111 予想外の再会
「ヒッ!?」
カルナリアはすくみ上がった。
これまで何度も浴びることになった殺気。
これまで何度も見てしまった人の死。
腕前を見てみたいと望んではいたが――フィンが、次の瞬間、剣を抜いて、人を斬る………………殺そうとしている!
「はい、降参です」
セルイが言い、両手を顔の横にあげ手の平を見せた。
ファラも同じようにした。
手に持っていた長い棒――精緻なつくりの魔導師の杖が、離され、倒れて、硬い音がした。
「降参っす。戦る気ないっす。いやっす。尻尾でもおっぱいでも何でも振るっす。ついてないけどあれだってあったらブルンブルンさせるっす」
レンカも、見知らぬ男も両手を見せる。
セルイの従者らしい、体格のいい男ふたりが後ろで戸惑っていた。
「………………」
フィンの姿勢が元に戻った。
剣の鞘もぼろ布の中に消えた。
だがまだ、冷え冷えとした感覚は漂っている。
「何してんだ、お前ら?」
案内人が割って入り――雰囲気を察したか厳しい顔をした。
「知り合いか。言っとくけどな、血は厳禁だぞ。人の血に寄ってくる虫や鳥がわんさかいるんだ。どうしてもやりたいなら、うんと離れた所で自分たちだけでやれ。終わっても戻ってくるな。俺たちを巻きこむな」
「……わかった」
フィンから殺気が消えた。
「ふぅ~~、生き延びたっす」
ファラがため息をつくと、山行用の厚手の衣服でもなお見事に存在を主張しているものが揺れ動き、カルナリアは吸いこまれるような心地を味わった――が。
「んおっ!」
見られていることに気づいたように、向こうもカルナリアを向いてきて。
メガネの中の目が、ものすごいものになった。
「おおおおおおっ! それ! それだね! それが! そこに!」
「!」
総毛立つ。
気づかれた。
首輪の中身に!
手が前に出てきて、まるで大きなふくらみを揉みしだくようにウネウネと動かしながら、ファラはふらりとこちらへ……。
「止まりなさい」
「寄るな」
セルイとフィンがほぼ同時に言った。
カルナリアは、フィンに大きく後ろへ押しやられた。
「あう…………あう、あう、あうぅぅ…………」
ファラは、空中でなおももみもみと手を動かしたが、足はぴたりと止まって。
その鼻から赤いものがたらたらと漏れ出して。
うなだれて、セルイのところに戻って、座りこんだ。
「……あれですね?」
「ん」
鼻のところで治癒魔法と洗浄魔法を使い、血痕を消滅させた。
「すごいっす。見たいっす。さわりたいっす。調べたいっす。なでまわしたいっす。いじりまくりたいっす。隅から隅まで舐め回してみたいっす」
「…………変態だ。絶対に近づくな」
耳のいいフィンが、カルナリアをさらに遠ざけた。
間に案内人たちをはさんで、距離を取る。
これでもレンカは一瞬で飛んでくるだろうから、完全に安心はできなかったが、すぐ側にいられるよりはずっとましだ。
そのまま、空気は張り詰め続け――。
「よう、あんたがぼろさんか」
陽気な声がかけられた。
声にふさわしい、ひげもじゃで顔の迫力がすごい、体の分厚い、年配の案内人だった。
「この隊の頭、ゾルカンだ。よろしくな」
「ああ」
返事をしつつも、フィンはセルイ一行から視線を外していないことがカルナリアにはわかった。こういうときにぼろ布は便利だ。
「で、話は聞いた。あんたの望みも聞いた。
普通なら、どれだけ偉いやつでも勝手にさせるのはできかねる。グライルが初めてってんじゃ、ましてな。
しかし、話をしてきた相手が相手だし、聞いた話もとんでもないし。
今のを見てわかった、止めようとして止められるもんじゃねえな、あんた。
だから、いいぞ。この移動中、あんただけは、好きに動いていい」
「感謝する。話が早くて助かる」
どうやらフィンは、自由行動権――どこで何をしてもいい権利を認められたようだ。
この案内人を紹介してくれたタランドン市の人たちが、何かしら口添えしてくれたのだろうが……どういう話を伝えて、認めさせたのだろう。
あのはったりばかりで切り抜けた「活躍」をどのようにすれば、このような評価に。
それに、一触即発の今の状況を見ていたようだが、それでフィンを止められないと判断するとは、どういうことなのだろう。
カルナリアは、大人たちが何を見ているのか、自分も知りたいと強く願った。
「では、もうひとつだけお願いしたい。私たちとあの者たちには遺恨がある。基本的には私が守るが、この子を、できるだけあの者たちに近づけないようにしてほしい」
「わかった。移動するときの配置に気をつけよう。エンフのやつにも言っておく。
ただ、基本的に女子供はひとまとめにすることになってるんで、どうしてもあのおっぱい姉ちゃんとちっこいのが、その子と近くなっちまうんだが」
「できるだけ、でいい」
「それなら了解だ。
で、あんたは何ができる。剣と聞いてるが、弓やそれ以外は?」
「大体のものは扱える。魔法は使えないが魔法具をいくつか。敵に早く気づくのと、耳にも自信がある。薬についてもある程度知識があるので、怪我をした者がいたら治療も手伝える」
「そいつはありがたい。すまないが、あんたの方からうちのやつらに合わせてもらえると助かる」
「わかった。あと、ここでは、もし何かを狩った場合、獲物の権利はどうなる?」
「うちの連中が狩った場合は、うちの全員で分ける。客人が狩った場合は、基本的には客人のものだが、その辺は俺の判断だ。俺たちが延々と攻撃して弱らせたところに客人がとどめを刺した、なんてので全部持ってかれちゃたまらんし、逆にろくに毛皮も貫けてない矢を一本当てただけで分け前を要求されるのも困るからな」
「わかった。従おう」
「助かる。では、これからしばらく、よろしくな。
カルスも、あんまり怖がらないでくれよ。ガキにはよく泣かれるんだ、俺」
ゾルカンは歯を見せて笑うと、離れていって、今度はセルイたちに話しかけた。
フィンの影に隠れつつも、つい彼らを見てしまう。
セルイ、ファラ、レンカ。
あの見た感じだけは普通の男も、七人の中にいた。
そう、あの男を最初に見たのは、ドルー城に近づいてくるとき。
その後も幾度か目に入れる機会はあったのだが、ほとんど印象に残っていない。
猫背の男にレンカ、ギリアと、強烈な面々ばかりだったせいだろう。
ギリアはもう二度と現れないとフィンは言った。
すると、あの七人の他の面々――猫背の男、ドルーの街で見た老人、ドルーの城から射てきた弓つかい、タランドンで迫ってきた巨漢などは、フィンが聞かせてくれた通り、ラーバイの用心棒たちと戦い、討死したということか。
まだ生きていて他の場所にいるのであっても、とにかく今ここにいないのならば、少しだけ安心だ。
本当に少しだけだが。
「でも…………どうして……?」
「私を追ってきたというわけではなさそうだな。もしそうなら、あの村にいる間に襲われていただろう。こんなところで会うように仕向ける意味がない。あいつらも驚いていたし……大金を払ってこの道を使ってでもバルカニアへ入り、そちらで一稼ぎしたい大仕事でもあるのだろうか」
フィンはレンカたち七人を、自分を追う賞金稼ぎだと思っている。
ならばセルイのことは、そいつらの親分と見ているのだろう。
彼らは『流星』を持っているので、ここからでもカルナリアをさらい、あるいは『王の冠』を奪って駆け戻ることは可能だ。
また……セルイが、あるいは彼らの誰かひとりでも、カルナリアの正体をフィンに告げたら。
ファラが、首輪の中にすごいものがあるっすとあの調子で漏らしたら。
(ここまで来れば、私を売る、『王の冠』を手放すという選択はしないと思いますけれど……)
しかしセルイが買いますと言い出したら。
王女を連れ回すこと自体が罪になり賞金額が上がってしまいますよと正論を持ち出したら。
「こ……怖いです…………気持ち悪い……」
フィンに厳しく警戒してもらうために、半分は本気で、声を震わせた。
気持ち悪いのはうそではない。
ガルディスの最側近たるセルイが、タランドンにいたことはまだ理解できた。
しかしここにいる理由が、バルカニアへ赴こうとしている理由が、まったく思いつかない。
何を目論んでいるのか。
ガルディスの懐刀が、ガルディスの意を汲まずに動くということはないだろう。
ガルディス配下の凄腕であるレンカたちも引き連れている。
つまりバルカニア行きは、ガルディスも容認していること。
(レイマール兄様との接触でしょうけど……)
それは容易に思いつく。というかそれ以外思いつかない。
問題は、レイマールにセルイが会ってどうするのかということだ。
暗殺ならわかりやすい。
レイマールがいなくなってくれれば、ガルディスの天下だ。『王の冠』がなくとも国をまとめることはできる。
セルイほどの者が来れば、レイマールも会おうとするだろう。
だが、失敗の可能性が高いそんな真似を、わざわざ懐刀を失う危険を犯してまでするだろうか。
暗殺ならそれこそ、レンカのような手練れを送りこめばいいだけだ。バルカニア人を買収するような手法だって使えるだろう。
わざわざセルイ本人が出向く理由としては弱い。
交渉の方がありそうだ。
しかしそうなると今度は、レイマールとセルイ、ひいてはガルディスが、一体何を話し合うのかがわからない。
兄弟ふたりは、すでに不倶戴天の敵同士となっている。王位を巡って殺し合いをするしかない立場だ。
そのふたりの間を、セルイはどうつなぐつもりなのか。どんな話を持ちかけるために自分自身がバルカニアへ向かうのか。
(考えても、これ以上はわかりませんね。知らないことが多すぎますし、本人に聞いてもはぐらかされるでしょうし……)
つまりは、気持ち悪いままでいるしかないのだった。
しかし、わからないことをわからないままで置いておけるというところが、カルナリアのきわめて優れた資質だった。
わからないことだらけのご主人さまと共に過ごすうちに身についたもの、とも言える。
「よーし、じゃあ今回の、客人のうち、戦闘の手伝いをしてくれるやつらを紹介する」
セルイたちと話し終えたゾルカンが、戦闘担当者たちに呼びかけた。
「こいつは、ライズ」
セルイはそういう名前で紹介された。
着ている服はやや仕立てのいい、裕福な商家の後継者という雰囲気のものである。
だが腰に剣をさげている。
「細いが、けっこう使えるそうだ。
このお坊ちゃんの部下たちが――」
ファブリスと、ジスラン。
平民のはずだが、どちらも騎士と言われても信じられそうな押し出しの、堂々とした男性。
真っ当な「武」の、かなりの才能が見えた。
ガルディス軍の最精鋭であり、セルイの護衛役だろう。悪い色はほとんど見えない。
剣、弓、槍など大抵の武器は使えるそうだ。
弓と言われてあの射手を思い出したが、明らかに別人だ。
「で、この姉ちゃんが、ファラ」
偽名は使わないらしい。
使っても、勝手に自分でぺらぺらしゃべるうちに本名を漏らしてしまうだろう。
「こんなだけど、すげえ腕のいい魔導師だ。旅の間、ものすごく世話になる。絶対に手ぇ出すなよ。怪我だってすぐ治してくれるが、変な真似したやつは治してくれねえからな」
「どもー♪」
笑いながらひらひら手を振り、ついでに胸もゆらゆらさせながら挨拶すると、恐ろしげだった案内人たちの表情がゆるんだ。女の胸は男への特効がある。
「このちっこいのは、レンカというそうだ。こいつも、こんななりだが、かなりやる。飛び回って、剣でずばずば斬りまくるそうだから、色々気をつけるように」
レンカはフードで半ば顔を隠したまま、礼だけをした。
あの平凡な男は紹介されなかった。
戦えないように言っておいて、ひそかに何かをするのだろう。
自分をさらうかもしれなかった。要注意だ。
「で、反対側にいるのが、ぼろって呼ぶことになってる、女の、剣士さんだ。すげえ人だから頼りにしていい。あと、薬師でもあるそうなので、こちらも大事にしろ」
「よろしく頼む。ぼろぼろさん、でもいい」
案内人たちの顔が、こちらは一様に眉間を寄せ、剣呑なものになった。
なんだこいつは? と胡散臭がっている。まあ当然だろう。自分も最初はそうだった。懐かしい。
「その後ろにいるちっこいの、カルスってんだが、そのぼろの持ち物だ。絶対に手ぇ出すな。最優先で守れ。いいか、厳しく言っておく。最優先だ」
視線が集中してきて、カルナリアはたじろぎつつ、小さく礼をして、全部ではないが顔も見せた。
守ってもらうのならそれくらいはしてもいいだろう。
ひゅう、と誰かが口笛を吹いた。
好意的な空気が生まれた。
戦闘系の者たちはそれで解散となり――。
「ぼろ。カルス。一緒にメシを食おうや」
ゾルカンに誘われた。
断る理由は見つからない。
しかし。
「お前らもな」
ゾルカンは、セルイたちにも声をかけた!
「……喜んで」
セルイは、少し間を空けたものの、実にいい笑顔を作ってうなずいた。
まさかの、あの面々との再会。呉越同舟。これからどうなるのか。次回、第112話「和解の鍋」。
※本編で説明されないことの補足
タランドンで、セルイは東へ逃げ帰ったと言われていましたが、影武者です。リトナーという魔導師をつけてセルイがいるように見せかけて、本人はこっそりタランドンから西へ向かいグライルへ入っていました。
グライルの案内人たちとコネを持っているのは『台』ですが、グレンやレンカたち『風』も食いこんでいます。蛇の道は蛇ということで。彼らは彼らなりの苦労をしつつここまでやってきました。




