73.
──なぜ、私はヴィンセントを引き止めたのだろう?
失恋したから次に縋れる人をキープしたようにしか見えない。
我ながらクズだな、と嫌になってしまう。
「…マリア、別に縋っても構わない。」
「…っ」
この王子サマは本当に、どんだけなんだ…
「変な話だが、俺は君が"別の誰か"を想って泣いていたとしても、受け止める気でいる。」
「……な、んで…」
そういう"優しさ"はズルい。
「…彼はなんと?」
ヴィンセントの優しい声にもう、駄目だった。
ぽろぽろと涙が零れるのを止められない。
そして私はぽつぽつとアシュクロフとのことをヴィンセントに話していき、彼はたまに頷きながら黙って私が話し終わるのを聞いてくれた。
「……私ダメ人間ですね。」
告白までしてくれた相手に別の男性との失恋話をしているのだ。
「いや、俺が話すよう促したのだからマリアが気にする必要はないぞ?」
「う…でも……」
「むしろ俺のほうがひどい人間だと思う……」「…?」
「……"あわよくば"と考えている自分がいるのは、否定しない…」
と悔やむように目を伏せるヴィンセント。
…よくある少女マンガのようだな、と心の中で独りごちる。
自分の身に起きるとは思っていなかったが。
「彼を大切に想っていたんだな。」
「そう、ですね…いつも救ってくれたのはあの人でした。」
「ヴィニー様、私……私きっと」「大丈夫。俺は、いつまでも待つ。」
はく、と言いかけた言葉を飲み込む。
──私きっと、忘れられません。
それがわかっていてもなお、この人は『待つ』と言ってくれるのか…
アシュクロフへの想いとは別にして、彼とは真摯に向き合わないといけないなと思う──。
手紙は大事に文机に、と思い自室を覗いたのだが家具類がない。
「…あれ?」
と見計らったかのようにお父様が来て
「マリア、もう…いいのか?」
「お父様……はい。大丈夫です。」
お父様もすごく、辛そうな顔をしている。
「私の部屋は…?」「あぁ、ジョセフの隣に戻した。」
なるほど。アシュクロフがいなくなったし、悪夢もここ最近は見ていないから…
「そろそろ戻ろうかと思っていたところでした。」
「了解を取らずに移動して、すまなかった。」
「いいえ、気にしないでください。……気分を変えるのにもちょうどいいです。」
と笑顔を見せると少し安心したような顔をするお父様。
手紙を文机にしまっているとティアナが来客を告げに来た。
どうやらシャロンとトラビスが学園が終わり、来てくれたらしい。
「ヴィニー…ヴィンセント殿下は?」
「皆様とご一緒に応接室にいらっしゃいます。」
…じゃあ応接室でいいか。
「ありがとう。行くわ」
応接室へ向かう途中で昼間シャロンが言っていた言葉が蘇る。
『マリア、貴女の周りはみな私を含め、貴女を愛する人たちばかりだから、それだけは決して忘れないで。』
…もしかしてシャロンは知っていた?…否、ただの深読みのしすぎかもしれない。
「シャロン、トラビス君、わざわざありがとう!」
「マリア、もう大丈夫ですの?」
「…うん。ありがとう。」
やはりシャロンは……
まあ昨日私の荷物を屋敷に届けているようだから、そこで何か知ったのかもしれない。
「マリア、少し話したいことがありますの。」
と言うのでシャロンの隣に座る。
「……首飾り、気付いてますでしょう?」
「……うん。」
「…昨日のあの時、砕け散るのが見えましたわ。」
「……そっ…かぁ…」
全身の力が抜け、シャロンに縋りつく。
「あれは…」「…あれ、魔石だったの。」小さかったけど。
「……"守って"くれたのかな…?」「…きっとそうですわ。」
とシャロンが頭を撫でてくれる。
また、しばらく涙が零れた……
「明日からは、ちゃんと学園行くわ。」
「…大丈夫ですの?」と心配顔のシャロン。
「……なんかやってないと、気持ちが沈んだままになりそうだから。」
「マリアがそう、思うなら。」「ありがとう。」
ではまた明日、とシャロンとトラビスを見送る。
「……ヴィニー様は…」「…侯爵殿から夕食に誘われている。」
「そうですか。お父様が… なら我が家自慢の夕食、楽しんで下さい。」
と笑顔を見せれば彼もそうだな、と笑顔を返してくれる。
アシュクロフのことは、忘れないし忘れたくもない。
だけど彼が私の幸せを願うなら、その願いを叶えよう。
前世だってそれなりの数の出逢いと別れがあったし、想いも告げぬまま終わったものもあった。
いつか、また彼に会えたら…笑顔で会えるようになっていよう──。
ヴィンセントも交えての夕食は…大変だった。
ジョセフがまたたくさんお酒を飲まそうとしたからだ。
聞くと立太子の日の夜会でもしこたま飲まされたらしい…
最終的にジョセフがお父様から鉄拳を食らってた。痛そう…
「ではマリア、また」
「はい。ヴィニー様、いろいろ…本当にありがとうございます。」
「次の休みは、こちらに来てもいいだろうか?」
「えっと…」とちらりとお父様、お母様を見ると頷かれたので
「…はい、大丈夫です。」「…ありがとう。」
その日から私の身の回りの全てをティアナがやるようになった。
それと、アシュクロフの枠を埋めるように男の使用人が増えたのだが…
「え!ティアの旦那様?!」
「恥ずかしながら…」
とティアナは照れている。……というかいつの間に…
結婚自体はつい先日なのだそうだが、相手は同い年で子供の頃からの知り合い。(つまり、ウィルフレッドとサラも知り合いということだ。)
初等学校以降会っておらず今年の初めに街で再会し、仲を深めてきたのだとか。
お父様に結婚報告をしたら、ウィルフレッドの執事を探しているからと我が家に入ることになったそうだ。
「そっか〜。おめでとう!」
「ありがとうございます。」
と微笑む彼女は幸せそうで何よりだ。
今はまだ勉強中とのことで、私は会えない。
「…その、お嬢様がこのようなことになったのでお伝えするのは気が引けたのですが…」とティアナは辛そうにしているが私は目を瞬く。
「何を言ってるの?それを妬むほどじゃないわ。言ってくれないほうがよっぽど嫌!」
「お嬢様…」と眉尻を下げる彼女。
「じゃ、いってくるわ!」「いってらっしゃいませ。」
今日もシャロンとトラビスと3人で登校する。




