39. デートの話。 その③
アシュクロフ行きつけの定食屋が大通りから入ったところにあるとは思っていなかったので足が止まってしまったが、彼がいるしなにより『アシュクロフと同じテーブルでご飯を食べてみたい』という気持ちのほうが大きかった。
それでも足が竦むのはどうしようもないのでアシュクロフにしがみついてなんとか定食屋に入ることができた。
カラン、とベルを鳴らしながらアシュクロフが開けてくれた扉をくぐるとまだ少しお昼には早いのでお客さんはまばらだった。
奥から女将さんが手を拭きながら
「いらっしゃい。…おや、久しぶりだねえアンタ」
なんて笑いながらアシュクロフに声をかけた。
「やあ女将さん。お久しぶりです。」
「あら?あらあらあら?今日はとびきり可愛い子を連れてるね」
と女将さんが私のほうを見てにこにこしている。
「こんにちは。アシュが…彼がこちらのご飯は美味しいと言うので連れてきてもらったんです。」
「おやまあ。…いいとこのお嬢さんのようだけど構わないのかい?」
と私とアシュクロフとを交互に見る女将さん。
「大丈夫です。私、こういうところの食事好きなので。」
と話しながら席に案内してもらう。
女将さんが配慮してくれたのか少し奥まった席に案内してくれて、衝立を置いてくれた。
「決まったら呼んでおくれ。」
と水差しとコップを置いて行ってしまった。
外だと全て給仕される食事ばかり10数年続けてきているが前世からしたら普通のことなので戸惑いもなく水差しから私とアシュクロフの分を注いで彼に渡した。
「え… ありがとう、こざいます…というかお嬢がやることじゃないでしょ…」
だがアシュクロフは驚いてしまったらしく口調が戻っている。
「アシュ、言葉遣い。」
「あ。 …いや、ここでは別に」「だーめ。」
楽しいのだからそう簡単には終わらせない。
「はぁ…今日のお嬢、結構わがままだな。」
「えへへ… まあ、アシュが嫌なら」「─嫌じゃない。」
ぱっとアシュクロフの顔を見るが、さっとメニュー表で顔を隠してしまった。
くそー可愛いじゃないか…と胸がギュッと痛くなった。
「俺はいつものかな…」
「私は……どれがいいかな?」
メニュー表には結構な量の料理名が並んでいるが夜は居酒屋になるのだろう《おつまみ》と書いてあるのがほとんどだ。
「…じゃあこれは?お嬢、魚料理好きでしょ」
と示されたのは『本日の魚定食』と書いてある。
「いいわね!それにする。」
アシュクロフが女将さんを呼び注文していく。
女将さんが厨房へ戻ったタイミングで彼に話しかけた。
「……アシュはどれくらいここに通ってるの?」
「んー……通い始めたのはいつだったかな…4年とかそれくらい?」
「結構長い!というかいつ来てたの?」
「……週2で行かなきゃならないとこがあって、行くのは夜だからその帰りに少し飲んだり…」
「……初耳なんですが?アシュクロフさん?」
彼はバツの悪そうな顔をしている。
──まさか本当は恋人でもいるのだろうか?週2って結構な頻度…
「…アシュもしかして」「お嬢が考えてるようなことじゃない。」
言い終える前に否定されてしまった。
「なん、」「─外に女なんていない。」
…見透かされているのがちょっと悔しい。
「……………」
「……………」
なんともお互い言えなくなってしまい沈黙が落ちたが
「お待たせ!魚定食と、ハンバーグ定食ね!」
と女将さんが料理を運んできてくれたので助かった。
「あとこれはアタシからね!」と女将さんはジュースを1杯持ってきてくれたようだ。
「え、いいんですか?」
「この色男が"カノジョ"連れてきた記念だよ」なんてウインクをし、あっはっは、ごゆっくり〜なんて言いながらあっという間に女将さんは行ってしまった。
「女将さん…強いわね…さすが」
「……そうだな。」
さていただきましょうか、と気持ちを切り替える。
魚定食はいわゆるランチメニューというやつで、ワンプレートになっている。
メインの魚…種類はわからないけど白身魚の香草焼きにサラダ、バゲット1切れ、スープといたってシンプル。香草焼きのハーブがいい香りを漂わせている。ジュースはミックスジュースのようだ。
問題は、白身魚がとても大きな切り身ということ…
「全部…食べられるかしら……」
「…食べきれなかったら俺が食べる。お嬢には確かに、大きいな」
「うん…なるべく、頑張るわ。」
そう言うアシュクロフのハンバーグ定食はメインがハンバーグに替わっているだけなのだがそのハンバーグもまた美味しそうだ。
「ハンバーグも美味しそうね。」
「あぁ、美味いから結局いつもこれになる。」とハンバーグを口に運びながら苦笑している。
私も香草焼きを口に運ぶ。ハーブが独自の配合なのかとても美味しい。
「美味しい〜。なんのお魚だろう…」
美味しいなあとパクパク食べていたがアシュクロフがこちらをじっと見ていることに気付いた。
「……どうしたの?」
「…あ、いや……やっぱりお嬢は綺麗に食べるなと思って…」
「? 普通だと思うけど…」
「……一口食べるか?」
と突然ハンバーグを一口分フォークに刺して出してきたので「食べる!」とそのままぱくりと食べた。
彼は一瞬驚いた顔をしてぱっと顔を背けてしまった。
「……んー、美味しい!本当に美味しいわね」
「う、うん…そうだろ?」
空いた手で口元を隠しながらアシュクロフが返事をする。
「お返し」と私も魚を一口分差し出したが
「い、いや自分で…!」「だめ」「じゃあせめてフォーク…」「だめ」
「〜〜〜っ」
しぶしぶ出された一口を食べるアシュクロフ。
「美味しいよね」と笑顔で同意を求めると顔を少し赤く染めながら頷いている。
…まあわかっててわざとやったんだけどね。
「香草の配合がすごく美味しいのよ。」
「そう、だな…」
まだ赤い顔のままアシュクロフはハンバーグをつついている。
それから他愛もない話をしながら食べ進めていたのだけど
「……うーん…これ以上は、無理…」
魚を1/3とスープがどうしても食べきれなかった。
「皿、こっちに寄越して。」
と言うのでアシュクロフに渡すと残りを食べてくれたが
「…大丈夫?」「…なんとか」
…少し苦しそうだ。
「ご馳走様でした。」と2人で席を立つ。
店もだいぶ混んできている。
忘れ物がないか確認していたらアシュクロフが会計を済ませてしまったようで「お嬢、こっち」と手を引かれた。
「表じゃないの?」「店の中、人が多すぎるから裏から出させてもらうよう頼んだ」と裏口から出ていく。
途中、女将さんや料理人がいたのでとても美味しかったです!ご馳走様でした、と声をかけたらとても嬉しそうにしていた。
裏口から出ると街の喧騒からはかけ離れた静かな中庭だった。
日本の旅番組の外国とかでよく見る、付近の住民しか使わないような小さな中庭。
真ん中に木が植えてあって側にベンチがあり、端には井戸がある。
今は誰もいないけれど朝の早い時間とかだと洗濯をする主婦でごった返すんだろうな、と思いを巡らせる。
そのまま手を引かれ、木の側のベンチに並んで座る。
「…さすがにちょっとキツイから休憩…」とアシュクロフがお腹を擦っている。
「ごめん…残せばよかった…」
「でも残したくなかったんだろう?」
とアシュクロフが聞いてくるのでこくりと頷く。
農業をやっているので食べ物の大切さはよくわかっている。
初めて来た場所だったので量がわからなかったのがいけなかった。
「気にするな。少し休めば大丈夫だから。」
とアシュクロフが頭を撫でてきた。
…あれ…これ、無意識だな?
少し驚いて彼の顔を見上げるとどこかで見たような笑顔をしていた。
目が合った瞬間、自分が何をしているか気付いたのか目を見開いてパッと手を引っ込めてしまった。
「す、すいません……」
「別に…気にしないわ…」
2人して恥ずかしくなりお互い顔を背けてしまった。




