■ゆうの助、空を飛ぶ
毎日投稿予定。
ある日、ゆうの助は飛行術師範の娘のユリに誘われ、一緒に村のはずれにある鬼熊岳という大きい山の麓までやって来た。見上げるようなその山は、天に届くような巨大な岩石が村全体を眼下に押さえつけるように腰を据えている。今日はここで飛行術の練習をするのだ。鬼熊岳の麓には、大人の背丈くらいの岩があった。その岩の形はちょうど、立ち上がった熊の形をしていたので、村人たちは『大熊岩』と呼んでいた。ゆうの助はまずそれを飛び越える練習をした。ユリが最初に飛んだ。いとも軽々と飛び越えた。おまけに岩の上で一回転した。
「はい。次、ゆうの助君」
ユリはニコッと笑って言った。ゆうの助にとっては自分の背丈以上の物を飛び越えるのはこれが初めてだ。ゆうの助は唇を軽くかみ、汗ばんだ拳を握りしめた。そして、大熊岩に向かって思いっきり走り出した。両手を高々と挙げた熊の形をしている大熊岩がどんどん近づいてくる。まるでゆうの助に襲いかかろうとしているかのようだ。大熊岩の向こう側からユリが見ている。
(絶対飛んでみせる)
ゆうの助は何度も心の中でつぶやいた。大熊岩が目の前に迫って来た。ゆうの助は足をそろえてしゃがみ込み、次の瞬間、思いっきり両手を振り上げて力一杯地面を踏み込んだ。そして、飛んだ。
(よしっ、いける。飛べるぞ)
そう思った瞬間、ゆうの助の足が大熊岩の手の先に引っかかった。そして、ゆうの助の体が雑巾のようにねじれ、激しく大熊岩の頭の上にぶつかり、そのまま地面へと転がり落ちていった。大熊岩が地面に寝そべったゆうの助をあざけるように見下ろしている。ゆうの助はゆっくりと立ち上がり大熊岩をにらみつけた。
「ゆうの助君、大丈夫?」
ユリが心配そうに見ている。ゆうの助は元いた所に戻り、大熊岩を見つめた。遠くで鳥のさえずりが聞こえる。静かに風がながれ、柔らかい日差しがふりそそいでいる。ゆうの助の気持ちがだんだん落ち着いてきた。
(今度こそ飛ぶ!)
ゆうの助は思いっきり息を吸い込み、両手の拳を握りしめた。そして、ゆっくりと走り出した。大熊岩が目前に迫ってくる。だが、その大熊岩は先ほどよりも小さく見える。ゆうの助は思いっきり地面を蹴った。体が軽く感じられる。ゆうの助の体がどんどん大空へ吸い込まれていく。まるで鳥になったような気分だ、なんて心地いいんだろう。ふと気がつき、ゆうの助は足元に目を向けた。すると、あの大熊岩がずーっと下の方に見えた。ユリの驚いている顔がはっきり見える。ゆうの助は大熊岩を飛び越えたのだ。ビックリしたのはゆうの助自身だった。地面におり立ち、大熊岩の方を振り向いた。大熊岩の後姿が悔しがっているように見えた。
「飛べた。飛べたよーっ」
ゆうの助は両手を高く上げて喜んだ。ユリもきっと喜んでくれるだろうと思った。しかし、先ほどまでそこにいたユリの姿が見あたらない。ゆうの助は辺りを見回した。ゆうの助がきょろきょろしていると、遠く、上の方から声が聞こえてきた。
「おめでとー、ゆうの助くーん。やったねっ」
ユリは大熊岩のそばにそびえ立った鬼熊岳の頂上にいた。ゆうの助は思い出した。ユリは「飛び子」だ。鬼熊岳をひとっ飛びすることができる。ゆうの助は小さく、ため息まじりにつぶやいた。
「まだまだ修行が足りないな……」
それからもゆうの助の修行は続いた。来る日もくるひも山道を走り込んだ。それも、大人の足で歩いて半日はかかるくらいの険しい山道を一気に走り抜けるのだ。雨が降ろうとも風が吹こうとも、ゆうの助は気にせず走り続けた。雨のせいで緩くなった崖沿いの山道は時々崩れたが、そういうときにはゆうの助は素早く飛び上がり、崖崩れをものともせず走り抜けた。犬に追いかけられても、カラスにつつかれそうになった時も、ゆうの助は空高く飛び上がり、身をひるがえして大空を駆け抜けていった。その頃になると、もう太の邪魔はなくなっていた。そしてだんだんゆうの助はずいぶん遠くまで飛ぶことができるようになっていた。そしてある日、ゆうの助はユリにさそわれて鬼熊岳にやって来た。
「ゆうの助君、今日は私の後についてきて」
ユリがニコリと微笑みながら言った。ゆうの助は、今日こそはユリにいいところを見せてやろうと思い、はりきった。ユリが大熊岩に飛び乗った。ゆうの助もその後に続いて飛び乗った。今日のゆうの助は今までのゆうの助ではない。この前までは飛びこえることができなかったところでも、軽々と飛べるようになっていた。ユリは、今度は鬼熊岳の崖をぴょんぴょんと飛び登って行った。鬼熊岳の斜面は険しい崖になっている。地元の村人たちでさえも滅多に近寄らない。その崖をゆうの助はユリの後について飛び登って行った。ユリは驚いた。ゆうの助がここまでついてこられるとは思っていなかったのだ。ユリは更に、鬼熊岳の山頂に向かってぴょんぴょんと軽快に飛び上がっていった。ものすごい早さだ、しかし、ゆうの助もすごい早さで飛び上がって追いかけた。そしてどんどんユリに近づいてきた。山頂まであともう少しというところで、ゆうの助のことが気になりユリが振り向いた。その瞬間、ユリは小さな岩につまずき足を滑らせてしまった。
「あっ、あぶない!」
ゆうの助が叫んだ。鬼熊岳の鋭い崖から落ちたらひとたまりもない。ユリは目を閉じた。もうだめだ。そう思った瞬間、ユリの体がふわっと宙に浮いた。ユリは頬に風を感じながらゆっくりと眼を開けた。青い空と輝くような白い雲、そしてゆうの助の顔があった。ユリは、ゆうの助から抱きかかえられたまま、山頂へとたどり着いた。
「ゆうの助君、ありがとう。とうとうここまで飛べるようになったんだね」
ゆうの助は少し恥ずかしがりながらニコッと笑った。
ある晴れた日、ゆうの助は海岸までやってきて、岬の一番先にある大きな岩に立ち海を眺めた。静かな波の音にまざって、カモメの鳴き声がのどかに聞こえてくる。海のずっとむこうには大亀島が見えた。
(あんなに遠くまでほんとに飛べるんだろうか?)
ゆうの助は少し不安になりながらも地面を軽く蹴り、飛ぶ練習をした。すると後ろから大きな声が聞こえてきた。
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