90.
……助かった。
タイミングよく扉が叩かれて、本当に助かった。
押し倒す、まではいかないにしろアレは絶対またキスで蕩けさせられてた…あぶないあぶない……
訪問はヴィンセントの従者で彼に来客を告げるものであった。
「……わかった。そちらに向かう。」
「…ではそのように。」
失礼します、と従者が下がっていった。
「………」
ヴィンセントはすごく渋い顔をしている。
「……大丈夫?」
「……マリア…すごく嫌な来客だ。」
どうやら神殿長自ら乗り込んできたらしい。
『私は神殿で保護すべきだから渡せ』、と──。
「神殿長ってミアのお父様よね?どんな人なの?」
「…そうだな…一言で言えば……『非常な野心家』だな。」
宗教寄りで非常な野心家─それは……
「──国家の掌握をしたい人…」
「っ、なぜわかった?」
「いや、その……"そういう物語の本"が好きでよく読んでたの。」と曖昧に笑っておく。
…"ゲームとかでありがちな展開"とか説明しようにも難しいからだ。
「まあ、君がそう言うなら…」と怪訝そうだが前世の話だなと納得してくれたようだ。
「…セリスちゃん使って王家に取り入ろうとしてたのね、きっと。」
「…俺の未来の奥さんはどこまで頭のいい人なんだろう?」とヴィンセントは私の頭に擦り寄っている。…残念ながらただのオタクなんだよなあ。
「と、さすがにそろそろ向かうか。」
「ん。…いざ、机上の戦場へ?」
と笑えばそうだな、と笑顔が返ってくる。
「戦場へ向かうなら、"勝利の女神"の祝福を。」
とキスをしてくる。
「……それ、私がする方じゃないの?」
「…結局口付けるのだからどっちでもいいだろう?」
と2人でくすくす笑いながら神殿長が待つ部屋へと向かう。
神殿長が待つ部屋は会議室のような部屋だった。
楕円形のテーブルに椅子が並んでいてその一角に神殿長と─ミアが座っていた。
「ミアっ!」「マリア?!」
まさかいるとは思っていなかったので神殿長に挨拶とか全部抜きにして彼女に抱きついた。
「良かったー、ミア…」
「っ、なん、でマリアが…?」
と彼女は驚きながらも抱き止めてくれた。
「──マリアは私と婚約したよ。正式な発表は明日だが。」
「…本当に?」と私に確認を取るミアに首肯する。
「おめでとう…!」「ありがとう。」
ミアは訓練で仲良くなり、セリスをあまりよく思っていないのは知っていた。だからか祝福してくれたようなのだが…
「…なぜ私どもに先に知らせてくれなかったのですかな?ヴィンセント殿下。」
と低い声が横入りしてきた。
「……神殿長、様。」
とりあえずこちらにとヴィンセントに促され、ミアと別れ彼の隣に座る。
「──それで、クロスベル神殿長殿は、何用ですか?」
「こちらに来たときに告げたように、彼女を、マリア嬢を神殿に渡していただきたい。」
ヴィンセントからの冷たい一瞥ももろともせずにこやかに要求を告げる神殿長はさすがである。
「…だがもう彼女は私の婚約者だ。」
「そうであっても、渡していただきたい。彼女は大切な身であるのはお分かりでしょう?」
間違いがあってからでは困るんですよ、とか言っているが"間違い"とは…?
「…一体何の話ですか?」
「聖女は『純潔性』が大事です。」
そう言い切る神殿長。……"まさか"とは思ったがそのまさかだったので鼻で笑いそうになった。いつからそんなことになったんだろうか?
私は「……そういう話は聞いたことないですが。」と素直に疑問を口にする。
「…っ、いや、しかしですね、マリア嬢の魔力は相当だと聞き及んでいます。それはきっと貴女様が"乙女"だからでしょう!」
と焦りつつなんとか私を言いくるめようとしてくる。
「セリス・ワイズは、きっとそれらを失った。だから聖女の力をも失ったのですよ。」
…自分たちが勝手に担ぎ上げておきながらいざ力が失われたらこの言い草か、と奥歯を噛みしめる。
膝の上に置いていた手も怒りから握りしめていたがヴィンセントからそっと撫でられ冷静さを取り戻す。
私は彼の手を握り確かめるように指を絡めギュッと握る。
『大丈夫』とでもいうように彼もギュッと握り返してくれた。
そうして私は一転、攻勢に出る。
「…私が"聖女"なのは間違いないんですか?」
「ええ、ええ!こちらに伺う直前にも確認致しました。─"力"は確かに貴女様の元に。」
と満面の笑みの神殿長。だが、
「そうですか。──では私はすでに純潔を散らした、と告げたらどうしますか?」
「………は?」と神殿長の笑顔が凍りつくも
「…いやいやいや、私は確かに確認した!聖遺物は貴女を指していた!」
と必死だ。
「でも、私は彼の婚約者です。……すでにそういう関係であっても、おかしくはないですよね?」
「ぐ………」と神殿長は大して暑くもないのに汗をダラダラ流している。
「しかし聖女の力は私の元にある。今、神殿長様がおっしゃられたように。」
「………」
「…まあ、そうですね。私の願いを叶えてくれるのでしたら、神殿に行くのを考えてみても構いませんが。」
と私が譲歩らしき案を出すと「…! ええ、なんなりと!」と一気に顔色が良くなる。
「ミアを、また学園に通えるようにしてください。」
ミアが目を見開き私を見つめてくる。私はまた貴女と学園に通いたい…大事な、友達。
「その程度でしたならお安い御用です。明日からまた学園で会えましょう。……では…」と期待に満ちているが
「ありがとうございます。……まぁ考えたのですが、やっぱり神殿には行きません。」
と笑顔で答える。『考える』とは言ったが『行く』とは言っていない。
一瞬呆ける神殿長だが、すぐに顔を真っ赤にし
「こ、の小娘がッ!こちらが下手に出ればぬけぬけと…ッ」
とテーブルを拳で叩いた。
その音にびくりと身体が揺れるが
「──クロスベル神殿長殿。さすがにそれ以上は、お互い不可侵とはいえ…私が黙っていられない。」
とヴィンセントが殺気を放てば神殿長は一気に青ざめる。




