119 肉祭り
日が傾いてきた。
それと共に気温も下がってくる。
しかし――。
「今日は、豪勢だぞ!」
ゾルカンの明るい声と共に、肉の塊が運びこまれてきた。
たくましい男たちがかつぐ棒に吊された、角豚だったとおぼしき、皮をはがれた巨大な肉塊。
すでにいくつかに切り分けられていたが、それでもなおひとつひとつが人体よりも大きい。
大きな角も、切り取られたものを案内人が持っていた。
角豚が一頭死んだとフィンが言っていた、それだろう。
モンリークや女性たちなど、文字通り血のしたたる肉塊に恐怖を示す者もいたが。
大半は、歓声をあげた。
カルナリアも正直、熊の死骸を思い出し怖気をおぼえたが、美味いと聞いていたので好奇心が上回った。
初めて料理というものをした時、フィンの住処で扱った、鳥の肉だというぬめぬめした塊――あれが肉というものなら、他にも、これまで口にしてきたものの元の姿を、きちんと知っておきたい。
運びこまれたものは、すでに皮をはがれているばかりではなく、血抜き、内臓抜きということもされているそうだった。
皮や骨も加工すれば色々使えるのだが、持っていくには量が多いので、残念だが放置ということになったらしい。
一応は元の形がわかる肉塊が、細かく分解され、原型を留めないものになってゆく光景を、カルナリアは興味深く見物した。
レンカが参加した。
あの湾曲した剣を使い、あっという間に肉の塊を切り刻んでゆく。
男たちが、幼いと言っていいレンカに賞賛の目を向けた。
(ああいうことは……とても、できませんよね……)
あらためて、自分の無力さを実感させられた。
いくつもの大鍋で湯が沸かされ、案内人たちが総出で、肉を切り分けたり焼いたり、使える臓物を洗ったり煮こんだりし始める。
「臭い! どうにかしろ!」
貴族の者たちが鼻をつまんで風上へ逃げた。
「あれ、臭み消しの草とか根っことか入れてじっくり煮こむと、超おいしくなるんだよねー」
気がつくとファラがいた。
杖は持っていない。
ぞっとしたが、害意はない…………はず。自己申告をどこまで信じるかだが。
「明日はきっとあれの煮こみだよ。あの文句ばかりのおっちゃんたちは、食わせてもらえないよ」
「そ、そうですか……」
『王の冠』は狙わない、あきらめると言ってはいたが、メガネの中のファラの目が、何かにつけ自分の首元に来る。
大きな胸はとにかく男に見られると、『若魚』四人の中で一番豊かな少女が言っていた。おそらくこういう感じなのだろう。
「……先ほどは、布、ありがとうございました」
それでも礼はきちんと言っておく。カルナリアのこだわりだ。
「いやいや。騒ぎになるとこっちも困るからねー」
騒ぎは困る。つまりこの旅を成功させなければならない。彼らは本気でバルカニアへ行きたがっている。
カルナリアを害したり、その正体や『王の冠』の存在を露見させるつもりもない。
彼らの目的が相変わらずまったくわからない。
「……あなた方は、なぜ、バルカニアへ?」
「さて、なぜでしょう。私も知らないって言ったら?」
「まあ、答えてもらえるとは思っていません。あの陰険男しか知らないということも十分ありえますし」
「嫌われてるっすねー、まあ当然だけど」
ファラのメガネの縁が光った。
「こっちも質問。
全然隠してなかった、隠すものももらってなかったってことは、それのこと、ご主人様に、言ってないんだね?」
「……ご想像におまかせします……」
そうは言ったが、ほとんど全てを知っているファラは、何もかも読みとっているだろう。
「参るよねえ。本当に、何も知らせてないし、知らないし、それでここまでのことやられちゃさあ。頑張ってるこっちが悲しくなっちゃう」
「あの方が、何を、どのように、どれほどのことをしたというのですか?」
「それは言えないよ。勝手に教えたら怒られる。私の口からは絶対に言えない。…………何も言ってないからねー!」
カルナリアではなく、どこかにいるだろう相手にアピールした。
「いやほんと、どこにいるかわからないってのは、怖すぎるよ」
「あなたでもわからないのですか?」
「あのでっかい木のところじゃ、カルちゃんと同じもの感じたけど、それ以外はさっぱり。認識阻害以外にも何かやってるね。前は感じ取れてたのが、今はわからないようにされてる」
胸当てで隠蔽していると言っていた。
グライルに踏み入ってからは、自分も全然フィンを見つけられなくなっているのはそのせいだろう。
「何なの、あのご主人様は?」
「私も、知りたくてたまらないのです」
「つくづく、とんでもないのと関わっちゃったなあ」
「おかげで、ここまで来ることができています」
「そうなんだよね。こっちからすれば、ここまで逃げこまれてしまったわけで。こうして同じ所にいるのがあり得ない話なわけで。過去の私に、何日か後には『四女』さんとグライルで一緒に豚さんの解体と料理見てるよ、って伝えても、絶対信じないよ」
「私もです。まさかあなたたちと同行することになるとは思ってもみませんでした」
「風の吹き回しにしても、ひどいもんだねえ」
しみじみと言ったファラだが、その目がまたカルナリアの首筋に向いてきた。
ムフッ、と鼻息を鳴らす。
「その…………やっぱりさあ…………ほんのちょっとだけでいいから…………ちょっとだけ、だからさあ……」
粘っこく言いながら、じりじり、近づき始めた。
「だ、だめです。布は助かりますけど、それ以上は」
「いいから、いいから。気にしないから。少しだけだよ。ほんと、少し、ちょっとだけ。指の先っぽだけでも」
胸を狙って男に迫られる気分を成長前に実体験しつつ、カルナリアは後ずさった。
同じだけファラも接近してくる。
おぞましさに鳥肌を立てつつ――あと一歩接近されたら助けを呼ぼうと息を吸った。
背中が何かにぶつかった。
木。
寒気が走る。逃げ場を失った。
ファラが、手をわきわきとさせ、メガネ越しの目は興奮に血走って――。
「本当にちょっとだけだから。何なら、それ見てる間、私のおっぱい揉んでてもいいから」
「え」
一瞬、許してしまいそうになったが――。
「そこまで」
けだるげな声がかけられた。
ファラの真後ろに、いた。
「ヒッ!?」
カルナリアの方が悲鳴をあげてしまった。
ファラは一瞬で氷像と化している。
「何のつもりだ、変態め」
「わ…………私を殺したら……色々、吹っ飛ぶんで…………カルちゃんも、やばいっすよ……」
「やりようは色々ある」
ぼろ布の一部が盛り上がって、ファラの腰のあたりをつついた。
剣の柄を押しつけたのだと思うが――。
「こ、降参、降参っす、はい、降参、まだ何もしてないっす、お許し、お願い、します……」
「では、火を出せ」
「はい……?」
ぼろ布の中から、手持ちの鍋と、それに乗った肉の塊が出てきた。
持っていたのはそれだったのだ。
「夕飯だ。いいところをもらった。お前にも分けてやるから、いい感じに焼いてくれ」
「は、はいっす! すぐに!」
ファラの周囲に魔力が渦巻き、腕から手に移動して。
指先から炎を出す、というようなものではなく。
肉に向けた手の平、全体から熱が放たれて――カルナリアにも熱気が届いて。
フィンが持つ鍋の上、肉の塊だけが、じわじわ色を変え、じゅうじゅう言い始め、実にいい香りが立ちのぼり始めた。
(きれい……!)
腹が期待の音を立てたが、それと同時にカルナリアは、ファラの魔法技術に感動した。
炎魔法と一口に言うが、熱を集中させて火をつけることしかできない魔導師が大半だ。強力なものでも同じ。
その点ファラは、熱そのものを見事に制御して、自在に操っている。
この肉も、強火で焼くのとは違い、全体を熱で包みこみ、内側までしっかりじっくり熱を通している。
ギリアの暴発を防ぎきったことでもわかっていたが、並の魔導師ではない。凄腕だ。
「ほい、こんなとこでどうっすか」
最後にちょっと炎を発して、肉の表面に焦げ目をつけた。
それによる濃い香りがまたたまらない。
見た目も実に食欲をそそる。
ファラには料理の心得もあるのだろう。
「ああ、いい感じだ」
フィンは肉をカルナリアに差し出してきた。
「切り分けてくれ。食べやすいように」
「はいっ!」
奴隷の仕事として当然だ。
今の自分は王女ではない、フィン・シャンドレンのために働くための存在。
色々な串焼きを食べた経験から、食べやすい、いい大きさというものはよくわかっている。
作業中、ファラが口元をヒクヒクさせていた。王女が他人のために仕事している姿に言いたいことがたっぷりあるのだろう。
「塩と、この粉をちょっとだけつまんで振りかける」
小袋が渡され、その通りにすると、これまた刺激的な香りが立ちのぼった。
もう限界だ。
「ど、どうぞっ!」
腹のうずきと口内の唾液がすごいが、まずご主人さまに。
ひょいと手が出てきて、細い木の串を、切り分けた焼き肉の塊に突き刺した。
さらに二本。カルナリアと、ファラの分の串だ。
フィンがぼろ布の中に吸いこんだのを確認してから、カルナリアも串を取り、一口で食べられるくらいに切った肉片を口へ運んだ。
「わあ…………!」
舞い上がった。
飛ぶ心地。
気持ちいい歯ごたえのあるほかほかの肉を噛みしめると、濃厚すぎる旨味が広がる。今までにカルナリア王女として味わったどんな肉よりも美味だと断言できる。
「んほぉ……」
ファラも、自分で焼いた肉に舌鼓を打った。
「これ、心臓っすよ。あの豚さんの」
「心臓……」
カルナリアは焼かれる前の、きめ細かい光沢のあるつややかな塊を思い出した。
「一頭にひとつしかないっすからね。貴重なとこっす。精もつくっすよ」
確かに、食べれば食べるほど体が熱くなり、力が湧いてくる気がする。
「火加減も見事だ。美味い」
フィンも満足そう。
女三人で、かなり大きかった塊をあっという間に平らげてしまった。
口直しの果実を渡される。酸味の強い、小さな赤い粒。口がさっぱりした。
まだいける。全然、もっと食べられる。
次がやってきた。
「これ、ゾルカンが、どうぞと…………フィン様に…………」
レンカが、骨のついた大きな肉の塊を持ってやってきた。
おずおずと。
上目づかいで。
頬を赤らめながら。
カルナリアの目がつり上がって、フィンとレンカを猛烈に往復した。
焼き肉。遠赤外線でじっくり。一家に一台、ファラ・リスティス。そして突然発生する修羅場。次回、第120話「醜態」。やや残酷というか、下の表現あり。




