36. 贈り物の話。 その②
あれから今日中に片付けなければならない書類に手を付けていたのだが朝食が終わったのかマリアが部屋に戻ってきた気配がしたので、きりのいいところまで片付け、祝いの箱を掴み彼女の部屋へ向かった。
扉の前で軽く深呼吸し、気持ちを落ち着ける。
そうして叩き、中から返事が聞こえ「俺です。」と言うとどうぞ、と許可されたので部屋へと入る。
部屋ではマリアが今日着る洋服を選んでいたらしく手には白のブラウスとレモン色のスカートが握られている。
…歯磨きをしながらなのは行儀が悪いと思うのだが。
「ひょっほはっへへ」と言うマリアに呆れつつ彼女の歯磨きが終わるのを待つ。
「ふぅ……着替えるからあっち向いてて?」…は?着替えまでするのか…しかし大人しく待つ以外、ない。
ごめんね、なんて言いながら着替えるマリア。衣擦れの音が俺の想像力を掻き立ててくるが旦那様の顔を思い浮かべやり過ごす。
「もういいわよ」との声がかけられそうっと振り返るとマリアは化粧台に座り化粧をするようで準備をしている。
「えっと、何か用だった?」
「………お嬢、こうやって見るとだいぶ大人に」
鏡越しに驚き顔のマリアと目が合う。……あれ俺、今なにか言った…?
「…アシュ、まだ寝ぼけてる?」とくすくすと笑いながらまた化粧に戻っていく彼女。
……頭で思っていたことが滑り出してしまったらしい…恥ずかしい…
今朝からなんだかマリアの行動に振り回されっぱなしだ。
怪訝な顔をしながらも化粧をしていく彼女。
女性って化粧しなきゃなの大変だな、とかお嬢はしなくても充分可愛いのにな、とか考えながらぼーっと眺めていたら終わったようで今度は髪をいじりだした。
「…お嬢、俺がやりましょうか」「え、アシュ出来るの?」と目を瞬くマリア。
「ティアナさんから習ったんです。…俺でもお嬢の髪を結えるように。」
「…そっか。嬉しい!─じゃあお願いします。」
と笑顔で櫛を渡してくるその顔が眩しくて──
「…希望とかあります?」
「アシュの好きにしていいわ」
「かしこまりました。」
さて、どうしようか…と考えながら髪に櫛を通していく。
…といってもまだ練習中なので出来ることはすごく限られているのだけど。
髪をいじっている間、マリアはなんだか気持ち良さそうだった。
「…人に髪を触ってもらうのってなんか気持ちいいよね」
「え?」─たしかにそうかもしれない。
「そう、ですね。でも俺は男なんであんまり経験がないです。──え、とどうですか?」と鏡越しに聞いてみる。
両横髪を三つ編みにしそれを後ろでひとつに結び、他はそのまま流した髪型にしてみたのだが…
「ん…ありがとう!」
マリアは鏡を見ながらあちこちの角度から出来栄えを見ている。嬉しそうな顔をしているからお気に召したようだ。
「じゃ、アシュここ座って!」「はい?」
一体何を、と考える暇もなくあっという間にぐいぐいと化粧台の椅子に座らされてしまった。
「え?え?」何をされるんだ?!
「あははは、別に取って食うとかしないわよ。」と笑いながらマリアは俺の髪に櫛を通していく。
「短いし特に楽しくはなかったわね…こう、前髪をあげると、か……」と言ったきり黙ってしまった。
…? 急にどうしたのだろうか。
「…お嬢?」
「あ… ごめんなんでもないわ」とぱっぱと髪型を元の形に戻されてしまった。
「それで、何か用だったの?」
「っあ。……あの、これ…」忘れていた…
急いでズボンのポケットから箱を取り出しマリアに渡す。
「─入学祝いです。貰ってくれませんか?」
「え。い、いいの…?」驚きつつもすごく嬉しそうなマリア。
開けてもいい?と聞いてくるので首肯してどうぞ、と促す。
贈り物は一粒石の首飾り。
「これ…すごく綺麗。……?─もしかして魔石?!」と目を見開いて見てくる。そこに気付く彼女はやはり魔法適性が非常に高い。
「そうです。」
選んだのは蒼玉色の小さな、魔石を磨いたもの。
魔石は磨くと宝石のように輝くため装身具に使われることもよくある。
「高かったんじゃ…」「男にそういうことを聞くのは野暮です。」
「………こういうのって、"よくある"のは貴方の、瞳の色とか…」…おや、知っていたか。
「─それだと地味になっちゃうでしょうが。」
俺の目はよくある地味な茶色なので
「お嬢も、俺も好きな『青』にしました。」
「そっか…というかアシュも青色好きなのね。」と少し頬を赤く染めるマリア。
─思わず抱きしめそうになったのを押し留める。
「着けて、差し上げますよ。」と自分自身も誤魔化した。
「ありがとう。お願い」と首飾りを俺に渡し、後ろを向きながら髪をかきあげるマリア。…白いうなじが見えたが見なかったフリをして首飾りを着けてやる。
彼女の前には鏡があるのでそれを覗いているようだ。
「やっぱり綺麗。─すごい嬉しい。本当にありがとう!」
振り返りながら満面の笑みをこぼすマリア。
「良かったです。…そういえばヴィンセント殿下からも何か戴いたと聞いていますが」
「あ……あれを戴いたの。」と指す先には明日から着る制服がかかっている。
「襟に着いてるブローチ。」
「あぁ…蝶のブローチですか。お嬢、蝶のモチーフお好きですもんね。」
「うん…わざわざ用意してくれたと思うの。そのモチーフ知らないから。」
「そうですね…良かったじゃないですか。」
「ん……あの、お返しとかしたほうがいいかな?」と少しもじもじしている。
「…お礼の手紙は?」「返したわ。」「ならいらないと思いますが…」
「立太子のお祝いも、どうかなって…」と珍しく食い下がるマリア。
「……えらく様子が変わりましたね?」と素直に聞いてみるが少し慌てつつ「その…い、いろいろあって……」と濁された。
「まあ、お嬢からなら喜ばれるのでは?」
「うん…何がいいかな?」
「そうですねー…文房具なら、よく使われるのではないですか?」
「いいわね!うーん……ガラスペン、とか?」
と首を傾げるのでいいと思います、と同意した。
「善は急げよ。アシュ、出掛けましょう!」
「は?え?本当に急ですね!」
「だって明日から学園だし…ゆっくり出来るの今日くらいなんだもの」
「わかりました。ご一緒させて頂きます。じゃあ準備してきます。」
「うん、というかアシュ朝食は?」
「ああ、大丈夫です、済んでます。」
「じゃあ準備済んだら玄関に集合ね!私はアルフォンスさんに出掛けるって伝えてくる。」
アルフォンスさんは家令だ。旦那様たちは今は農作業で屋敷にいないので外出などは彼に伝えることになっている。
「わかりました。では後で」と彼女と一旦わかれる。
「……まさかお嬢と出掛ける日が来るとはね。」と独りごち、外出着に着替えるため自室に戻った。
マリアは夢のこともあって性格が前世寄りになっています。




