72.
「えと、昨日のことを聞いてもいいですか?」
屋敷への馬車の中で昨日の詳細を少しでも聞こうと私はヴィンセントに問いかける。
「構わないよ。…ところで、君は昨日のアレが見えていたね?」
「……セリスさんからの…」ヴィンセントはこくりと頷く。
「やはりか。見えていないとあんな動きはできないからな。」
「…シャロンは?」「彼女は見えていないだろうな。あれは…セリス嬢からの害意に反応していたのだと思う。」
彼女の修練の賜物だな、とヴィンセント。
「…あの後、セリス・ワイズをいち早く拘束したのはシャロン嬢だ。正直、首でも落とさんばかりの勢いと怒気だったが……彼女はよく耐えた。」
まあ平手打ちをしていたが、との言葉に"シャロンらしいな"と思った。
「そのあとすぐに魔封じをかけたのはエリ先生。…あと治癒魔法などを君にかけてくれたのはニコラス殿とミア嬢だ。」
「2人が……」彼らにもお礼を言わなくては。
「セリス・ワイズは自身でも驚いた様子だった。そのうえシャロン嬢からの怒気に当てられ放心状態だったから大人しく連れて行かれたよ。」
「そう、ですか……」
ふとあの時を思い出したのか、私は無意識に首元を撫でた。
─だが、あるはずのモノがそこには無かった。
「……っ」
「…どうかしたか?」
ドッドッドッ、と心臓がうるさい。
「…い、え………」
──すごく、嫌な予感がする。日本で言う『虫の知らせ』のような…
怪訝そうなヴィンセントには悪いが私はそれ以上、口を開けなかった。
少し重苦しい空気の中、馬車は侯爵家へと着く。
玄関先には両親が待っていてくれた。先に知らせがいっていたのだろう。
その姿を見て私はひどく安心した。
「お父様!お母様!」とエスコートも待たずに馬車を降りる。
「ああ!マリア!」「マリアちゃん!無事でよかった…!」
と2人から抱きしめられる。
「ご心配おかけしました…!」と私も抱きしめ返す。
ヴィンセントもいるので早々に応接室へ向かうが、私にはそれよりもなにより
「お父様、アシュ…アシュクロフは…?」
いてもおかしくなさそうな彼の姿を探すが一向に見当たらない。
だがお父様はなかなか返事を返してくれない。
「お父様…?」
「──彼は、昨日付けで屋敷を出た。」
「……え?」
お父様が言っていることが、わかっているけど理解ができない。
瞬間、私は走って彼の部屋に向かう。
後ろから「マリアッ、待ちなさい!」とお父様の声がするが無視して走る。
──私に、何も言わず?
──ずっと、いてくれるって。
──私、まだ彼に、
部屋はもぬけの殻だった。
家具は元々置いてあるものだからそのままだが、文机やクローゼットには─何も入っていない。
「……マリア。」
と追いついたお父様が私を呼ぶ。
「………なん、で…」
喉がカラカラで声が掠れる。
「…彼からだ」とお父様は1通の手紙を渡してくる。
震える手でなんとか受け取り、私はそのまま崩れ落ちそうになるもヴィンセントが抱き止めてくれ、そのままソファへ座らされる。
「マリア、息を吸え!」
と強くヴィンセントから言われ、そこで私は初めて自分が過呼吸になりかけていることを知った。
「こっちを見ろ!頼むから、息を…っ!」
と顔を掴まれヴィンセントを見るように仕向けられ、私はようやく大きく息を吸い込んだ。
「そう、ゆっくり吐いて…またゆっくり吸うんだ」
大丈夫、大丈夫だから…と優しく諭すようにとにかく私が落ち着くように声をかけてくれるヴィンセント。
「……はぁ…もう…だい、じょうぶ、です…」
「…とにかく、一旦落ち着くんだ…」
とヴィンセントは私を抱きしめてくれるが、ふとお父様がいたのではと思ったがいなくなっていた。
「おとう、さまは…?」
「……君が落ち着くまで俺に任せてくれただけだ。」
両親は案外、彼を信用しているのかな…
お陰でだいぶ冷静さを取り戻したので、まだ震えているがアシュクロフからの手紙を読んでみることにしたのだが…
「えと…ヴィニー様…」
「ん?…ああ、俺のことは気にしないでくれ。……気になるならあっちへ行くが?」
「あ、いや…すいません…」と少しだけ離れて読むことにした。
落ち着いてはきたがまだ心臓はドキドキしているし手は震えている。
深呼吸をし、ゆっくりと手紙の封を切る。
『親愛なるマリア・クローヴィス様──
このような形で別れの挨拶とさせて頂くことをどうかお許し下さい。』
あまり見たことはなかったが綺麗な、彼の字だ。
「アシュ………」
『別れ』の文字で少し視界がぼやける。
なんとか堪え、読み進めていく。
──内容は、
理由は話せないが屋敷を出なければならないこと、そして理由と行方は詮索しないで欲しいことがシンプルに綴ってあった。
涙が零れそうになったが、もう1枚あることに気付き便箋を捲る。
─マリアお嬢様、貴女をとても大切に思っています。
─どうか、幸せになって下さい。
─貴女の幸せを願っています。 アシュクロフ
…貴方がいなくちゃ幸せもなにもないのにね。
「ふ……うぇ………」
手紙を握りしめたまま涙がボロボロ零れる。
と、スッとハンカチが差し出される。
「あ………」
ヴィンセントはハンカチを渡して席を立とうとしたのだが私は無意識に、反射的に彼の洋服の裾を掴んでいた。
「えっと……」
「…ごめ、んなさ、い……なんで私……」
とパッと離すも、ヴィンセントはゆっくり座り直し
「…どうする?」
私、は──




