82.
ギュッと、くまのぬいぐるみを抱きしめるも涙は止まらない。
ヴィンセントがとにかく部屋へ、といつの間にか着いていた彼の自室へ引き入れソファに座らせてくれた。
「騎士団長様…お話し、本当にありがとうございました。」
と泣きながらだが笑顔でお礼を言えば
「いえ、そんな…大丈夫ですか?」と困惑顔だ。
「あの大丈夫です、本当に。」
「団長、あとは気にするな。…もう終業だろう?」
「そうですが…よろしいのですか?」
「はい。…アンジェリカ先輩に、よろしくお伝えください。」
「……わかりました。」
と騎士団長はでは失礼いたします、と振り返り、振り返りしつつも部屋をあとにする。
出ていくときに私から笑顔で小さく手を振れば、少し安心したような顔で扉を閉めていった。
完全に出て行ったのを見計らい、私は隣に座るヴィンセントに縋りつき声を殺して泣いた。
ヴィンセントはギュッと抱きしめてくれ、背中や肩を擦りながらもただ黙って私が落ち着くまで待ってくれた。
ようやく落ち着いたところで
「……マリア、俺に…話してくれるな?」
と彼から切り出される。
ゆるゆると見上げれば少し強張った顔をした、濃紺の瞳が揺れている。
私はこくりと頷き、ぽつぽつと"記憶"のことを話し始めた。
「………頭が、おかしいと思うかもしれないけど…
私は、『前世の記憶』があるの──。」
"マリア・クローヴィス"という生を受ける前の別の人生。
日本という国で生まれ育ち、32歳まで生きた"私"の話。
それと……『最期』の事。
"最期"を思い出し、ふるりと身体が震えればヴィンセントがぎゅうっと抱きしめてくれた。
「…そうだったのか。」
「信じてくれるの…?」
「もちろんだ。それに、色々納得がいった。」
と私の額にキスをする彼に私はハテナが浮かぶも
「…6年、一番近くで君を見てきたのは伊達じゃないからな。」
と頭を撫でられる。
「俺の知らない知識や、たまにこちらにはないことを話したり…この耳飾りだってそうだ。」
「全て、"前世からのもの"なんだな。」
とヴィンセントは眩しそうな顔をする。
「……気持ち悪い…?」私は少し、怖くなった。
「…大丈夫。それがあろうとなかろうと、マリアはマリアなのだから。」
ぎゅぅっと優しく抱きしめてくれるので私も抱きしめ返す。
「…むしろ、その記憶があるから"今のマリア"が在るんだろうな。」
「そ、うね……"この記憶"も、確かに私だわ…」
「……悪夢はまだ見ているのか?」
「……うぅん、最近は見てない…」
「また見てしまっても、必ず俺が助けるから安心してくれ。」
「うん…ありがとう……」と彼に頭を擦り寄せる。
「それで、どうして団長の話で涙が?」
「ああ……『私だけ』じゃなかったんだなって…」「…?」
「…団長さんの奥様はたぶん私と同じ。」
「え…?」
「エドワードの愛称はテディ。そして、あちらの世界でテディと言えば"テディベア"…」
「テディ、ベア?」
「テディベアなんて言葉、こちらにはないわ。…"ベア"とはあちらの世界のとある国の言葉で、『クマ』を指すの。」
「なる、ほど…だから奥方は『私のクマさん』と」
と納得するヴィンセントに首肯する。
「あちらの世界を感じるものは他にもたくさんあるの。だけどずっと昔の人だと思っていたから、まさかこんな身近にいるとは思っていなくて…なんだか、安心したのねきっと。」
と笑顔を見せればまたゆっくりと頭を撫でてくれる。
「ふふ…ちなみにテディベアってね、くまのぬいぐるみのことなのよ。」
とぬいぐるみを抱えそれに頬ずりをする。
「そうなのか。」と彼はぬいぐるみを撫でる。
「それにね…」
「─テディベアに自分の名前を付けて好きな相手に渡せば想いが通じるのよ。」
とそっとヴィンセントに囁く。
まあこれは、前世で大好きだったあるマンガからの受け売りだけど。
だがヴィンセントはなぜかすごく深刻そうだ。
「……そのぬいぐるみ、改名しないとだな。」
とひどく真剣な様子で告げてくるのが可笑しくて吹き出してしまった。
2人でしばらく笑い合っていたのだがふと
「……そういえばヴィニーもある意味、私みたいね?」
「? どういうことだ?」
「…"アシュクロフ"と"ヴィンセント"の2人分…同じだけど、少し違う人生だわ。」
「…確かに、まったく違う生活をしていたな…」
「一緒ね。」「一緒か。」
と2人で見つめ合い、どちらともなくキス──しようとしたのだが私のお腹が空腹を訴えてきた。
「……ぷっ…あははははは」
と淑女らしからぬ笑い声をあげてしまったのでヴィンセントが驚いているが
「夕食を食べそこねていたな。」と頬にキスをされた。
「何か用意させよう。」と部屋に置いてあるベルを鳴らすと侍女さんが現れたので
「すまない、何か軽食を2人分頼む。」「かしこまりました。」
とヴィンセントがあっという間に頼んでいる。
しばらくすると先程の侍女さんがカートと共に戻ってきた。
カートにはサンドイッチと果物、飲み物が載っている。
「あとは自分たちでやるから下がってくれ。」
「かしこまりました。では済みましたら廊下へお願いいたします。」
と部屋を普通に出ていった。
「……というか2人きりにしていいの?」
「…まあ、みなだいたい知っているから……」
と言いにくそうにしているヴィンセントの言葉に驚いて彼にジト目を向けるが
「………ごめん」と顔を反らされてしまった。
はあ、とため息をつき
「…私はもう"外堀から埋められて"いたのね?」と零せば
「ごめん。ごめんね…どうしてもマリアが欲しかったし、ここに来ても苦労しないようにと思って…」
と私の頭に擦り寄っている。
貴族って、王族って時々怖いな、なんて心の中で思いながら色々諦めた。
……だってこの"執着心"を嬉しく感じてしまっているから。だけど…
「ヴィニー、浮気とか絶対許さないからね?」
と満面の笑みで釘を刺しておく。
彼は驚きながらも「しない!誓ってそんなことしない!」とぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「幸い、我が国は"一夫一婦制"だからな。良かった…」
となぜか彼が安心している。
私はもう空腹が限界だったのでサンドイッチをもらいながら話しをする。




