40話「恐怖のミミズ毛虫ノミ男! 王宮に響くアデリナの悲鳴!」
一仕事終えた翌日は、ゆっくり休ませてほしいものだわ……。
「クヴェル殿、アデリナ殿!
早朝に訪れた非礼を許してほしい!
そなたたちは起きているだろうか!?
王太子テオドリックの様子がおかしいのだ!
我が息子に何か重篤な異変が起きている!
謁見の間へ速やかに来てほしい!
ことは急を要する……!」
朝日が差し込むベッドの上で小鳥のさえずりを聞きながら、大人のクヴェルたんの美しさを眺めている時に……ドアを叩かれて起こされるのは何度目だろう?
ついに、国王が自らたたき起こしに来るようになったのね……。
従者やメイドが起こしに来たのなら二度寝するところだ。だけど、国王が自ら起こしに来た場合そうもいかない。
仕方なくクヴェルたんを起こして、ベッドから出た。
国王からは「すぐに来てくれ」と言われたが、寝起きのまま向かうことは出来ない。
相手は一国の国王。謁見するには身支度が必要なのだ。
クヴェルたんにライニゲンダー・シャワーをかけてもらい体を綺麗にしたあと、いつもの服に着替えた。
国王の話が長くなると面倒なので、クヴェルたんがアイテムボックスに入れていた食料で簡単に食事を済ませた。
今日はお昼までゆっくり休んで、午後からの宴に参加する予定だったんだけどなぁ。
大きな事件を解決した後だというのに、冒険者に休日はないのかしら?
◇◇◇◇◇
子供の姿のクヴェルと謁見の間に向かう。
謁見の間の扉を開けると、玉座で頭を抱えている国王が見えた。
玉座壇の前には、ロープでぐるぐる巻きにされた銀髪の若い男が床に転がっていた。
謁見の間に簀巻きにされた男がいるなんてただ事じゃないわ! 簀巻きにされた男は国王の命を狙う狼藉者なのかしら?
「もっと、もっと、きつく縛ってくれ……!
このロープは女神のお手が触れた神聖なものなのだ!
そのロープを私の体にきつく巻き付けてくれ!
そうすることで私と女神は一つになれるのだ!」
謁見の間に簀巻き男の声が響く。恐ろしいことに男は顔を紅潮させていて、その声は弾んでいた。
周りにいる人達が、残念な物を見る目を男に向ける。
「クヴェルたん、へ、変態がいるよ……!」
ロープで全身を縛られ、蛇やミミズのように体をくねらせる生き物に、率直な感想が漏れてしまった。
「アデリナ、僕の後ろに隠れて。
ああいう輩には声をかけちゃ駄目だよ」
クヴェルたんが厳しい表情で男を見据え、私を庇うように前に立った。
「今の声は私を助けてくださった女神様のもの!!」
男の声には聞き覚えがあった。確か昨日王太子と兵士を助けたとき、クヴェルたんの背の上で聞いた気がする。
だとすると簀巻き男は昨日助け出した兵士の一人かしら?
銀髪はリスベルンの王族しか持たない色だったはず。ということは簀巻き男の正体はもしかして……。
「ああ、なんという幸運!
女神様と同じ部屋にいられるなど……!
女神が吐き出した息を肺が破裂するほど吸い込みたい……!」
簀巻きにされた男がうねうねと毛虫のように体をうねらせ、身体の向きを変えた。
国王の方を向いていた簀巻き男の体がこちらを向く。その瞬間簀巻き男のアメジストの瞳と目があった。
男は歓喜に満ちた表情を湛え、うっとりとした瞳で私を見つめてくる。
彼と目が合った瞬間、全身に鳥肌が立った。
私は三歩ほど後ずさる。
「おお女神よ! なんて麗しいお姿!!
想像していた以上だ!
神々しいまでに輝く金の髪、白い雪のような肌、翡翠のように煌めく瞳!
あなたが私を助けてくださったのですね!!」
簀巻き男は満面の笑顔を浮かべる。
簀巻きにされたままどうやって立ち上がったのか、男はぴょんと飛び起きると、こちらに向かって跳ねながら近づいてきた。
その姿はまるで一本足で飛び跳ねるノミのようだった。
「いやーー! こっちにこないでーー!」
「ヘルフレイム!!」
私が悲鳴をあげるのとほぼ同じタイミングで、クヴェルが簀巻き男に向かって魔法を放っていた。
クヴェルたんの前に巨大な火球が現れ、簀巻き男に向かって猛スピードで進んでいく。
簀巻き男に火球を避けるすべはなく、高温の炎に包まれた。
「ギャーー!!」
という簀巻き男の断末魔が響く。
火球が消えた後、絨毯の上には人の姿をした真っ黒焦げの物体が落ちていた。
「テオドリックーー!!」
国王が真っ青な顔で真っ黒焦げの物体に駆け寄る。
国王のこの慌てよう、それにテオドリックという名前。
考えたくなかったが、どうやらあの簀巻き男がこの国の王太子テオドリック殿下だったらしい。
元婚約者のエドワード様も大概だったけど、テオドリック様も彼の上を行く変わり者のようだ。
この大陸にはまともな王太子はいないのかしら?
「クヴェル殿よ!
息子にこのような強力な呪文を使うなど……!
いくら何でも酷すぎます!!」
リスベルンの国王は顔面蒼白で、泣きそうな顔でクヴェルたんを睨んだ。
「大丈夫だよ、手加減したから……一応ね。
回復魔法をかけるから、牢屋にでも閉じ込めて、監視をつけて二度と外に出さないで」
クヴェルたんが、ゴミを見る目で黒焦げになったテオドリック様を見据えた。
クヴェルたんは嫌そうな表情で回復魔法をかけると、テオドリック様の火傷が綺麗に治っていく。
復活したテオドリック様は「女神!! 愛おしい人!!」と叫んで上半身を起こしたので、クヴェルたんが王太子にスリープの魔法をかけて眠らせた。
「これが目を覚ます前にさっさとどこかに監禁してくれない?
じゃないと次は氷のルーンでこれを永久に氷漬けにするよ」
クヴェルたんが国王に向ける視線は、真冬の吹雪よりも冷たかった。
クヴェルたんがテオドリック様を「これ」と表現している時点で、彼がどれだけ王太子を嫌悪しているのかが伝わってくる。
クヴェルたんはテオドリック様をもはや人間扱いしていない。
クヴェルたんに睨まれた国王は「ひっ……!」と悲鳴をあげ、衛兵を呼びテオドリック様を謁見の間から運び出すように命じた。
テオドリック様がこの部屋から運び出され、
私は安堵の息を吐いた。
「あれと同じ空気を吸いたくない」
といってクヴェルたんが魔法で謁見の間の全ての窓を開け放った。
春の爽やかな風が吹き込み、澱んだ空気を一掃してくれた。