68. 視察の話。 その③
「そうか、あれは麦粒くらいなのか。」
とヴィンセントが独りごちている。
…まあ、この国は加工されたものが流通しているのがほとんどだから彼が知らなくても無理はない。
とミアがスッスッと10本くらい点けていった。
「!! ミア!すごい!」
「……すごい。明確に大きさがわかるだけでこんなに違うのね…!」
と彼女は感動している。
「マリアもきっと出来るわ!」
「あ、う、うん!」と私も挑戦する。
えーっと米粒くらい……と米粒が1本1本に載っかっていくイメージで順番に魔力を載せていく。
するとぽっぽっぽっ、と順番に灯りが点っていく。
そのままぐるりと1周点けたところで
「マリアっ…!!すごい、すごいわ!」
とミアから抱きしめられた。
「え、あれ?」と目を瞬く私と、すごいすごいと跳ねているミア。
「さすがマリアだね。」
「あ、ニコラス…ありがとう?」
「もう少し喜んだら?」と彼はくすくす笑っている。
「なんだか信じられなくて…」
「……本当、マリアはすごいね。」
とニコラスはほんの少し仄暗さを含んだ笑みをしていることに気付き、ぶるりと小さく身震いをしてしまったが
「マリア嬢、おめでとう。」
とヴィンセントの祝福の声で小さく心がざわついていたのが治まる。
「あ……ヴィンセント、殿下……殿下のお陰です…ありがとうございます。」
私は彼の顔を見てなぜだか安心感を感じて、自然と口角があがるがニコラスはそれが気に食わないようで少し鋭さを含んだ視線をヴィンセントに向けている。
ニコラスの近くにいたくなくて、少しヴィンセントに近寄る。
「魔力、を他人に感じさせることって出来るんですね。」
「…普通は無理だが、マリア嬢は魔法適性が高いと聞いていたから出来るんじゃないかと思ったんだ。…本当に出来るとは、素晴らしいよ。」
「確かにミアは出来ないって言ってましたね。」
「……たぶん、ニコラス殿も無理じゃないかな。」
「え…」
…もしかしてそれでプライドを傷つけてしまったのだろうか?
先程のなんとも言えない仄暗さはそのせいかもしれない。
とここで終鈴が鳴る。
「さ、今日はここまで。みんなお疲れ様。」
「ありがとうございました。」とみんなでエリ先生に礼をする。
このあとはしばらく自由時間になっている。そのまま帰るもよし、まだ訓練を続けるもよし。…掃除当番は戻って掃除だが。
私は掃除当番だったので戻ろうとしたところヴィンセントが付いてきた。
「…殿下?」「マリア嬢はもう訓練しないのか?」
「私は今日掃除当番なんですよ〜」
なんて話しながら結界の白線を越えたときだった。
「──どうして私を見てくれないの…?」
どうして?どうして!とセリスが髪を振り乱している姿が目に入った。
「セ、リスさん…?」
「…っ お前さえ!お前さえいなければッ!!」
とこちらを睨む彼女。……なんだか黒いモヤが漂っている気がする。
「──お前はいなくなれッ お前がいるから…ッ」
いなくなってしまえ!!とすごい声で叫んだかと思うと、黒いモヤが私に向かってくる。
少し遠くから「マリアッ!!」とシャロンが叫んでいる声が聞こえた。
だけど体は動かないし、守護魔法なんて浮かびやしない。
えー、これ…どう──
「─マリアッ」
とすごく近くで、最近聞き慣れてきた声がし目の前に立ち塞がる影。
さすがの私も"そっちは絶対ダメだろう"と体が動いた。
「…っ、アンタはアカンやろうッ!!」
…咄嗟だったし緊急だったので思わず前世の言葉(何故か関西弁…)が出てしまったが、立ち塞がったのはヴィンセントだったのだからしょうがない。
庇われそうになったのを逆に庇い返す形になり、私はセリスから発せられたであろう真っ黒なモヤを全身で受ける。
真っ黒なモヤは『負の感情』の塊だった。
悲しみ、憎しみ、嫉妬…そして私に対しての強い殺意。
うーん、明確な殺意とかもう受けたくなかったんだけど…しょうがないか。──というかヴィンセントがこれを受けなくてよかった。
こんなの受けたら──
「……リアっ マリアッ…!」
ヴィンセントのひどく辛そうな顔が目に入る。
あれ、その表情どこかで見覚えが……
「何故…っ セリス嬢、貴様ッ」「ダ、メです…」
とセリスに向かおうとするヴィンセントをなんとか止める。
「マリアッ」
「殿、下が…無事でよかっ……」
「俺が無事でも君が無事じゃなくちゃ意味がない…っ」
「だい、じょう…ぶ…ちょ、っと眠たい……だ…け……」
なぜだかものすごく眠気を感じる。これは眠るように死ねるのだろうか?
…前世の半分以下しか生きられなかったのかなあ。
でも、彼を救えたなら、まあ……いいか。
「…っ、マリアっ!マリア…ッ」
──私の意識はそのまま、暗いナニカに引きずり込まれていった。
─暗く、重たい、よくわからない、トコ。
私はそこに座り込んでいた。
…えっと、セリスからの"何かよくわからないもの"を浴びたら、眠たくなって…
アレは魔法、ではなさそうだったな…聖女の力なんだろうか?
それと……
──ここ、は…?
"死んだ"感じはしない。…前世の最期と違うから。
このままだと『目覚めない』感じだろうか。
こちらの世界に植物状態の延命措置みたいなものはないから、このままだと遠からず死ぬことになるのだろう。
「……結局死ぬじゃん。」
と独りごちる。
と、ふと自分の手に握りしめているものがあることに気付いた。
暖かくて、いつも私を助け出してくれているこれは──
「………アシュ、の手…」
彼はちょっと独特の握り方をする。
私の小指と薬指の間に自身の人差し指を差し込むような形で手を握るのだ。
姿形は見えないけれど、感触がそれだ。
でも、何故…?
と思ったらぐいっと"その手"から引っ張りあげられるかたちで立ち上がらされた。
そうしてそのまま、"その手"が導くように私を引っ張っていく。
──まるで、迷路で迷子になったときのように。
…迷路で迷子?
ああ…そうだ。私、王宮の庭の迷路で迷子になったことがある…
ヴィンセントとお茶会をしているあの庭の奥は賊の侵入防止も兼ねて迷路になっていて、小さい頃迷子になったのだ。
そのとき助けてくれたのはヴィンセントだったな…と唐突に思い出した。
視線の先が明るくなってきている。
私、目覚められるの?
そうだ目が覚めたらヴィンセントに迷路の話しをしよう。
『──マリア、起きて。頼むから起きてくれ─』
─大丈夫、もう起きられるよ。
貴方が助けてくれたから。




