40. デートの話。 帰り道
「そろそろ帰ろう。」
と手を差し出してきたのでそうね、とその手を掴み立ち上がる。
そうしてなんとなく、お互い無言のままで屋敷前を通る坂道まで帰ってきてしまった。
握ったままの手が温かくて。
これを登りきったら離さなくちゃいけないのが寂しくて。
アシュクロフも同じ気持ちでいてくれるのか、それとも坂道だからなのか…2人して歩みが遅くなる。
このままじゃダメだと思い
「…今日は急なお願いだったのにありがとう。」
と少し先を歩くアシュクロフに声をかけるとピタッと足を止めた。
「……いや、こちらこそ。…楽しかった。」
「私もよ。アシュの知らない面がたくさん見れて楽しかったわ!」と笑い飛ばす。
刹那、アシュクロフがこちらを向いたかと思うと
そっ、と頬に触れるか触れないかくらいのキスをされた。
そして握った手を持ち上げ手の甲にもキス。
少し、下を向いていて彼の表情はよく見えない。
「アシュ…?」
と、パッと彼の方から手を離してしまった。
「驚きました?お嬢に意地悪たくさんされたのでお返しです。」
とへらっと笑っている。
ぽかんとしてしまったがすぐに我に返り
「い、意地悪なんてしてないわ!アシュの方がよっぽど意地悪じゃない…」
「そうですか?」と言いながらそのまま歩きだした。
もう握ってくれないんだと、少し寂しく感じる。
「ほら、もうちょっとですから頑張って下さい。」
と口調も戻っていてこの楽しい時間も終わり…という思いをかき消すように私は走り出した。
「あっ、ちょっと!転けたらどうするんですか!」
「アシュが受け止めてくれるでしょ?」
「というか淑女が走らないでください!」
知らないわ!と言いながら屋敷まで走っていく。
「………さ、さすがに…き、キツイ………」
途中まで坂道な上に結構な距離があったので息も絶え絶えだ。無理に走らなきゃよかった……
「だ、から…言った、んで…す……」とアシュクロフも肩で息をしている。
「あっ!買った物、無事?!」
「大丈夫、です…死守しました。」
良かった。ガラス製品なの忘れてたわ。
「ありがとう!」
「いいえ。」
と2人で笑いあった。
──「では、夕食の時間になりましたらお呼びします。」
では、と私用に買った物だけ渡しアシュクロフは下がっていった。
「……普通にデートだったな。」
あ、便箋も見ればよかった、と今更気付く。
まあ次回にしよう…そうだインクを詰め替えよう、と文机に座る。
今使っているのはお気に入りの瓶ではあるけどだいぶ古くなっている。
「…殿下とお揃いかもしれないけど、知ってるのは私とアシュしかいないし…なによりアシュが買ってくれたものだし……」
と自分に言い訳をする。
番いの絵柄だと言われても並べないとわからないようになっているので誰も気付きはしないだろう。
「………また、一緒に出かけられるかな……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マリアを部屋に送り、俺は急いで自室に滑り込んだ。
今日、あった事を思い出し顔が緩んでしまうのを抑えきれなかったからだ。
最後は離れ難くて、思わず口付けてしまったが…嫌だっただろうか…?
俺に課されたのはあくまで"役"であって本当の恋人ではない。
だがマリアの…彼女の行動を見ているとそうではない気分になる。
「あれらはわざとなのか本気なのか……」
と執事服に着替えようとしてズボンのポケットのものを思い出した。
あぁ、そうだ…とポケットから小さな紙袋を引っ張り出し、中身を取り出すと
「─カフリンクス?」
それは珊瑚色の飾りのついたカフリンクスだった。
珊瑚色─マリアの瞳の色は、奥様譲りの綺麗な珊瑚色だ─。
ギュッと胸の奥の方が痛いくらい締め付けられる。
あのお嬢様は、一体どれだけ俺を魅了すれば気が済むのだろうか……
執事服に着替え、貰ったばかりのカフリンクスを着ける。
…あぁ…これ、気付く人は気付く……というか屋敷の人間はすぐ気付くな…どうしようか?
…少し考え、失くすのも嫌だからしまっておくことにした。マリアに何か言われたら失くしたくないと答えよう…
そうして着替え終わり、文机の上のモノを見つめる。
これもきちんとしなければ。
そういえば手紙など付けなくても良かったのだろうか?…あとで言うか。
──ほんの少しの、嫉妬心が顔を出したが気付かなかったことにした。
それにしても、『週2のことは言うべきではなかった』との後悔が尽きない。
あまり嘘をつきたくなかったから正直に言ってしまったが…
あれは嫉妬なのかそれとも……と考え、止めた。
俺がそれを考えても詮無いことだ。
今日の収穫としては騙し討ちのようにはなったがヴィンセントとお揃いのインク瓶を渡せたのは良かった。
あのガラスペンも欲しそうにしていたから職人を探してみよう。
それとあの魔石装身具の露店…ああいう副業は別に悪いことではないから問題はないが、マリアが気にしていたな。
あれは一体何に使うつもりなんだろうな…贈り物、ではなさそうだったし……
と考えていたらマリアの部屋から急に、濃い魔力を感じる。
生活魔法を使ったくらいではこんな濃い魔力にはならない…!
急いで彼女の部屋へと向かった。




