95.
デビュタントの日、ヴィンセントはセリスを選ぶはずだった。
だが彼が選んだのは、私──。
「……マリアのことを知られていなくてよかった…」
とヴィンセント。なぜだろうと思って見つめると
「…ミア嬢がいるのであまり言いたくはないが…神殿長は『邪魔なものを排除』する人物なんだよ。」
ぞわりと背筋を嫌なものが這う。
「…実の父親ながら本当に大嫌い…」とミアが吐き捨てるように言っているので、彼女も多少知っているのだろう……
セリスをヴィンセントにあてがい、王家に言うことを聞かせるつもりだったらしい。
それだけの力があると神殿長は思っていたようだが…
「ああ…やはりアレは"魅了魔法"の類だったか。」
「…っ 知っていたのですか?」
「ああ、すぐにわかった。…だがあの類は俺たちには効かない。そう、訓練しているからな。」
「まあ、外国からの魔道具だったようですから…」
効力が弱まったのかも、とミア。
もし、ヴィンセントがセリスに堕ちていたらすぐ婚姻を結び初夜前に神殿に戻すつもりだったとか。
セリス可哀想だなと思ったのだが彼女はどうやら『処女懐妊』を信じ込まされているようだった。
だが王家は黙っていないだろう。ではどうするのか?
「…私が生んだ子を渡そうとしていたみたいね。」
ヴィンセントを騙して閨事を…と話しているのを耳にしたことがあるのだとか。
私は、潔癖ではないと思っていた。思っていたのだが……
「…う……ぇ…………」と慌てて口を押さえる。
頭がくらくらして、ひどい吐き気がする。
ゲームとかではよくある『ひどい話』なのだが現実に起こるとこんなにも気持ち悪いものなのかと悪寒が止まらない。
その様子を見て「ごめんなさい!こんなこと、話すべきじゃなかったわ…!」とミアが泣きそうな顔をしている。
「ミアは悪くない!悪くないわ…ミア……!」
と私はミアの隣に座り彼女を抱きしめる。
「話してくれてありがとう…ミア、頑張ったね、大変だったね、辛かったね…」
「マ、リア……」
「…だから、きっと次は…私が、私たちが頑張る番ね?」
とヴィンセントを見やると力強く頷く彼。
ミアは『何かあるといけないから』と夏休み中はシャロンが屋敷に滞在させる、と一緒に連れて行った。
ヴィンセントが「情報が欲しいのだろうな…というか俺に任せてくれればいいのに…」と独りごちているが
「あとできちんと諸々渡しますわ。」ととてもいい笑顔で言われ有無をも言わさず帰っていった。
「……マリアの親友が俺より有能なんだが…」
と少し項垂れているヴィンセントを慰めてやるがふと、先程のミアの話しを思い出し無性に甘えたくなって彼の膝の上に横向きに座る。
「……どうしたんだ?」と驚きつつ嬉しそうなヴィンセント。
「……怖くなった。」と彼の肩に頭を預ける。
「…大丈夫だ。一昨日みたいな失態は、もうやらない。」
と私の髪を手で梳いている。
なぜ、私なんだろう。
なぜ、彼なんだろう。
どれだけ考えても、わからないものはわからない。
もう、腹を括るしかないのだ。
「そういえば、"婚約式"みたいなのってやるの?」
「ああ、近いうちにやる予定だ。……どこに行くんだ?」
私は彼の膝から降り、部屋を出ていく。
「……内緒。」
不思議そうにしながらも彼は付いてくる。
ある場所へ向かいながら話しを続ける。
「婚約式って…衣装とかは?」
「…その、俺から贈りたいと思って…用意してある。」
「…ヴィニーの趣味は、大丈夫だから安心ね。」
と思い浮かぶのはあのブローチだ。
「……気に入って、くれるといいんだが。」
と眉尻を下げる彼。そして行きたかった場所へ着いた。
屋敷は2階建てで屋根裏部屋があって、屋根裏部屋には大人1人が通れるくらいの窓がついている。…ちなみに私がセキュリティ魔法を窓にこっそりかけてあるので防犯は大丈夫だ。
魔法を解除し、窓を開け…よじ登る。
「マリアッ?!」「しー!誰か来たら大変」
と言えば心配そうにしつつもわくわく感が滲んでいる。
窓の外の上部分にははしごがついていて、屋根の上に登れるようになっている。
たぶん、煙突掃除用…?なのかなと思っている。だが暖房器具はいつからか魔石の組み込まれた魔法で動く器具が発明され暖炉ではなくなった。そのため煙突が不要になりいつからかこのはしご類も使われなくなったのだろう。
2人で屋根に上がる。
夕方というにはまだ早い時間で、少し暑いがそよそよと風が吹いていて心地良い。
「…俺でも知らなかったぞこんな場所。」
「んふふ……たまに、どうしても見つからなかったこと、なかった?」
「あー……何度か、あったか…?」と左上に視線が上がっている。
「ふふふふふ……」
私は静かに歌い出す。
…何かあったときやどうしても自身と折り合いがつかなかったときなどに登って歌っていたのだ。回数はそんなに多くはないが。
「──いい、歌だな。」
「…私もそう思うわ。」
「──貴方は、神殿を暴こうとしているのね。」
「…っ ……そう、だな…」
ミアが受け取った彼からの手紙に"賛同する"…ミアは神殿を"暴きたかった"…つまりそういうことだ。
「私に…出来ることは?」
「君の手まで煩わせたくはないのだが……」
「私が出来ることならなんでもやるわ。国のため、みんなのため……ううん、
──貴方の為なら。」
とヴィンセントの濃紺の瞳を真っ直ぐ見つめる。
しばらく見つめ合っていたが
「……俺の、未来の奥様は、本当に、まったく!」
と頭をガシガシ掻いている。
「ふふふ。ヴィニーの隣でただ黙って笑っているなんて、してやらないんだから!」
と言うやいなやガッと頭を掴まれ深くキスをされる。
「ん……マリアを選んで、君を愛して本当に良かった。」
「"とんだじゃじゃ馬だった"って言っても返品不可よ?」
「じゃじゃ馬…?」
「あぁ…その言葉、なかったわね。うーんと……暴れ馬?」
扱いの難しい女性を指す言葉?かなと首を傾げるとヴィンセントは笑い出した。
「あははははは、じゃじゃ馬、ね。…ははは、頼まれたって返品なんかしてやらない。マリアこそ、嫌だと言ってももう逃さないからな?」
とどちらともなくキスをする。




