので、テオドリック殿下には他の人を探していただきたい。
◇◇◇◇◇
そんなこんなで、一カ月以上かけて八百個近い魔石に水のルーンを刻むことに成功した。
次はトリヴァイン国王との謁見だ。
再び祖国に足を踏み入れずことになるとは思わなかったし、その目的が王家を滅ぼすことになるとは旅に出た時には夢にも思わなかった。
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