112 和解の鍋
雑炊を煮こんでいる大鍋をはさんで、フィンとカルナリア、セルイたちが向かい合う。
カルナリアは、ゾルカンとフィンにはさまれる形になった。
守ってくれているようだ。
ゾルカン自らが、それぞれの差し出す食器に雑炊をよそってくれるらしく、ほれよこせ、と手で促してくる。
隊の頭が振る舞う食事を受け取るというのは、その言葉を受け入れたという意思表示になるのだろう。
いわばこれは、強制的な仲直りの儀式なのだ。
「お前ら同士じゃ色々あるみてえだが、下界でどうであっても、このグライルん中じゃ関係ねえ。とりあえず、グライルを越えたいんなら、無理に仲良くしろとは言わねえが、喧嘩はすんな」
「……わかった。従おう。手を出されない限り、何もしない」
フィンが言い、真っ先に食器を差し出した。
ぼろ布から伸びてきた、カルナリアの目の前を横切る麗しい手に、ゾルカンは少し見入った。
カルナリアも、見入った寄り目状態を解除して、続いた。
セルイやファラの思惑がどうであれ、自分を狙い、争うことにならないでくれるのなら文句は何一つない。
ゾルカンは、自分から見て右側のカルナリアとフィンから、左側の、セルイ、ファラ、レンカと並んでいる側へ顔を動かした。
ファブリスとジスランという二人、そしてあの目立たない男はその後ろに控えている。
「いただきましょう」
セルイが動いたことからはじまり、そちら側の六人全員が、順々にゾルカンの手から食事を受け取った。
これで一応は休戦ということか。
この後ゾルカンの面子を潰したら、そこからの旅路はきわめて厳しいものになるだろう。
とはいえ、フィンとレンカがこのままでは接触しそう――すでにお互いの武器が届きそうな距離にいる――だったが。
「ここでいいのかい?」
案内人の、女性がひとりやってきて、間に入った。
鍋をはさんでゾルカンの真正面。
やや年配だが、しっかりした顔つきの、体格のいい女性だった。
長めの髪を頭の後ろで縛って、馬の尻尾のようにしている。
「あたしはエンフ。客人のうち、女と子供は固まってもらうことになってるんだけど、その面倒を見る役目。よろしく」
「ぼろぼろさんか、ぼろと呼んでくれ。よろしく頼む」
「カルスです。よろしくお願いします!」
才能豊かで、胸も豊か。
間違いなくいい人だった。今後の頼りにできる相手。
「ファラっす。よろしくっす」
「…………レンカだ」
「じゃ、食おうぜ」
ゾルカンは匙を椀に突っこんだ。
カルナリアの手元にも、湯気をたてる雑炊がある。
白い粒の穀物と、正体のよくわからない肉、同じくわからない野菜が適当にぶちこまれた、大雑把な作りのもの。
しかしこんな場所ではこれでもごちそうの方だろう。
人数を考えると、これからはほとんどの食事がこんな感じの汁物、雑炊になるのではないか。
「感謝を」
小さく食前のお祈りをした。
こういう場所では食べられるというだけでも心から感謝すべき。自分では何も食材を提供できず、一方的にもらうだけなのだから、与えてくれる相手と神に感謝を。――これもまた、様々な経験からカルナリアが学んだことだった。
そして…………妙な緊張感がはしった。
セルイ、ファラ、そしてカルナリアが、それぞれ、相手の手元や食べ方を注目し合う。
王女さん、こんなの食えるんすか? とファラの表情が語っている。
さてどのように振る舞うのでしょうか、とセルイが見てきている。
一応はセルイも貴族なのですよね、とカルナリアも見てしまう。
あの優美な貴公子が、こういうものをどう味わうのか。
「…………」
観察し合っていても仕方がない。
カルナリアは匙を口へ運んだ。
「学校」でやらされたほど下品にではないが、割とぞんざいに、適当に。
「もぐもぐもぐ……」
「……カルス君、でいいのかな? 味はどうですか?」
セルイが訊ねてきた。
「おいしいです」
素直に、カルナリアは答えた。
塩味だけではない風味がたっぷりと口内に広がってゆく。
具材として入っていた肉片を噛みしめると、わずかな臭気はあったが、おおむね問題ない旨味が広がってゆく。
悪いものではない。
「お頭さん、これ何の肉っすか?」
「太り鼠と山雉だ」
「ネズミっすか。久しぶりっす」
「お、いけるのか姉ちゃん」
「飢え死にしかけた時は何でも食ったっす。それにこれは、普通のじゃなくて、すごく美味いやつっすよね」
「ああ、ネズミってだけでだめな――あんなのもけっこういるんだけどな」
「このようなものをこの私に食べさせるつもりか!」とモンリークの怒鳴り声がした。
「太り鼠、ですか……」
カルナリアはじっくり味わった。
弾力あるのに、噛みしめるとあるところでムニュッとちぎれる、不思議な食感だ。
そしてけっこう脂が乗っていて、独特のにおいはともかく、おおむね心地良く喉を通る。これはこれで、こういう食材と思えばどうということもない。これよりくせのあるものを食べた経験も色々ある。
「おいしいですね」
「…………大丈夫なんすか?」
「私、何でも食べられますよ。路上に出ている屋台のお食事も、何度もいただきましたし」
ガクッ、とレンカが体を傾けた。
口を大きく開けて、呆然とカルナリアを見てきた。
驚き顔と同時に、殺気が伝わってくる。なぜだろう。今の発言のどこに反応されたのかまったくわからない。
「あんたら、仲悪いんだって?」
ズバッとエンフが斬りこんできた。
「もったいないねえ。せっかくの人間同士なのにさ」
「?」
意味がわからなくてカルナリアは小首をかしげた。
「ここじゃ、人と人は、できるだけ協力しなきゃ生きていけないのさ。巣くってる獣が、とんでもないのばかりだからねえ。わざわざ人間同士で争ってる場合じゃないんだよ。
人の力は、人じゃないものと戦い、人を守るために使うべきだよ」
ほぉう、とカルナリアは感嘆の息を漏らした。
いい言葉だ。
そうであれば、人と人が争わずにすめば、どれほどいいだろう。
『王の冠』にしても、そもそもは優れた王に統治させることで、人間同士の争いを終わらせるためのものだっただろうに……。
今、それを巡って、多くの血が流れている。
「ま、そうは言うがよ、このグライルん中でも、人間同士で色々あるのが、どうしようもねえところなんだよなあ」
ゾルカンがしみじみと言った。
「俺たち以外にも、グライルにゃあ、人がいる。
大抵は、下界に住めない、下界から逃げるか隠れるかしなきゃならなくなった、ろくでなしだ」
「………………」
振り向きこそしなかったが、ついフィンを意識した。
じろりとにらまれた気がした。
「その中でもたちが悪いのは、俺たちみたいに人や物を運んで商売することもできずに、俺たちから奪おうとしてくる、くそったれどもだ。女、子供をまとめて移動させるのは、そういう連中から守るためでもある。
ここにいるのは、戦いもやってくれる客人だ。
できるだけ早く他の客人の顔おぼえて、そういうくそったれどもが紛れこまねえように気をつけてくれ。やつら、平気で人を殺して、服を着こんで入りこんできたりしやがるからな」
「わかりました。気をつけることにいたします。いいですね、ファラ」
「はいっす。まあ一番狙われそうなのが私っすからねえ」
豊かな胸を誇った。
「で、あんたら、寝る時はどうするつもりだい?
そっちの二人さ、女、子供用の天幕は用意してるけど、仲間とひとかたまりでいたいってんならそれでもいいよ。ただし守りに責任は負えなくなるから、そこは自分たちでやってもらわなきゃならないけど」
エンフの問いには、セルイが答えた。
「お気遣いありがとうございます。その時、その時で考えましょう。とりあえず今晩は、我々だけで休みたいと思います。天候や場所によっては、女性だけ休ませる必要があるかもしれませんから、その時にはお願いいたします」
「う~ん、いい男だねえ。そう丁寧にされると、久しぶりに子供作りたくなっちまうよ」
エンフは目尻をじっとりさせた。
もっとも雰囲気は明るく、下品なものは感じない。
「ねちねちしてるのに」
「中身知らないっすからねえ」
カルナリアとファラがほぼ同時に言った。
視線を合わせて、ニマッとした。
なおファラはその場で制裁を受けた。かなりきつめに。
エンフが呆然としていた。
そこで仲間意識を持ったせいだろうか――。
「ええと、ル、じゃないカルス君、なるほどカルス君かあ、カルちゃんでもいいかな? ね、ちょっといい?」
食事を終え、川水でフィンと自分の食器を洗ってから、女子供用の天幕内に寝床を用意しようと立ち上がったところへ。
ファラがすぐ側に来ていた。
「!?」
慌てて見回す。
フィンが、いなくなっていた。
魔導師の杖を手にしたファラ、そのメガネが、暗がりの中できらりと光った。
とりあえず休戦となったらしい。しかし相手は忍び。何をやってくるかわからない。そしてファラに捕まったカルナリア。狙いは『王の冠』か、あるいは。次回、第113話「完全降参」。
※レンカが愕然とし殺気を宿した理由は第50話参照。




