94.
すやすやと穏やかな顔で眠るマリアの額に口付けを落とす。
「おやすみ、俺のマリア。」
そっ、と彼女の部屋から出て自分が今日泊まる部屋へと急ぐ。
部屋の寝台へと座りながらふと考える。
「……やはり、"睡眠魔法"だなこれ。」
マリアがよく眠れるように、といつも願いながら手を握ったり頭を撫でたりしていたが自分でも気付かぬうちにその行為に魔力が乗っていたようだ。
あまり、人の精神に作用するような魔法は使いたくない。
どう作用するかわからないしなにより…『その感情や行動は本物なのか?』と疑いたくなってしまうからだ。
「…まあでも…マリアのような睡眠障害には、いいかもしれないな。」
と自分も寝台へあがる。
「……『自分だけ我慢してると思うな』か…」
逆に組み敷かれたのにはかなり驚いたが、正直な気持ちが聞けて嬉しかった。
"同じ気持ち"であるというのがこんなにも堪らないものなのかと自分でも少し驚く。
…と同時に彼女の下からの光景と感触を思い出しもそりと身動ぐ。
──だめだ。ここは"自室"ではないのだから。
…本当に"アシュクロフ"だった頃、一体どうやって耐えていたのかわからない。彼女が手に入ったその時から理性が吹き飛んでしまった自分が嫌になる。
もそもそと何度か寝返りをしつつ自分も睡魔と共に落ちることにした。
昨晩はマリアを抱きしめられていたのがほんの少し寂しく感じるが、夢で逢えたらそれだけで──
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝からそれはそれは大変だった。
なんせひっきりなしに来訪があるのだ。
どうやら朝イチには全世帯に私たちの婚約が号外新聞として配られたらしく、貴族はもちろん普段一緒に農作業をしている農家の方々からお祝いがくるのだ。
よく知る人は私も直接お礼に出たりしたがお昼でもう出なくていいと言われたのだが、昼食を終えてから意外な人物が来た。
昼食後ヴィンセント、シャロン、トラビスとお茶とおしゃべりをしていたのだが
「…ミア?」
「はい、ミア・クロスベル様がいらしてます。」
とティアナから言われ、ヴィンセントと顔を見合わせ、私の部屋に来てもらうことにした。
「おめでとうございます。ヴィンセント殿下、マリア」
と花束をくれるミア。
「ありがとう!」とそれはティアナに渡しとにかく何かあったのかと座るよう勧める。
「わざわざ来てくれて、ありがとう…!」
「気にしないで。…私個人としてお祝いしたかったし、話しもしたかったから。」
「話し?」
「とりあえず、ヴィンセント殿下。ご配慮ありがとうございました。」
とヴィンセントに頭を下げるミア。
「いや、俺はただ手配をしただけだ。礼をいうならマリアだ。」
「でもヴィニーが手配してくれたわけだから、私からもありがとう!」
と言えば一瞬驚き破顔する彼。
「それで、話しって?」
「…セリス、が放逐されたの。」とミアが話しだした。
「…セリスちゃんが?それちょっとひどい…」
「それもそうなんだけど…」と何やら言いにくそうなミア。
「…?」と首を傾げると彼女は深呼吸し、続きを話す。
「─その後、行方がわからないの。」
「そ、れ「それはちょっとまずいな……」
私が口を開くより早くヴィンセントが口を開いた。
「…神殿を出ていくときに"誰か"が迎えにきたらしいの。」
ご両親ではなかったらしくて、とミアが目を伏せる。
「兄弟とか親戚とか…」
彼女は首を横に振っている。
「行方がわからないというのも問題なのだけど、さらに問題なのは
─彼女がまだヴィンセント殿下を諦めていないことと、マリアを邪魔に思ってること…」
私はヴィンセントの手を無意識に握っていた。
「神殿を出たのは今朝早くよ。…号外を見て大暴れしていたのは見たわ。」
そのときは大暴れしていたが、出るときはかなり憔悴した様子だったと送り出した方から聞いたらしい。家族以外が迎えに来ていたのもその方からだそうだ。
「…急いでうちにも連絡する。」
とトラビスが便箋くれない?というので筆記具を渡すとさらさらと書きつけその紙を折り魔法鳥にして部屋の窓から飛ばした。
一通りの作業を見ていたのだが
「……そこまで、するもの?あ、いやセリスちゃんが心配じゃないってことじゃないんだけど!」
「マリアが思っている以上の事態ということですわ。」
とシャロンから言われ私は目を瞬く。
「…それとミア嬢は、他にも話したいことがあるからここにきたな?」
とヴィンセントから言われ首肯するミアが静かに話しだす。
セリスは放逐もだが、学園をも退学したらしい。
私の前の聖女は確かに彼女であったが、私に攻撃?をした日から間もなく力が失くなった。そうして私に移った。
聖女の力はそうやって勝手に継承され、神殿にある聖遺物によって誰が持っているか判明するのだそうだ。
「……それ、話してよかったの…?」
こういうのは、大体秘匿される事柄なのでは…
「…ヴィンセント殿下からお手紙を戴いて、そこに書いてあったことに私は賛同したの。」
「…?」
「お父様…ううん、現神殿長のやり方は私も『間違っている』とは、ずっと思っていたのだけど逆らうことはできなくて…」
と目を伏せるミア。
「だけどやっぱり、以前の状態のほうが自然だし我が国はそういうものだという考えは変えられなくて。きっと"秘匿"なんてしているのが悪いから、いつか機会があれば暴いてやろうと思ってたの。
そんなとき、マリアに力が移ったと聞いてまたセリスのようなことは絶対に嫌だと思って。」
セリスは少し思い込みの激しい子だった。
初等学校に入学後、いつも読んでいた童話に出てくるような王子様・ヴィンセントに出会い幼心ながら彼に恋をしたのだ。
そんな時、自分に聖女の力があると告げられ、かつその力さえあればヴィンセントと一緒になれる…本当にそうなりたくば言うことを聞けと言われ即座に自ら神殿の言いなりになった。
『自分は特別だから彼の特別にもなれる』と信じて各種教育を神殿で受けているのをずっと見てきたミア。
だが神殿は彼女を『ただの道具』としてでしか見ていなかった。




