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115 注意事項


 そのあと、一切口調を変えずに、さらりとゾルカンは言った。


「では、伏せろ」


 昨日もやられた()()だ。

 カルナリアは即座に地べたに伏せた。


 セルイたちが、ファラやレンカも、一斉に同じようにしたのが見えた。


 すぐ反応した者が他に数人。

 残りは、自分たち先に伏せた者を見て、慌てて続く。

 しゃがみこんだだけできょろきょろしているだけの者もいる。


「…………お前と、お前ら、合格。あっち行って朝メシにしろ。自分たちのものを食うならそれでもいい」


 昨日と同じく、カルナリアは合格をもらって、客の集団から離れた。


 案内人たちが食事らしきものを用意している、そこへ行って、順番に受け取る。


 セルイたち一行の後ろにつくことになって、どうするべきか迷ったが。


「おはっす、カルちゃん。うちら、何もしないっす。ご主人様が後ろにいそうで、こっちの方が怖いっす」


 ファラが声をかけてきた。


 そういえば昨日の「頼み事」、フィンにまったく伝えていなかったことを思い出す。

 ファラの次に現れたレンカが衝撃的すぎて、頭から消えていた。


 そのレンカは、ちらりと振り向きはしたが、何も言ってはこなかった。

「名無し」は…………見当たらない。

 飛びついてきて『流星』でさらおうと狙っているのかもしれない。


 ある程度以上接近はせず、周囲も警戒しながら、セルイたちが離れた後で案内人から食事を受け取った。


 パン、ハム、チーズ。食べられる草らしいものを一本。それ単体では少し苦味があったが、自分でパンに切れこみを作り全部押しこんでからまとめて口に入れると、むしろいい風味を作ってくれた。


 自分がそうやって食べているのを、遠くから、セルイたちがまたしても驚きの目で見ていた。


「ご主人さま…………食べないのですか?」


 自分ひとりのままで、寂しくなり、言ってみた。


「もうもらっている。安心しろ」


 いきなり言われて、飛び跳ねそうになるのを何とか抑えた。


 真後ろにいた。


「なっ!?」


 気がつかなかった!


「お前の視界に入らないよう、練習している。気にするな」


「練習って……」


「ちゃんと見ているから、大丈夫だ」


 頭を撫でられた。

 いきなり、感情がこみあげてきて、泣きそうになってしまった。


 この人はちゃんと、自分を気にして、守ってくれる。


 だがそこで、ぼろぼろの出現に気がついたらしいレンカの姿が視界に入った。


 こちらを、すごい目で見てきている。


 夢見る乙女。いや少年か。きらきらと。憧れの相手を見つめる瞳。


 カルナリアの顔が笑みのかたちになり、そのまま固まった。


「……あの子に、()()()()()()()を、なさったのですか?」


 ギギギと首をきしませて振り向く。


「まあ、()()()()()()を……お前の想像しているようなものではないと思うのだが……」


 答えてはくれたが――ぼろ布は手の届かない距離に離れていた。


 フィンが逃げ離れるのと同じだけ、レンカが接近してきていた。


 そのきらめく瞳が、カルナリアの頭上から横に動いて、失望の色に変化した。

 フィンがいなくなったようだ。


 ……ということは、カルナリアは、完全にひとりきりで、この危険人物に対応しなければならないのでは!?


「昨日のこと、伝えてくれたか、()()()?」


 その呼び方は、カルナリアの正体をばらすつもりはないという意思表示。


「…………」


 カルナリアはしかし、とにかくレンカが恐ろしくて、何も言えない。

 この相手は、その気になった次の瞬間には、自分を切り刻むことができるのだから。


「まあ、前が()()だったから、仕方ないよな。でもほんと、反省してるから、これからは、カルスのことは全力で守るよ。まかせておいて。……そうすればあの人に許してもらえて、認めてもらえて、本気で殺してもらえるだろうから! それじゃっ!」


 一気に言うと、すぐ戻っていってしまった。


 カルナリアは、しばらく忘れていた呼吸を思い出し、激しく音を立てた。

 恐怖はもちろんだが、気味の悪さにいやな汗が噴き出た。


 レンカは、フィンに、一体何を求めているのか。

 わからないが、絶対に、自分が受け入れることはできない行為だ。

 そのことだけは本能的に感じ取った。


 ――残された客たちは、さらにゾルカンの指示に従う練習をさせられ、立ったり、しゃがんだり、回れ右したりしている。

 合格した者が次々とこちらにやってきて、列を作った。


 モンリークも途中でやってきた。

 食事は、自分たちで持参したものを食べるようだが。


 最後まで残されていたのは、あの親子だった。

 子供のカルリトが、どうしてもじっとしているということができないようで、父親の叱責の声と、泣き声が聞こえてきた。

 ゾルカンもあきらめたようで、しきりに謝罪する母親を追い払うように手を振って、朝食の列に並ばせた。


「では、次だ」


 食べている客たちの間を歩きながらゾルカンは言う。


「お互いの顔をよく見ておけ。

 この先には、下界にいられず逃げこんできた、ろくでなし、犯罪者、くそったれどもがいる。

 そいつらは、ものを運んでくる俺たちを狙ってくる。

 色々持ってる、女もいる、客人のお前らは、やつらにとって最高の()()だ。

 奪いにくるだけじゃない、衣服を奪ってすり替わり、ついてきて、野営地に入りこんで仲間を引き入れたり、そのままグライルから逃げ出そうとするやつすらいる。

 俺たちが連れていくのは、ここにいるお前らだけだ。ここで見た顔以外のやつがいれば、そういうくそったれどもだ。

 いいか、できるだけお互いの顔をおぼえておいて、知らない顔がいたらすぐ言えよ」


 その指示はもっともだが――そうなると、あそこまで常人とかけ離れた格好のフィンはともかく、カルナリアも、顔を隠したままでいるのは難しいのではないか。


 バルカニア人たちは多分大丈夫だろうし、セルイたちも思惑はともあれ黙っていてくれるようだが、心配なのはモンリークだ。


 第五位で、タランドン侯爵家の傍流の、大したことはない人物だろうが――王族の顔を見知っていても不思議はない。

 カルナリアは二年前にこの地を訪れて、タランドン家の者たちとの晩餐(ばんさん)会をこなし、また城のバルコニーから多くの者たちに手を振ってもいる。

 成長し、また色々な経験をして、王女らしくない顔つきになっているはずだから、ごまかせると思いたいが……。


 彼が、奴隷少年のカルスが実はカルナリア王女だと気づいたら――大いに騒ぎ立て、やたらとうやうやしい態度を取って正体を周囲にばらしまくってしまうのは間違いない。


 そして、自分たちが連れていこうとしている子供が、実は王女と知った案内人たちがどう出てくるか。

 どう考えても、いいことにはならない。


(どうしましょう……)


「みんな、おいで」


 エンフが、答えを教えてくれた。


「女、子供は、逆だよ。

 ろくでなしどもの中に女はいない。子供もいない。

 客たちに顔や人数、居場所を知られて、寄ってきたあいつらに漏らしてしまう方がまずい。

 美人がいるなんて知られたら、グライル中のろくでなしどもが集まって、待ち伏せしてくる」


「あの……あちらの人は……?」


 パストラが訊ねた。


 離れた場所にいるファラ。

 黙っていればかなりの美女で、胸が印象的だ。

 かたわらにいるレンカも、ちらちら見える顔立ちはよく整ったもの。


「あれは、魔導師と、戦闘要員ってやつだ。

 ろくでなしどもが寄ってきたら、皆殺しにできる腕を持ってる。

 今は顔出してるけど、その辺の警戒もきちんとできるのはもう確認ずみ。だから心配しなくていい。

 でもああいうのと違う、あたしたち普通の女は、顔はあまり見せないようにして、常にあたしたち同士で人数や居場所を確認すること。いいね」


 安心して、カルナリアはフードを深くかぶり直した。


「あの、変なひとは?」


 子供の、カルリトが声をあげ、カルナリアを見てきた。


「あの()()は、いないものと思っておくれ。そういう、特別なひとだから」


 カルナリア以外の全員が、怪訝そうに、納得できていないように、疑うように、こちらを見てきた。

 気持ちは実によくわかるので、カルナリアは無言でいるしかできない。


「それから、後で紹介するが、獣人たちも頼りにしていい。

 あいつらは、普通の男と違って、人間の女には興味がない。だからあたしたちにとっては安全だ。

 においをおぼえてもらっておけば、さらわれた場合でも助けを期待できるし、危ない時にも気づいてもらいやすい。

 慣れてなくて怖いかもしれないけど、仲良くしておいた方が得だよ」


 そういうことをあれこれ聞かされている間に、男性客は、班分けがなされたようだ。

 六人ぐらいの人数ごとに、ひとり案内人がつくかたち。


(軍隊と似ていますね……大人数が、まとまって動くためには、自然とそうなるのでしょう)


 そんなこともカルナリアは考えた。


 ゾルカンは、一晩の間にそれぞれ客たちの情報を得て判断したようで、班分けは効率的になされていた。


 セルイたちはひとまとまり。


 モンリーク一行は、同じくバルカニアの貴族らしい、従者二名を連れた者と組まされていた。

 主人同士は目を会わせようとしないが、従者たちは早々に打ち解け合った様子。お互い通じるものがあるのだろう。


 女子供はひとまとまりだが、移動中は、関係者が一緒にいることを許された。

「ライネリオだ」と、パストラの夫、カルリトの父。自信に満ちた人物の気配。財貨の才がかなり明るく見えている。商人、それも大商人と言われる者ではないか。

「シーロです」と、アリタの夫。こちらはきわめて平凡だった。きわだった色は特に見えない。いかにも人が良さそう。


 ライネリオ、パストラ、カルリトの親子。

 シーロとアリタの夫婦。

 案内人のエンフ。

 そしてカルナリアとフィンの八人が、女性班というべきものになった。

 夜番のトニアは数に入らないらしい。特に言及もされなかった。




 班ごとに並ばされると、今度は案内人たちがぞろぞろと集まってきた。


 ゾルカンの右側と、左側。みな毛皮の衣服というのは共通しているが、つくりや、つけているものが違う。


「俺たちのことについて説明する。

 俺たち案内人は、お前ら客人を相手にする者と、しない者がはっきり分かれている。

 相手にしない者は、一切お前らに話しかけない。そういう決まりだ。お前らがどれだけ話しかけても相手にしない。

 だから、相手にしないはずの者が話しかけてきたら――それは、くそったれが化けてるやつだ。絶対に言うことを聞くな。

 相手にする者、しない者の見分け方は、今日は、この右肩につけてる小さな羽根だ。ついてるやつが客の相手をする者。ついてないやつは相手をしない。だから羽根のついてないやつが話しかけてきたら、くそったれが現れたということだ。こういう目印や仕草は毎日変える。朝に伝えるから、必ずおぼえろ。

 くそったれが現れた時も、騒いだり逃げたりするんじゃなくて、決まった言葉を教えるから、それを言うようにしろ。これも毎日変えるから、必ずおぼえるように。くそったれどもは、ばれたとわかった途端に刃物振り回してくるからな」


 ちなみに今日は、『膝、大丈夫ですか』と聞くことだそうだ。

 自分で言うだけじゃなく、他人が言うのを聞き逃さないように注意しろとも。


 それについてもテストされた。


 一度解散、自分の荷物をまとめてまた集まれと言われて、みなそれぞれ作業に取りかかっている中で、案内人が話しかけてきた。


「おい、あんた、ご主人さまはどこだ? お(かしら)が呼んでるんだが」


「はい、ええと……」


 カルナリアはすぐ、相手の右肩に羽根がついていないことを確かめた。


「すぐ行きます。……膝、大丈夫ですか?」


「膝がどうかしたか?」


「いえ、なんだか、痛そうでしたので」


「合格。その調子」


 エンフが相手の背後に立って、押さえつける素振りをした。


「毎日変わるから大変だろうけど、これをしっかりやれば、襲われるのを防げるから」


「はい」


 他の者たちも色々試されたようで、確認し忘れた者は割と容赦なく尻を引っぱたかれ、次の言葉を言えなかった者は羽交い締めにされ物陰へ引きずりこまれた。

 痛く、怖い思いをすることで、よくおぼえるようになるだろう。





 荷物を持ち、あらためて整列する。


 自分たち女性班の隣に、獣人たちが来た。

 ここで接触させ、においをおぼえてもらうのだろう。


「大事な、ひと」

 あのバウワウが、渋い声で小さく言ってきた。

 明るくなってから見てみると、その黄土色の毛並みは、実にふわふわでカルナリアの手をうずかせた。


 もうひとりの、灰色の毛並みをした犬獣人も、カルナリアを念入りにかいでくれた。

「ガンダ」

 ぼそっとだが、名乗ってくれた。


 豹獣人が来た。

 まだら模様の、明るい毛の色。


「ギャオルだ」


 先ほどの一幕を見ているのでみな怖がったが、向こうは興味なさげに軽く鼻を鳴らしただけだった――が。


「シャーーー!」


 カルナリアの側に来た途端に、頭部の毛を逆立てて、何もない方向に威嚇の声を放った。


「何も、するな」


 バウワウが言い、豹獣人は気持ちを落ち着けたようで、緊張を解いた。


(猫系には嫌われるとご主人さまはおっしゃっていましたね……あちらにいるのでしょうか? このひとは、感じ取ることができるみたいですね……)


 この豹獣人を観察していれば、フィンの居場所がわかるかもしれない。


(いえ、居場所を見つけられてしまうのはよくないです!)


 自分の居場所を見るな、というフィンの教え。

 セルイたちを意識し、カルナリアは危惧した。





 ひととおりの準備が整い、いよいよ出発となった。


 全員が、魔物よけの煙を立ちのぼらせ、身にまとわせた。


 案内人たちは、彼らの信仰儀式だろう、一度全員が集まり、輪になって、隣にいる者の右肩を叩き、自分の頭に触れてから、その手を高々と天に伸ばして、オゥッと太い声を発し、一斉に地面を右足で踏みしめた。

 エンフも、獣人たちも同じようにした。


 それから、動き出した。


 まず、偵察だろう、荷物を持たない者たちが姿を消す。

 あの豹獣人ギャオルも。


 大柄な牛の獣人が動き出し、亜馬の群れがその後に続いた。

 牛獣人も亜馬に付きそう案内人たちも、みな羽根はつけていなかった。客には一切関わらない立場。


「けだものの後ろとは……まったく……」


 モンリークたちをはじめ、客の、男性班がそれぞれの「班長」の指示で動き出した。


 エンフが率いる女性班は、男性班の大半が動いた、その後ろ。


 そして、自分たちの後ろを――セルイの班がついてくることになった。


 彼らは戦闘担当でもあるので、女性班の後ろにつくのは何の不思議もないのだが……気分は良くない。


 フィンは、近くにいると信じたいが、まったくわからない。


 セルイたちを警戒して隠れているのだろうが、カルナリアだけで歩くのは不安で、昨日の夜よりも脚が重たく感じられた。




大人数をまとめて引率するのは、古今東西とにかく大変。ましてこれから踏みこむのは死者続出の危険すぎる大山脈。カルナリアをはじめ客たちはまだ実感できていないが、案内人たちは戦場へ赴く覚悟を決めている。そして「敵」と同行することになったフィンもまた、カルナリアの知らないところであれこれ気をもんでいる。次回、第116話「色仕掛け」。誰が誰にやるというのか。

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