120 醜態
当作品へのレビューいただきました。やる気がこれまでよりさらにアップしました。ありがとうございました。
「ご苦労」
まるで自分の従者に対するようにフィンは言って、骨付き生肉を、手を出して受け取ろうとした。
「あ……!」
ついカルナリアは声をあげる。
麗しい手をレンカが見ている。
感動して見つめている。
うっとり、夢見心地で。
そして、その手に手を重ね――あるいはもっと濃密なことをやろうと……。
「……大丈夫だよ~」
ファラが、白けたように言った。
「レンカちゃん、もう完全にぶっ壊れちゃってるから。他の相手にはともかく、ご主人様には何にもできないよ。面白いことにはならないから」
ぶっ壊れる、とはどういうことか。
次の瞬間――。
骨付き肉をフィンの手に渡したレンカが、手品のように、一瞬であの曲剣を抜いていて。
殺気がほとばしったが。
骨を握ったフィンが、指を一本だけ伸ばして、レンカの眉間に向けていた。
ただそれだけ。
だが、剣を手にしたレンカの目が、フィンの指を凝視して、寄り目になって。
「あ…………」
その手から剣が落ち。
レンカ自身も、その場にへたりこみ、後ろへ倒れていって。
白目をむいて痙攣し始めた。
その股間に、染みが広がっていった……。
「あ~あ。またか。よしよし、今きれいにしてあげますからねー」
衝撃的な光景に固まるカルナリアをよそに、ファラはレンカを介抱すると、その下半身を魔法で洗浄し始めた。
「…………あの………………これは…………」
「見なかったことにしてやれ」
フィンは言うと、骨付き肉を持ったまま移動し始めた。
「これは、あちらの火で焼かせてもらおう」
レンカの醜態を見せないように配慮したのだろうか。
「あの、あれは、一体?」
「色々あって、あの子は、私を襲おうとすると、ああなる体質になってしまった」
「色々とは?」
「本人が言い出すならいいが、私からは言わない。可哀想だ」
「………………」
自分の知らないところで、何があったのだろう。
そもそも、タランドンでフィンから聞かされた一連の話の中に、レンカはまったく出て来なかったのだが……どこで接触したのだろう。
あの恐ろしい殺し屋があんな風になってしまう、どんなことが起きたというのだろう。
さらに、あの醜態と、レンカの「色」に見えた濃厚すぎるほどの恋の色は、どうつながるのだろう。
また謎が増えた。
山盛りに増えた。
謎といえば――。
「おう、ぼろ、助かったぜ!」
案内人たちが、妙にフィンに感謝してくるのも謎だった。
「あんたがいなかったら、半日仕事だったよ!」
「すごかったよなあ、そりゃお頭も自由にさせるわけだよ!」
「明日からも頼りにしてるぜ、ぼろ!」
「…………何をなさったのですか?」
「落ちた岩の向こうへ行ってな。少し手伝った」
「少し、ですか?」
「私がいっぱい働くと思うか?」
「貴重な部分や、いいところのお肉を沢山分けていただくために、働いたのでは?」
「いや。めんどくさいことはしなかった。運びやすいようにする手伝いをちょっとしただけだ。それでこんなに食べられるんだから、いい仕事だった」
この人物の言う「いい」は、最小限の労力で最大の結果を得られた、という意味だ。
(運びやすくする手伝い…………)
すでに分解されていた肉塊が運びこまれてきた光景を思い出す。
息絶えたばかりの大きな角豚を、あんな風に切り分ける手伝いをしたということだろうか。
それはそれで働いたことにはなるが、最もいい部位をもらえるほどかというと、どうも疑わしい。何か、普通ではないことをやったのではないだろうか。
(このひとの、全てを知ることができる日は、来るのでしょうか……)
「それ、焼くの時間かかるだろ。こっちはもう焼けてるぞ、ほれ、食え! お嬢ちゃんも!」
上機嫌の案内人たちは、とてもよくしてくれた。
しっかり火の通った骨付き肉は、こちらも最高の味わいだった。
骨のまわりのところが特に美味で、手に持ったまま、他の者たちがやっているようにがぶりとかじりつき、野趣いっぱいの味と食べ方に、愉快な気分になった。
彼らの醤を塗ってから焙ったものも、極上だった。
さすがに食べ方をよく知っていて、様々な部位ごとに、切り方、火の通し方などが使い分けられており、どれもこれも美味かった。
肝臓を焼いたものというのは特に気に入った。新鮮なものだからこその濃厚な味わいだそうで、少しでも時間を置くとくさみの方が強くなってしまうとのこと。
口の周りにいつの間にかべったり脂がついていた。これで拭うといい、とやわらかい草の葉を教えてもらった。スキッとした香りの立つそれもまた心地良かった。
「お腹、いっぱいです……」
「そうか。良かった」
フィンが頭を撫でてくれた。
もしかするとこの人は、私に食べさせるために、本来なら無傷で立ち去ろうとしていた角豚を、一頭倒したのではないか。
そんな考えが頭に浮かんだが――。
(まさか、ですね)
あの大きさ、あの硬そうな皮と大きな角を持ち突進してくる獣を、剣一本で簡単に倒せるはずはない。カルナリアは常識でそう判断した。
完全に暗くなる前に、客たちはそれぞれ天幕に入った。
客たちも肉を振る舞われたようだが――。
カルナリアのように、いいところを、たっぷりもらえた者はいなかったようで。
「いいなあ。なんでお前だけ」
案内人たちと食べている所を見られていたのだろう、食べ盛りを迎えつつある子供のカルリトに、恨めしげに言われた。
女班の天幕内には、同じようにたっぷり食べることを許されたファラとレンカもやってきていたが。
「ほい、お湯だよー」
女性客たちに、容器を出させると、そこに魔法で作り出した水を注ぎ、熱してゆく。
一日歩いた体を拭うための湯だ。
その特殊技能を見せられては、彼女がいいものを食べることに文句は言えない。
レンカは、目つきが危険すぎて、一般人は威圧されるばかりだ。
そもそもズバズバと肉の塊を切り分けてゆく手並みを見せつけている。
となれば、ただの奴隷であり、主人が何者かまったくわからないのにいい思いをしているカルナリアに、ねたみや嫌味が向くのは仕方のないことである。
女性たちは、それぞれ服を脱いで、肌着の下に手を入れて体を拭い始めた。
カルリトは、母親にしっかり拭ってもらっている。
カルナリアもお湯をもらい――。
「………………」
ファラの、まばたきせずにこちらを見つめてくる目に、とてつもない居心地悪さをおぼえた。
タランドン城で、着替えは全部記録しているとおぞましいことを言っていた。
ここでもコレクションに追加されるのだろうか。
また、自分の衣服が、下着に到るまでたっぷり金をかけてもらった、いいものだというのをみなに知られるのも良くないと思ったので、できるだけ脱ぐことはしないでおいて、服の隙間に熱い布を入れて拭くことで我慢した。
「ちぇーーー」
露骨に不満そうにされたが、知ったことか。
むしろ逆に、ファラが脱いで体を拭うなら、その見事なものをしっかり目に焼きつけてやる……。
「ほい、『洗浄』っと」
暖かな湯気が巨乳魔導師の周囲で渦巻いて、彼女だけを包みこみ、消えていった。
花のようないい匂いもした。
魔導師はいいなあ、と心から思う。
レンカは、先にもう洗われているせいか、何もされなかった。
「さて、夜の番だけど」
班長たるエンフが、ファラとレンカにどうするか訊ねた。
ちなみに天幕内は、奥に一般人三人とカルナリア。つまり非戦闘員。
入り口側に、カルナリアと頭を付き合わせるかたちでフィン、その隣にエンフ、レンカ、ファラの順で寝床がしつらえられている。
「私は、全体に隠蔽魔法かけたし、この天幕のまわりに警報とちょっとビリッとくる防御魔法かけたんで、お仕事終わりってことで、寝かせてもらいます。でも何かあれば遠慮なく気にせず起こしてください」
ふざけなければかなりの美人だなと、カルナリアはきちんと話すファラを見てあらためて思った。
「オレは、眠いのを我慢するより、先に寝て、途中で起こしてもらう方がいい。なので、後番を引き受けたい」
「わかった。悪いね、ちっちゃいのに。助かるよ」
「子供扱いはしないでいい」
「すまなかった。では、頼む」
レンカは、きちんと洗われ、乾かされていて、少なくともあの醜態を思い起こす痕跡は衣服にも態度にもどこにもなかった。
そして、フィンは――。
(いらっしゃいませんね……)
寝床の支度はしたのに、姿を見せない。
ファラ、レンカと一緒なのを嫌がっているのか。
しかしカルナリアをこの二人とずっと一緒にさせておく、という真似をするのも考えづらい。
不安にかられつつ、来てくれるのを待っていると。
「むっ!?」
横になる準備をしていたレンカが、いきなり身構えた。
そして、あっという間に天幕を出ていってしまう。
「…………なんだい?」
「外で、何かが起きました。戦いか何か――殺気みたいなのが」
ファラの言葉にぎょっとして、エンフも外へ。ファラも続いて出ていった。
ずしんと、地響き。
ギョエエエエエエ、ゴォォォォォと、種類の違う獣の声。
「ひゃあああああっ!?」
パストラの甲高い悲鳴。
アリタも、ひ、ひ、ひと細かいおびえの声をあげた。
一般人の女性では仕方がない。
「…………」
カルナリアも緊張し、一応は自分とフィンの荷物を持って逃げる準備をしたが。
似たようなことは経験があった。
あの時の獣の声は、悪ガキどもを追い払うためのフィンの鳴き真似だったが――。
(大丈夫、けっこう距離はあるし、近づいてもこない……)
地響きは小さくなり、獣の声も遠ざかっていって。
しん……となった。
「はい、終わったよ~~~」
安心させるためだろう、のんびりした声と共に、ファラが戻ってきた。
続いてレンカ。
そして――フィンが、するりと入りこんできた。
一般人たちは気づいていない。
今回は声を発することもないまま、カルナリアの向かいにあたる寝床に来た。
最後にエンフが戻ってきた。
「角豚の、捨てた死骸やはらわたを食いに来た獣同士が、争ってたんだよ」
そう説明してくれる。
「道はきちんとふさいで、血は洗い流して、魔物よけも焚いてるから、こっちに来ることはない。それに、回りは男どもの寝床だ、何が来るにしてもそっちが先に襲われるから、安心しておやすみ」
エンフは、女性客たちに優しく言って落ちつかせると、ちらりとフィンの方を見てうなずいた。
「……ご主人さま、何かなさったんですか?」
「バウワウたちと協力して、獣がこちらに来ないようにしてきた」
そういえばあの犬頭の獣人は、落とした岩の向こう側に取り残されたと言っていた。
肉を運びこんでくる時にも姿を見なかったから、ずっと下の方で警戒にあたっていたのかもしれない。
「あれだよ。熊も、ああだった」
「あれは確かに、すごいっす。エグいっす」
「すごいよ、本当に……あの人は……ああ」
「はいそこまで。ここできれいきれいはさすがにやりたくないからね」
レンカとファラの会話が聞こえてきた。
意味は分からなかったが、やっぱりフィンがらみだろうと容易に推測できた。
そのフィンは、今日も夜の、前番を引き受けるようで、一緒には寝てくれない。
でも。
「おやすみ」
カルナリアが横になったのを確かめると、頬を撫でてから、そう言ってくれた。
その手ざわりと、一言だけで、あらゆる謎がどうでもよくなった。
「おやすみなさい」
温かい心地で、答えて、目を閉じた。
レンカ、ファラと同じ空間というのは不安ではあったが、フィンがしばらく起きていてくれるのだからと、安心して眠ることができた。
「…………本当に、寝たねえ。私たちがどういう立場の人間か、わかってるはずなのに」
「舐めてるのか、脳天気なのか、図太いのか、傲慢なのか、わかんねえ。あの手のやつってのはみんなああなのか」
「それについちゃ、あの子が特別だと思うよ」
※
「一日経って、どうですか、グレン」
「お手上げです。『目よけ』を使う者に山野を自由に動かれると、どうすることもできません。また明らかに私を強く警戒しています。どうやったのか、獣人たちを手なずけてもいますので、こちらが同じように動こうとしても、勘づかれます。案内人たちが敵に回りますので、獣人を始末することもいたしかねます」
「『四女』を『板』ごとさらって逃げることは?」
「それ自体は容易です。これまでの道はすべて記憶しておりますし、あれの居場所が確定できている瞬間を狙えば、たやすくさらい、『流星』で駆け戻れます。
しかしその場合、残されたあなた方が確実に皆殺しにされるでしょう。それでは意味がありません」
「あれを討つことは?」
「困難ではありますが、不可能ではありません。しかし、何かをしかけた時点で、あなたの首が飛んでいると思います。あれが積極的に攻撃してきた場合、防ぐ方法はありません。真っ先に降参し、『四女』に一切手を出さず、助けているからこそ、見逃してもらえているというのが現状です」
「ええ、私も同じ見解です。では、手出し無用ということでお願いします。――当面は」
「はい、当面は」
「ファラとレンカが、ある程度親しくなってくれることに期待しましょう。
また、私たちの思惑とはまったく別に、このグライルが牙を剥いてくるかもしれません。私たちも油断なく進みましょう。
すべては、ガルディス様の御為に、新しい国のために」
「我らの新たな世のために」
おかしくなってしまったレンカ。壊れたのか、壊されたのか。真相がわかるのはいつか。謎は増える一方で、それぞれの思惑が絡み合いつつ夜は更ける。次回、第121話「早朝の問答」。




