41話「トリヴァイン王国からの伝書鳩。鳩は頑張った。鳩に罪はない」
「あれがいる城では落ち着かない。
いや、この国にいること自体が気分が悪い。
僕達は国を出るよ。
ついては、報奨金の支払いと、北の街道に通じる門の封鎖の解除を早急にするように」
クヴェルたんは冷ややかな視線を国王に送る。
彼はテオドリック様の一件から酷く不機嫌だ。
「クヴェル殿、そう、急がなくてもよろしいではありませんか。
ご命令の通り、息子を監禁し、見張りも付けます。
今夜は城を上げて宴を開きます。
せめてそれまでは城に滞在を……」
「はっきり言わないとわからない?
あれがいる場所で作られた料理なんて食べる気にならないんだよ」
クヴェルたんはズバズバと冷たい言葉を放つ。
「僕達の事を思うなら、一刻も早くこの場から去らせてくれない」
クヴェルたんが冷酷な視線で国王を見据える。彼の辞書には「歯に衣を着せる」という言葉はないらしい。
「クヴェル殿の決意は硬いご様子。
引き止めても無駄なようですね。
承知いたしました。
直ちに報奨金のご用意をいたします。
ですから、それまでは城で待機を……」
「それには及ばない。
僕らは町の宿に戻るよ。
今日中に報奨金を全額用意して。
受け取り次第この国を立つ」
クヴェルたんがお城に留まりたくないのは私の為よね。私も一刻も早くお城から出たいわ。テオドリック様から少しでも離れたいもの。
ああいうタイプは生理的に無理。思い出すだけで鳥肌が立ってしまう。
「承知いたしました。
クヴェル殿とアデリナ殿には、愚息がご迷惑をおかけしました。
報奨金のご用意ができ次第、宿にお届けします」
国王は落胆したように肩を下げ、疲れた表情でそう呟いた。クヴェルを留めたいけど、王太子がアレだから、留まってほしいとは言えないようだ。
「そう、できるだけ早く用意してね。
行こうアデリナ」
「うん、クヴェルたん」
あの変態王太子から距離を取れると思うと、正直ホッとしている。
テオドリック様は今までの人生で出会った誰よりも強烈な人物だった。嫌な意味で。
私達が謁見の間を出ようとしたとき、すれ違いで従者が入ってきた。
従者は慌てている様子だったので、気になって後ろを振り返ってしまった。
従者は国王に銀製のサルヴァに乗った手紙を見せ、何か進言していた。
「何、それはまことか!?」
従者から手紙を受け取った国王が顔を強張らせ、声を荒げた。
私には関係ないことだと思うし、一刻も早くお城から離れたい。
だけど、何らかの事態が起きているのは確かで、それを見過ごすのも罰が悪い。
私は踵を返し、国王の前へと向かった。
「陛下、何かあったのですか?」
「アデリナ。余計な事に首を突っ込むのは……」
クヴェルたんが心配そうな顔でついてきた。
「ごめんね、クヴェルたん。
なんか気になっちゃって」
ここで帰ったら、夜寝る時に「国王が慌てていた理由はなんだったのかな?」と気になって、ぐっすり眠れなくなりそうなんだよね。
「おお、クヴェル殿、アデリナ殿、戻ってきてくださったのですね……!」
国王は私達の顔を見て安堵の表情を浮かべていた。
「陛下、険しい表情をされていますね。
手紙にはなんと記されていたのですか?
私達でよければ話してください」
「アデリナ殿の慈悲の心に感謝いたします。
手紙の内容はクヴェル殿とアデリナ殿にも関係のあることです」
国王が私とクヴェルを交互に見つめた。
私とクヴェルに関係があること? それって一体。
「手紙の送り主はトリヴァイン王国の国王、ヨアヒム・トリヴァイン殿だ」
祖国の名前が出て、心臓がドクンと跳ねた。まさかリスベルン王国まで来て国王の名前を聞くことになるとは思わなかった。
トリヴァイン王国がリスベルン王国になんて書いたのかしら? 私達に関係あることっていったい?
国外追放したんだから私の事はもうほっといてくれるといいのに。
「それで、手紙にはなんと記されていたんだい?」
手紙の送り主がトリヴァインの国王だとわかり、クヴェルたんは眉根を寄せ険しい表情をしていた。
「ご説明いたします。
トリヴァインの国王からの用件は二つ。
一つ目は、第十五代国王の時に持ち出した水竜に関する文献を返すこと。
それから二つ目……こちらが重要でして」
リスベルンの国王は手紙から目を離し、一呼吸ついた。
それからまた私達に視線を向けた。
「アデリナという名の少女と、青い髪の少年が現れたら、二人の身柄を保護し、トリヴァイン王国に送り返すように。
そう記されております」
ドクン……! とまた心臓が嫌な音を立てた。
トリヴァインの国王が私とクヴェルたんを探してる?
ううん、探してるだけじゃなく国に連れ戻そうとしてる?
なんでよ! 婚約破棄して、勘当して、国外追放を命じたのはそっちじゃない!
今更私になんの用があるのよ!?
「おそらくトリヴァインの国王は、クヴェル殿が水竜神であることに気が付かれたのでしょう。
文献にも水竜神が青い髪の少年やトカゲの姿になり、街を散策していたと記されておりました。
トリヴァイン王国では文献は焼失したそうですが、先代や、先々代の国王から伝承という形で伝わっていても不思議はありません」
リスベルン国王の推察にそういうことかと納得がいった。
自分たちでクヴェルたんの像を破壊しておいて、今更戻ってきてなんて勝手だわ。
「クヴェルたんを探す理由はわかったけど、私のことはなんで探しているのかしら?」
トリヴァイン王国を出る時、クヴェルたんと一緒に馬車に乗ったり、宿に泊まったりした。
そこから国王は私とクヴェルたんが、今も一緒に行動していると推測したのね。
「恐らくだけど、君の異母妹イルゼの王太子妃教育が上手くいってないんじゃないかな?
イルゼは無知で幼稚で愚鈍だったからね。
イルゼは早々に王太子妃教育に音を上げた。
君を呼び戻し代わりに仕事をさせようと思っているんだろう」
クヴェルたんが冷たい声で吐き捨てるように言った。
私を散々蔑ろにしておいて、イルゼの王太子妃教育が上手くいかないから連れ戻そうとしてる?
馬鹿にするのもほどがあるわ!
「……本当にふざけてるよね……。
どれだけ面の皮が厚いんだか。
逆さ吊りにして魚のように三枚に下ろしてやりたいよ」
憎々しげにそう呟いたクヴェルたんの目は、鋭く尖り、怒りの色を宿しているように見えた。
「国王陛下、私達はトリヴァイン王国に戻るつもりはありません」
「クヴェル殿、アデリナ殿、ご安心ください。
我々も恩人であるそなた達を売り渡す気はない。
そのような事をして、クヴェル殿の怒りに触れたくはありませんからな」
リスベルンの国王は崇高の念が籠もった視線をクヴェルたんに向ける。
「それを聞いて安心しました。
どうかその手紙は燃やしてください」
「ええ、そういたしましょう」
国王は手紙を丸めていた。
国王は従者に火鉢を持って来させると、手紙をその中に焚べた。
トリヴァイン国王からの手紙が灰になるのを確認し、今度こそ私達は王宮を後にした。
読んで下さりありがとうございます。
少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。