62. 聖女の力の話。
「まあその頃には君たち世代も初等学校に入ってきていたし、俺の相手は他にもいるだろうって事で。」
「…ではその頃、私は母とこちらに来たのですね。」
そうだね、とヴィンセントは頷いている。
さわさわと気持ちのいい風が2人の間を抜けていく。
お茶を飲んで、お菓子に手を伸ばしたところで
「……ところで、近頃イルミネ伯爵令息と仲が良いようだね?」
とヴィンセントが突然話しだした。
…は?なんでこの人はそのこと知っているんだろう?
というのが顔に出ていたのか彼は慌てて
「あ、え、エドガー…っ、から聞いたんだ!」
と大袈裟な身振り手振りをしている。
…まぁ、彼は王族だからそういう調査をしていてもおかしくはない。
だが本当にエドガーから聞いたという事かもしれない。
「……仲がいいというわけではないですが…ただの"茶飲み友達"です。」
「茶飲み友達…?」とヴィンセントは怪訝そうにしているが本当にそうなのだから困る。
「ところで殿下は、『聖女の力』がどんなものか知っていますか?」
と話題を変えることにした。
「…『聖女の力』か」
彼は話題転換に不服そうだが、答えを探すように顎に手を当て考えている。
「…そうだな…まあ君になら話しても大丈夫だろう。むやみ矢鱈には話さないように頼む。」
わかりました、と首肯すると彼は静かに語りだした。
「─あれ、は一言で言うといわゆる『豊穣の力』らしい。」
このあたり一帯は不毛の土地で人は誰も住んでいなかった─というより住めなかった。それほど痩せた土地だったらしい。
200年ほど昔、どこからか初代聖女が仲間と共に現れ住み始めたのが国の起こり。
彼女が来てから土地が豊かになったのだという。
突然作物が育つようになり、水が湧いたりといったことが起きたので『豊穣の力』。
そして研究の結果、国全体にゆるい結界と国民に祝福を与えていることもわかったのだとか。
害意を持つ者が入国すると害意が減退し、国民が外国で住み始めると能力が少し減少するらしい。
これらは聖女が生存しているだけで効果があるそうだ。
…なんてチート能力…しかも存在するだけでいいとか驚きだ。
「ただそれだけなんだ。」
「…?」
「外国で言われているような『祈れば草木が育つ』や『天候が操れる』『死者を蘇生できる』なんてことは一切ない。それがわかっているから我が国の教えは『聖女であっても隣人として助け合い、共に在りましょう』なのだ。」
その教えは小さい頃から聞かされて育つ話だ。国民は誰もが知っていること。
「だがなぜかセリス嬢は、神殿が内外に発表した。王家と神殿は互いに不可侵であるのが裏目に出て止めることが出来なかった…」
とヴィンセントは少し悔しそうだ。
「…そのせいで、外国からの干渉が起きた。」
と私が呟くと彼は頷いている。
「数はそう多くないし惑わされている民もいないから放っておいたのだが、セリス嬢自身があんな風になるとはな……」
「彼女は昔からああではなかったんですか?」
セリスとは初等学校はおろか、それこそデビュタントの日まで私は関わりがなかった。
「…昔は、素直な娘だった記憶があるが公表後、初等学校を退学したからな…それ以降は知らない。」
10歳頃に聖女として公表されたから私が初等学校を休学する頃に退学したようだ。…元々関わりもなかったからそりゃ、私知らないはずだわ。
「『聖女の力』の話はこんなものだな。」
「ありがとうございました。…不思議な、力ですね。」
「そうだな。いつか俺も研究してみたいが…神殿が秘匿していることも多いからな。」と苦笑するヴィンセント。
「それよりも"王太子"としてお忙しいのでは?」
「いや、実際王子業なんて…そこまで忙しくはない。」
物語で見る王太子サマはひどく忙しくしている様子ばかりだが…
「父上が…陛下がまだまだ現役でね。『お前はまだまだ社会勉強が足りないから世間に揉まれろ』だと」と笑っている。
無理矢理時間を作ってお茶会をしているわけではないようでよかった。
そこからは穏やかに様々な話しをして過ごした。
初めにアンジェリカが来たからか、ヴィンセントが以前までと違ってすごくラフな態度でいたのも相まって私も緊張なく話せた。
「…もうだいぶ日差しが強いな。」
「そうですね。」
「いつまでもここじゃ、君の白い肌が焼けてしまうな…」
「私は農作業をしますからあまり気にしませんが……
次からは帽子でも被りましょうか。」
と自然と口から滑り出した言葉に自分で驚く。
ヴィンセントにも確実に聞こえているだろう言葉に彼ははにかんでいる。
「それは……次が、あると期待してもいいのかな?」
手紙もまだ片手で足りるくらいしか交わしていなくて、お茶会も2回目だが『この人をもっと知りたい』と思い始めているのは、事実だ。
「そう…ですね。また、お話し聞かせてください。」
彼の話しは普通に面白いから。
「…俺の話しばかりじゃなく君の話しも聞きたいが。」
とヴィンセントは私のみつ編みを手で弄んでいるが、ぱらりと結びが解けてしまった。
「あら。」「あ、すまない…!」
慌てる彼が可愛らしい。
「大丈夫ですよ。すぐ結えますから。」
とさくさく編んでゆく。
「…器用だな。」「そうですか?小さな子でも出来ますよ。」
ふふふ、と笑えば彼もそうなのか?と初め不思議そうだったがつられて笑い出した。
この人とこんなに早く打ち解けるとは思っていなかった。
ゆっくりと話しをしていると、なぜか落ち着くのだ。
─アシュクロフと話すように話せたら。
との思いが頭をよぎり、いやこの方は王太子なのだから無理だ、私は一体何を……




