69. 2人の距離の話。
「………まぶ、しい…」
「っ!マリアっ」
真っ暗闇から起きてきたから眩しくて、名前を呼んでくれたのが誰なのか一瞬わからなかった。
アシュクロフかとも思ったが、目が慣れてくるとそれはヴィンセントであった。
「…でん、か」
「……大丈夫か?」
と聞かれたので頷く。
身体を起こそうとすると背中に手を当て手伝ってくれた。
…どれくらい眠っていたのだろう?
「とりあえず水を飲むんだ。」
とコップを差し出されたので頷いて、ゆっくりとそれを飲む。
乾いていた喉が潤い、まだ少しぼーっとしていた頭も起きる。
「…ありがとうございます。」
「うん。…どこか、おかしなところはないか?どこか痛むとか辛いとか…」
と両手で顔を包み込まれ瞳を覗き込んでくる。
「だい、大丈夫です。大丈夫…」
相変わらず顔が良すぎて、お茶会で慣れてきたとはいえ至近距離ではすごく恥ずかしくなる。
「本当に?」「はい、大丈夫です。……あの、近いです…お顔が」
さすがに耐えきれなくなってなんとか直視を避けようと少し身動ぐが顔が掴まれているためあまり避けられない。
「…すまない、だが心配なんだ。」
「……本当に、大丈夫ですから…殿下のお顔が近いほうが心臓に悪いです……」
と素直に吐露し開放してもらおうとしたのだが、そのまま抱きしめられた。
「本当に、大丈夫なんだな?」
と聞かれるのでこくこくと頷く。
「…良かった。本当に本当に…目が覚めて良かった……」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられるが少し苦しい。
「くる、しい……」となんとか絞り出すと「ごめん!」と腕の力を緩めてくれた。
「はぁ。…殿下、お気持ちは嬉しいですが手加減してください…」
「すまない……」
そうは言いつつ解放自体はしてくれないようだったのでそれは一旦諦める。
ふと見慣れない部屋であることに気付く。
「…あの、ここどこですか?」
「…学園の保健室だ。」
「え。でも外、暗くないですか…?というか私どれくらい…」
「今は夜中だな。…あれから8時間くらいか」
「は?え?どういう……というかいい加減離してください。」
「…………もう少し…」「…叫べばいいんですねそうですね?」
と、すうっと息を吸い込めば
「わ、ごめん!悪かった!」とようやく離してくれた。
「えっと、説明してください。」
と少し拗ねているヴィンセントに尋ねる。
「…あれから、揺すっても治癒魔法や目覚まし魔法をかけても目が覚める様子がなかったからとりあえず保健室へ、と連れてきたのだ。」
エリ先生もあまり遠くへ移動しようとして容態が変わってもいけないから、と保健室に賛成したのだとか。
「学園長に許可を貰い特別に開けてもらっている。保健室の入口には騎士団長が不寝番で立ってくれるし学園の要所にも人員がいるから警備は大丈夫だ。」
「………ちなみに、セリスさんは」
「…彼女は、魔封じをかけ一時拘束したのだが神殿が迎えにきたためミア嬢と共に神殿預かりになった。」
王家は神殿に手出しができないのだそうだ。だから渡せと請われると拒否できない、と。
「なる、ほど…ミア……大丈夫かな…」
「ミア嬢は君に『ごめんなさい』と伝えて欲しいと言っていた。」
意味はわからないが、とヴィンセント。
確かに彼女がなにかしたわけではないのになぜ…?
と、ぐ〜っと私のお腹が鳴る。
「!!…すい、ません……」恥ずかしい…
「くくく…大丈夫だ。そうなるだろうと思って軽食を用意してもらっている。」
ヴィンセントが席を立ち間仕切りカーテンの向こうからサンドイッチの載ったトレーを持ってくる。
「ありがとうございます…殿下は?」
「俺は大丈夫だ。ちゃんと食べている。」
なら安心して平らげてしまってもよさそうだ。
「いただきます。」
これは食堂のサンドイッチかな?美味しい。
「あの…食べながらでいいんだが……"マリア"と呼び捨てでも構わないか…?」
と突然、ヴィンセントが聞いてきた。
「……今まで散々呼んでませんでした?」
と少し意地悪を言えばウッと小さな声がもれる。
「…ふふふ、冗談です。好きに呼んでくださって構いません。」
「あ、ありがとう…君も、好きに呼んでくれて構わないから…呼び捨てでも大歓迎だ。」
「さすがに、それは…でも正直"ヴィンセント様"だと長いんですよね…」
「…確かにそうだな。」
……ヴィンセント、の愛称…
「……ヴィニー」とぽつりと零したのだが
「…それで呼ばれたことはないな。」と少し考えている。
あちらの世界での"ヴィンセント"の愛称だったのだがこちらでは使っていないようだ。
「では"ヴィニー様"?」と呼びかけると嬉しそうに破顔するヴィンセント。
「…"様"もいらな」「ダメです。」
…さすがにそこまで、まだ仲が良いわけではない。
「ごちそうさまでした。」
「うん…もう大丈夫そうだな?」
「ご心配おかけしました。…ところで、ヴィニー様はこれからどうするのですか?」
「……実は、警護の理由上この保健室から出られない…」
と少しバツの悪そうな顔をする彼。
ということは私もおそらく、出られない。……大丈夫なんだろうか?
「あ、え、っとだな、大丈夫っ大丈夫だから!寝るにしても隣のベッドだし、この、間仕切りもあるしだな…!」
とすごい勢いで焦りだすヴィンセントなのだがそれが可愛らしくて笑ってしまった。
「ふふふっ…ごめんなさい、ヴィニー様が可愛らしくって…」
「…マリアは平気なのか?」と少し拗ねている。
「平気というか…ヴィニー様なら"大丈夫"かな、と」
不思議と、"彼なら大丈夫"という根拠は不明だが信頼感がわいていた。
彼の人となりはだいぶわかっているし、なにより私を大切にしてくれているのは…昼間から今まで付きっきりでいてくれた事などからしてよくわかる。
「そうか…ありがとう…」
「……裏切らないでくださいね?」
とにやりとすればヴィンセントが少し青褪めながら首を縦に振っている。
「さあ、もう休もう。眠れないかもしれないが横になるだけでも違うから。」
と促されるが
「あの…お手洗いに……」
「あ……うん…行っておいで。」
いってきます、と扉を開いたのだが
「どうかなさいましたか?」と背の高い男性が。
「あ……」騎士団長、か。
「あの、お手洗いに……」「ああ、あちらですね。」
と指し示された方を見ると─
真っ暗。
当たり前だ、今は夜中なのだから…
だが私はヒィっとなる。…前世から"おばけ"が苦手なのだ。
どうしよう…騎士団長は警護があるから動けないし、かといってヴィンセントに頼むのも……
と逡巡しているのに気付いたヴィンセントが「どうかしたか?」と出てきてしまった。
「あ、いえ…あの……」「?」彼は怪訝そうにしている。
もう、言うしかない…!
「こっ、怖くて……」
と暗闇を指差す。
「…付いていくか?」「え、でも……」「これぐらいの距離なら大丈夫だろう?」とさっさと騎士団長に許可を取ってしまった。




